第167話、不器用な天使と、決定的なすれ違い


「どうして、そんなに気付くのが遅れたの?」


もっと早くに見つかっていれば、今の『パーフェクト・クライム』だってこんなに苦しむことはなかったのに。

……そんな思いで、怜亜が問いかけると。



「その子にもね、事情があったのよ。その子の中に『パーフェクト・クライム』の力がある、そんなことは関係なしに、その子はこのままでは殺されてしまう運命にあった。それは、私たちの望んでいるものじゃなかったから……彼女は血を吐く思いで、その子を他人として預けたの。大切に育ててくれるだろう人に、真実を明かさないままでね。それがその後の、あの多くの人々の命を奪い、人生を狂わせた事件につながるなんて、気付きもせずに」



多くの人々の命を奪い、人生を狂わせた事件。

それはあの、『パーフェクト・クライム』が暴走して落とした、黒い太陽のことだろう。


怜亜は、そのことはよく知っている。

彼女は『パーフェクト・クライム』の一部みたいなもの、なのだから。


故に『パーフェクト・クライム』が『ママ』のことを殺せと、しつこいくらいに言ってた意味も、分からないことはなかった。


それでも怜亜は、それでも無視しているわけだが。

そう考えると自分はちょっと特殊なのかも、なんて怜亜は思う。



これも後になって分かったことだが。

怜亜の頭の中に聞こえてくる、『パーフェクト・クライム』の殺意の衝動は、普通の人なら耐えられるものじゃないらしく。

怜亜としては、そこまでダーリンへの想いが強いのだと。

そう結論づけていたが。



そんなわけで『パーフェクト・クライム』の新たな宿主を見つけた『ママ』は。

それを自分たちがやったように、翼に移し、今度こそ滅する方法を取ることにした。


しかし『ママ』の翼はもう一杯だった。

だから、その任を……後に第一の救世主と呼ばれる任を与える手はずであったのが、『ママ』の妹の、そのひとり息子だった。



「だけどね……私はその任を、彼らから奪ったのよ。救世主の任は、私の子のほうがふさわしい、なんて、高慢な我が儘を言うふりをしてね」

「ふり?」


怜亜は、どうしてそれを人様の子供ではなく自分の子供にやらせたのか、予想はついていた。

何故なら、そう呟く『ママ』は、とても辛そうな顔をしていて。

この時既に、『ママ』と言う人が自分のプライドと尊厳を守るために手柄を横取りするような、そんな人ではないと分かっていたからだ。



「そう。ふりよ。何故なら、やっと発見した『パーフェクト・クライム』は、私たちの時より何倍も、強力な力を身につけていて……仮に、翼へ移して取ることができたとしても、その子は死ぬほどの、いいえ、命を落とすかもしれないって、そう思ったから。妹の息子を犠牲にするくらいならって、私は……あの子をっ」


それは引き絞るかのような、言葉だった。

天使は、自分のことなど厭わない。

想いも、愛も、命でさえも。

全てを犠牲にでき、しかしそれを犠牲だと思わない生き物なのだと。


それは『ママ』の分身とも言える子供たちも同じなのだと。

『ママ』自身理屈で分かっていて……でも納得できず、未だにそのことへの後悔をし続けている『ママ』の姿がそこにあって。



怜亜は、その結果がどうなったのかを、知っている。

『ママ』の子供は、『パーフェクト・クライム』の宿主から『パーフェクト・クライム』を奪い、滅しようとした。


しかしそれを今の宿主は、拒絶したのだ。

それは、想像を絶するほどに激しく。

それが、あの黒の太陽の大惨事に、つながったのだと。





「こんな悲劇は、もうやめにしなくてはならないの。だから今度は、恵(めぐみ」の番、なのよ。もう失敗は許されない。第三の救世主に、失敗があってはならないのだから」


そう呟く『ママ』は、微笑んですらいた。

だけどそれは、見ていられないくらいに、悲しく辛いものだった。


だって、だってその言葉は。

また、同じことが起こるかもしれないと分かっていながら。

『まゆ』の犠牲を無駄にしないために、その妹の『恵』に重い使命を負わすのだと。

そう言っているようなものだったから。



「……そんな顔しないで。私がいるよ? 私は敵かもしれないけど、そんなの関係ないから。私にできること、あるよね? だから、敵なのに、私にこのお話、してくれたんでしょう?」

