第五十章、『光と闇~青空その2』

第400話、分かり合いたいと思っていたのに、その光が届くことはなく




「……くっそがああぁぁっ!!」


覆い隠すものがなくなるよりも早く。

知己の気配が消える感覚。


受け止めるものがいなくなる事によって、勢いあまり次々に起こるフレンドリーファイアと言う名の同士討ち。

お互い、知己を討たんとするほどの力である以上、ただではすまないのは確かで。

まんまと一杯食わされた事に、軋む声を上げるナオであったが。




 「【太極】……っ!!」


どこからともなく届いてきたのは。

知己の力込められしフレーズ。

自身の力が埒外であると分かっているからこその出し惜しみではあったが。

二言目を引き出したことこそが、なけなしの成果であるとも言えて。




「申し訳ない、としか言えないよ。だけど、己は進まなくちゃいけない。それが己に残された唯一のけじめ、だと思うから……」

「まったく、いわゆるひとつの審判カメラに突貫とは、反則も甚だしいでやんすよ。もう勘弁してほしいのでやんす」



ナオが思いつく限り最強の一角でも、止める事は叶わない。

それを証明するがごとく、ナオの前へ舞い戻ってくる知己と法久。




「……くぅっ、かくなる上はぁっ」


そんな二人に対抗しうるもの。

それすなわち『彼ら自身』しか思いつかなかった。

忸怩たる思いで、ナオは二人を模した紅を召喚しようとして……。






「おーい! わしだけ除け者とは、つれなくないかのう!」

「……っ」


遠目から聞こえてきたのは、ここ最近耳にしていなかった、三人にとって馴染みの声。

まさに、叶うかもしれない『彼ら自身』の、さいごのピースで。




ナオが息を呑む中。

現れたのは『ネセサリー』のメンバーのひとり、紅粉圭太(べにこな・けいた)その人であった。





「紅(べに)さんっ! どうしてこんなところにっ!」

「むむっ。紅(くれない)さんでもないし、もとより生きている正真正銘の圭太くんでやんすね」



知己は見てすぐに。

法久は念のためにと自身の能力を使い、すぐに少しばかり息を切らせてやってきたのが、圭太本人だと気づいたらしい。



「……なに、世界が大変な事になっとるだろう? さっさと地下に避難しようと思ってはいたんだが、皆が地上に残っていると聞いて、いてもたってもいられなくなってな。懐かしい気配を辿ってここまできたんじゃ。わしの勘も鈍っとらんようだの。まさかこうしてナオにまで会えるとは思わんかったが……」



そう言って笑いながら、のしのしと三人の輪に加わろうとする圭太。

その様は、どう見ても圭太本人ではあるのだが。


あまりにもタイミングが良すぎると。

もう既に能力者ではない圭太が、こんな風に簡単に異世へやってこれるのかと。


知己も法久も、心内で申し訳なくも警戒していた。

何か、知己や法久を欺く方法が、万が一にもあるかもしれない。


多大なる後ろめたさとともに、二人は咄嗟に身構えていたわけだが……。

正しくその一挙動が致命的な隙を産んでしまったのが確かで。

 

 

「なんぞ、くたばった時と変わらんようじゃな。羨ましいと言うべきか、何にせよ久しぶりだの」

「……そうですね。随分と久しぶりです」



ありがちのようでない、嘘を見破る能力があったのならば。

その先の展開を止める事ができたのだろうか。



そんなやりとりをして、ごく自然にお互い笑みを浮かべて。

再会のハグをするナオと圭太。

それはまさに、後悔先に立たない光景で……。





「ぐぅおおおおぉぉぉっ!!」

「なぁっ!?」


 

瞬間、この世のものとは思えない魂消る声を上げるナオ。

刹那、暴れるように圭太を突き飛ばして。

反動でそのまま転がるようにしながら、みるみるうちにその姿を変容させていく。




「―――【紅侵圭態】、セカンド。ナイツ・マスカレード」

「……っ、この気配はっ? まさかっ、能力すら隠し変容できるでやんすかっ」



その深く深く低い呟きは。

たった今ナオの虚を突いて放った能力ではなかったのだろう。


圭太がそう呟いた途端。

常時発動していた法久の能力、『スキャン・ステータス』の表された文字が嘲笑うがごとく変わり果ててゆく。

 


