第409話、迷路の街角で君に会った。黒い子犬のままではいられない君に



「……づっ。こ、ここは? 現実の世界に戻った、のか?」



ナオと圭太が創り出したのだろう異世から弾き出されて。

現実の世界に戻った知己は。

いつか来たことがあるような気がする、通称『パンダ公園』の入り口に立ち尽くしていた。

 

まだ、昼下がりの時間帯ではあるが、赤く染まりゆく世界のせいか、日常の公園のような気配はなく。

夕日に暮れる世界より紅が強いせいか、いまだ異世から抜け出せていないかのような感覚に陥ってはいたが。



「……くっ。やはりうまく抑えきれなかったか」


今までずっと背負っていたわけでもなかったのに。

背中が妙に軽いのは、気のせいではないのだろう。

知己専用の、極力知己の影響を受けない法久のメタルボディでも、とっておきの衝撃には耐えられなかったようだ。

恐らく現在は、秘密の『喜望』ビル地下11階に戻っているところだろう。



法久が不在であるのは非常に痛かったが。

ここまでしなければ知己自身が我が儘にやらなければならないことが叶わないのはよく分かっていた。

故に苦渋をのんで知己は公園の中へと足を踏み入れる。


それは、法久はともかくとして圭太やナオがあの虹の一撃で落ちたとするならば、近くにいるだろうと判断したことと。

同じく近くに囚われのきくぞうさんが異世から弾き出されて近くにいるかもしれないと考えたからだ。



「ん? あれは……っ」


そうしてふらふらと知己がやってきたのは。

砂場やブランコ、滑り台、アスレチックジムなどのある公園の中心であった。


それらを囲むようにして配置されているベンチのひとつに。

ひとりの少女の姿が……いや、その腕にはどこかで見たことがある気がする黒猫が抱かれていて。



公園と黒猫。

ベンチに座って動かない人物。

つい最近、夢現(ゆめうつつ)で見た光景が思い浮かんで。

立ち尽くすことしかできない知己がそこにいたが。



しかしよくよく見ると、少女は見知らぬ少女であった。

闇と同化するかのような、太陽に焼かれた肌に、白のワンピース。

漆黒の度合いの強すぎる髪は、ツインテールにまとめられ、黒曜石に揺れる大きな瞳は、黒猫の背中に向けられている。



(……いや、でもやっぱりどこかで会ったことがある?)


知らないはずの少女であることが分かっているのに。

見れば見るほど浮かんでくるのは既視感ばかりで。


更に冷静に考えてみると、こんなところで恐らく今の今まで異世の範囲内であった場所に一人と一匹でいるのはおかしいのは確かで。

敵だろうが味方だろうが、まったくもって無関係な人物であろうが話しかけてみなければ始まらない。


知己は、そんな風に自分に言い訳しつつ。

吸い寄せられるように彼女と一匹の方へと近づいていって……。




「ああ、知己じゃないですか。どこにいるのかと思ったら。探しましたよ、随分と、ええ」

「……」


最初に知己に気づいたのは、ビリジアンの瞳の黒猫であったが。

しかし、発せられた言葉はどこかその見た目とはちぐはぐさ……齟齬のある、少女のものであった。



「え? 探していた? ちょ、ちょっと待って。君は……え? マジか? もしかしてもしかしなくてもきくぞうさん!?」

「……おや。よくぞまぁ気づかれましたね。あなたのタイプを装って近づいて誘惑して落としたら、ご主人に何もかもちくり倒す算段だったのですが」



しゃべり出す前は、硬質な人形めいていたのに。

いざ言葉がついて出た途端、今までずっといつかはお話したいと思っていたきくぞうさんらしい雰囲気を醸し出してくる。


思わず知己が状況を忘れてうっとなったのは。

今の今まできくぞうさんに存在していた尻尾があったのならば、ぶんぶんと振られていただろうことが間違いないくらいに。

気づいてもらえたことに対して隠し切れない喜びが滲んでいるのが分かってしまうところであろう。



「いやいや、だって美弥からまたきくぞうさんがいなくなったって電話があったしさ。それにここらってよく考えたら、一回きくぞうさん、捕まってたあたりじゃんか。……まぁ、とにかく見つかってよかったよ。っていうか、きくぞうさん、人間の姿になれたんだな。もっと早くに教えてくれればよかったのに」



返すように言葉を発しながら、何故か知己は得体のしれない焦燥感に襲われ始める。


思えば、話すことも知己のカーヴ能力の抑制のおかげで叶わないのではなかったか。

……いや、そもそも前提がおかしいのだ。

美弥はそもそも、あの黒い太陽が落ちた日以降、能力を失っているはずなのに。

ファミリアであるはずのきくぞうさんは、どうしてこのように存在していられるのか。



中には、マスターが死して尚、命令を遂行し続けるファミリアもいる。

今の今まで、知己はそんな風に自分を納得させていたが。

 


―――本当にそうなのか?


知らず知らずのうちに、知己はそれを問いただそうとして……。



 

「まぁ、それは仕方がないですね。ご主人の前でわたくしの真の姿を晒すわけにはまいりませんから」

「真の姿、か。いや、べつに人になれるくらい、美弥は驚かないと思うけど……」

「…………『パーフェクト・クライム』。彼女はその正体を知っている数少ない人物。そこに知己、お前も加わるわけだ」

「……っ!?」


 

どこか、厭世の含まれた少女の呟き。

焦りが一層強くなって、訳も分からずフォローしようとする知己。


しかし、そのやりとりに口を挟んだのは。

急に降って沸いてきたような、宇津木ナオの声であった。



驚愕に瞳見開くその先には、それまでひと鳴きもせず少女の腕の中にいた黒猫がい

る。

その瞬間、あっと思い出したのは。

その黒猫が夢で会ったものではなく、ナオが生み出した闇色の小動物の眷属……その中の一匹だったということで。


恐らくナオは、自身の能力、【才構直感】によりその黒猫に乗り移ったのだろう。

こうして最後の最後まで知己を追い詰め、留めるために。

 


 

「どういう……意味だよ」

「もう、気づいているんだろう? 彼女こそが我らの主、『パーフェクト・クライム』そのものだよ。人質など最初からいなかったんだ。もう、何もかもが手遅れであるようにね」

「……っ!!」



そこまで言われても、信じられない、信じたくない。


知己は、無意識のままにすがるような気持ちで闇色の少女を。

きくぞうさんを見つめることしかできなくて……。



             (第410話につづく)







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