「怜亜ちゃん。ごめんなさい。あなたに、こんな話、するんじゃなかった。あなたにまでこんな重荷、背負わせるわけにいかないのに」


怜亜のそんな言葉に、『ママ』はそんなこと初めて気付いた、とでも言いたげに。

目を見開いて驚いて、そう言ってひどく辛そうに、顔を伏せる。

恐らく、自分自身の犠牲に厭わない分、他人の犠牲にひどく敏感なのだろう。



その時から、怜亜は心の中で誓ったのだ。

なら、自分は他人じゃなければいいと。

怜亜が『ママ』のことを、『ママ』と内心呼ぶようになったのはその時からで……。




それから。

怜亜はしばらく、『ママ』の所に行ったり来たりの、気分的には蝙蝠のごとき、宙ぶらりんな日々を過ごしていた。

 

『ママ』には、精神的な支えが必要だと、そう思っていたから。

何故なら……あの黒い太陽が落ちてから、『ママ』は夫だった男に別れを告げられ、恵も連れて行かれてしまったからだ。

    

しかしそれは当然と言えば、そうなのかもしれない。 

普通の人の感覚で見れば、自分の子供を直接的ではないにしろ死に追いやったという事実があるのにも関わらず、今度こそ世界を救うために今度は下の子を、なんて、異常と見られても仕方ないだろうからだ。

  

怜亜は直接聞いたわけじゃなかったが。

その夫だったひとに、


「そんなに世界を救いたければ、お前の命を使えばいいだろう」


なんて事も言われたらしい。

『ママ』のことだからできるならとっくにやってる、とも言えなかったんだろう。


そう言われて、『ママ』はきっとすごく傷ついたはずだ。

時折思いつめるような、そんな様子は。

目を離すと、取り返しのつかないことになりそうで怖かった。

だから、できるだけ側にいるようにって、怜亜は思っていたわけだが。


―――ある時、『ママ』は不意に言い放ったのだ。


「あなたは、パームに戻りなさい」、と。


怜亜はその時、その言葉の本当に意味に気付かなくて。

任務もまっとうできない、裏切り者扱いで殺されてもおかしくないのだと心配されているのだと思っていて。


他人でないのなら心配するのが当たり前なのに、『ママ』=天使と言う固定観念が、怜亜をちょっとおかしくしてたのかもしれない。



「わかった、帰るもん!」


こうなったら逆に乗り込んでぶっつぶしちゃうぞ、くらいの気分で。

怜亜はひとり、一方的に肩をいからせつつ、『ママ』の元を離れてしまったのだ。



その頃になると、怜亜以外にも、『ママ』に他人に思われるのが嫌で、『ママ』の元へとやってきてる子達がいたから(怜亜は敵側のスパイみたいなものだったから、直接会ったことはなかったが)、ちょっとくらいなら離れても大丈夫かなと。

怜亜はそう思っていて。



それから。

裏切り者扱いで殺されるのかなと思っていた怜亜に招集があったのが。

『パーム』が『喜望』へ宣戦布告する、数日前のことであった。


怜亜はそこで初めて、他のメンバーと顔を会わせて。

そこで初めて『パーム』の目的を知ったわけだが。



正直、怜亜の『パーム』への認識は、180度変わったのだろう

むっさいおっさんだらけの悪の秘密結社(失礼)だと思っていたら、中には同い年ぐらいの女の子もいたりして。

ああ、一人じゃなかったんだねって、怜亜はしみじみ思っていて。




そうして。

『喜望』に思い切り喧嘩をふっかけて。

怜亜は再び、『ママ』と『ダーリン』、大切な二人のいる信更安庭学園へと戻ってきたわけだが……。



             (第168話につづく)







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