元々の圭太のカーヴ能力は、呟いたものと同名であったが。

その目立つ見た目に反し、法久と出会ってからは、その能力のおもな効果は、オーラを消し影のように潜むものであった。

それは、ボーカルやギターを邪魔しない程度に、バンドの基礎となるベースとして溶け込む力で。


法久としては、『パーフェクト・クライム』による能力者としての死で、あるいはここまで戦ってきた者達と同じように能力が進化したのだろうと咄嗟に判断していたが。


その実は異なっていたのだ。

法久やナオと出会う前、知己と会うまでは確かにその力を有していて……。




「クリムゾン・バタフライっ!?」


しかしそれより何より重要なのは。

『スキャン・ステータス』が示す圭太の名前の欄が、『そう』変わっていた事だろう。

 

それを目にせずとも知己が思わずそう口にしたのは、今までその存在知れど決して姿を現す事のなかった彼が。

その顔を覆い、紅い蝶を象ったフェイスマスクを身につけていたからだ。



当然それだけでは知己たちに気づかれない事などありえないわけだが。

それでも尚別人のようにせしめているのは、その身に纏うアジールと、カーヴ能力にあった。




「能力まで変わって……ずっと、落ちたふりをしていたのでやんすか」



一体どうして、そんな騙すような事を。

ここまで来ればもう、二人が『パーム』の首魁であり、連携していたと考えるのならば答えは出ているようなものであったが。

聞かずにはいられなかった法久がそこにいて。





「……ぎぃっ、はーはっははははぁあ! 実にいい気分だぁ! 力が際限なく湧いてくるぞ。これがっ、これが『パーフェクト・クライム』のチカラかああぁぁっ!!」



そんな法久の言葉に圭太が答えるより早く、全身に黒い昏い蛇がのたくっているかのような痣を幾重にも纏い、濡れた黒い翼はためかせたナオが、新しく生まれ変わった事を誇るかのような咆哮を上げた。




「……そう、か。蘇った故人に能力を植え付けたのは、紅さんだったんだな」

 

 

初めて出会った時、『死』を纏い扱いきれずに燻っていた圭太を、知己は今更ながら思い出したわけだが。



「別けて分けて分かち合えばうまくいくと思っていたのだよ。それもままならぬと突きつけられようと止まる事など、どうしてできよう?」



それももう今更な事で。

『パーフェクト・クライム』の力により命を失った者達が蘇った事の謎はまだ残るが。

彼らに力を与え、従わせようとしていたのは間違いなく『パーム』……彼らだったのだろう。


ここに来て自嘲と悔恨のこもった、ナオとは真逆の凪のような圭太の呟き。

それは正しくも、法久や知己の言葉に対する答えであった。

 


法久や知己に語らずして彼らもきっと、『パーフェクト・クライム』をなんとかしようと、ずっとずっと動いていたのかもしれない。

 


それは、『パーフェクト・クライム』を細かく分けて減らしていく方法。


根本的には正しかったのに。

でもそれでも肝心なピースがひとつ足りなかった。

それを見つけられなかった。


だったら黙っていないで腹を割って話してくれれば。

自分達なら、その足りなかったものを見つける事ができたかもしれないのに。


知己は、そう言いたかったけれど。

それが叶わなかったからこそ今があるのだと気づいて、何も言えなかった。





「知己……お前の力を、わしらは結局の所軽く見すぎていたのかもしれんな。

だが、一度お節介にも突っ込んだ足はもう抜けぬ。せめてもの情けだ。ここで引導を渡してやろう」

「そうだ、そうだよっ! 『パーフェクト・クライム』の力なら勝てる! お前らがここで朽ち果てるといいっ!!」



その瞬間。

苛烈に吹き上がり、物理的にも圧しやろうとする黒灰色と、真紅のアジールが知己と法久を襲った。


何言葉返すよりも早い、問答無用の開戦は。

きっともうお互いに語る事も他の選択肢もないからだと言えて。



「……くっ、それでも己は進まないとならないんだっ!」

「いつの日かこんな時が来ると、ちょっと思ってた自分が悔しすぎるでやんすっ!」


 

でも、それでも。

真っ向勝負で相対してくれる二人に応えるようにして。

知己も法久も同じように七色のアジールと青藍色のアジールを沸き立たせて。


『ネセサリー』同士の、さいごの戦いが始まった……。



            (第401話につづく)







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