第168話、温め続けていた決め台詞の発動


『喜望』に思い切り喧嘩をふっかける形となって。

怜亜は再び、信更安庭学園へと戻ってきたわけだが。



いつも笑顔で出迎えてくれるはずの『ママ』の姿は、理事長室になくて。

いわゆる、ここ信更安庭学園担当でチームを組んでたもう1人のおっさん……じゃなくて、『パーム』のメンバーの一人の東寺尾柳一(ひがしてらお・りゅういち)によると、『ママ』は何者かの手によって、どこかの異世へと閉じ込められてしまっている、とのことで。




「おそらく、彼女の夫の仕業だろうな」


そう呟く柳一は、怜亜的には王神にこそ叶わないが、おっさんと呼ぶにはちょっと失礼かもしれない、こげ茶の髪のしぶい男である。


柳一の力【逆命掌芥】は、怜亜から見てもすごい力で。

怜亜とパートナーを組んではいるが、『喜望』の者達がいるエリアには、文字通り全て手を伸ばしているという剛の者であった。


とは言え怜亜としては、その能力によって出現するファミリアの、赤黒いマッドな外見があまり好きではなかったが。

あらかじめ力の種を色々な所に配置しておくことで様々なことができるらしい。


例えば、どこかのモニターみたいに遠くの場所を見ることができたり、その粘土な材質を生かして、伸びたり膨らんだりだり、時には人間に化けてみたり……などといった具合に。


怜亜は一度、そんなんほんとにできるのってつっかかって、彼女にそっくりなニセモノを創ってもらったこともあった。

やはりあまり気分のいいものじゃな(しかも仕様なのか、性格が反転する)かったから、もう二度とごめんだわ、なんて結論に達してはいたが。



そんなオールマイティなおっさんであるからして。

彼の言うその情報も正しいのだろう。

さらにその夫は娘を幽閉して、自分はどこかへ姿を消してしまったというのだから、困ったもので。




「どっちにしろ、目的のためには『ママ』を見つけないとね。おっさん、二手に別れましょ。見つけたら、連絡ちょうだい」

「判った……つーか、おっさんやめれ。明るく言われるとマジへこむ」



あまり悪者同士には見えないやり取りをかわし、怜亜達は、二手に別れることにする。


怜亜は、柳一みたいに器用に異世を探すとかできそうになかったため、行き当たりばったりでまずは、『ママ』の娘の恵(何故かは分からないけど一般的には、リアって言われているようだ)が、幽閉されているという場所へと向かったわけだが。



その場所は、比較的簡単に見つかった。

何せ、とてつもなく大きくて。

怜亜が初めてここに来た時は、そんなものここになかったからだ。



それは、見上げるほどの聳え立つ塔となどもある城と称してもいい建物であった。

ついでに、怜亜にもわかるくらい強力そうな、結界のようなものがそのお城を、覆っているのがわかる。

試しにぐるりと一周してみたが、ちゃんと裏側にまでもれなく覆ってあるのが抜け目なくて。



「う~ん、こんなとこまで結界貼ってるし。これじゃ、どっからも入れそうにないわね、こりゃ」


【魔性楽気】使えば何とかなるかもしれないが。

それはそれで目立つし、疲れるからできるだけそんな強行突破は避けたい怜亜である。

そんな風に今はイヤリングになってる小さななギターをもてあそびつつ、お城めいたお屋敷を見上げていると。

不意に後ろから、声がかかった。



「……何者だ? ボクが言えた義理じゃないが、ここは立ち入り禁止区域だぞ?」


幼さの残る声だが、鋭い声。

いつの間に背後に回られたのか。

全然気付かなかったよ、とばかりに怜亜は振り返って。



「ん? あ、うん。なんて言うの? 駄目って言われればかえってしたくなるのが人情ってものじゃない? えーっと、私は石渡怜亜って言うんだけど、君は?」

「……『喜望』所属、須坂勇だ。まあ、侵入しているのはボクも同じだからこの際目は瞑ろう。それよりどうしてキミはここにいるんだい? 何の目的でここに来た? ここには強い目的意思がなければ、入れない仕様になっているようだが」

   


取り敢えず聞かれたから名乗ると、赤茶けた髪の気の強そうな少年は、律儀にちゃんと名乗り返してくる。

怜亜はそれに好ましいものを覚えたけれど。

それよりも先に、勇と言う名前は聞いたことがあった。

怜亜のような、『ママ』の自称子供のひとりだって。

その事に、怜亜はちょっと嬉しくなって。

   


「ふーん? 君、『喜望』の人なんだぁ。それじゃさそれじゃさ、王神公康って、知ってる?」

 

自然と、そんな事を口にしていた。



「……仮に知っているとして、それがキミに何か得になるのかい?」

「当たり前だよー。だった私のダーリン、運命の人だもん! 知り合いだったら是非是非いいお付き合いをしなくちゃって思うでしょ?」

「ダーリン、つれあい(彼女)か。ふむ。キミのような人がいるなんて聞いてなかったな。確かに彼は同僚だけど……。王神さんの彼女がこんな場所に、何か用なのかい? 結界が見えるってことは、少なくとも能力者のようだが」


勇は、見た目の通りちょっと融通の気かなそうな口調で、怜亜のことを見透かすように見つめてくる。


もしかしなくても怪しまれて疑われているのか。

疑うもなにも、彼にとっては敵であるのかと、内心でひとりごちる。


正直怜亜にとってはあまりそんな感覚はなかった。

同じ家族であるかのような意識があるせいかこの子には正直でありたい、なんて思っていて。



「あ、うん。あのさ。この向こうのお屋敷の中にいるって言う、天使さまのウワサ、知ってる? あれって嘘っぽいけどどうやら本当みたいなんだよね。それでさ、もう長い間軟禁されてて、出られないって言うじゃない? どうにかして助けてあげよっかなーなんて思ったわけなんだけども……ん?」

  

と、そこでピリリリと味気ない携帯の着信音が辺りに響く。

それは、待望だった柳一からの連絡だった。

ちょっと、ごめんねとばかりに片手で彼に謝りを入れて、怜亜は話もそこそこに携帯に出る。

 


「もしもし? レアですけども? ……うん、あ、見つかった? さーすがおっさん。うん、分かった、すぐ行く~」


それは、異世を発見したという柳一の連絡であった。

恵のことも心配だが、それよりもまず『ママ』を見つけなくてはと思っていたから……。


「ごめんっ、ちょっと用事できちゃった。あ、用事ってのは人助けみたいなもので……あー、むつかしいことは私よくわかんないんだった。えっと、とにかくもう行くからっ」


言うだけ言って(ボロが出ないうちにともいう)、お暇を告げようとしたわけだが。

やっぱりそんな怜亜を見透かすかのように、後ろ手に勇の声がかかる。


「待て! 結局質問に答えてもらってないが……キミは、どこの誰だ?」


それはある意味待ち望んでいた問いかけで。


「……言ったでしょ? 私はレア。いまどき珍しいって意味の、希少(レア)。たった一人だけの人を愛し続ける、ただの女の子、だよ」

  

溜めに溜めて繰り出される、練りに練って言う機会を狙っていた、改心の一言。


ぽかんとしている勇を見て、結構きまったんじゃない? なんて自画自賛しつつ。

怜亜は走り出したのだった。

   

『ママ』を探し出し、自身の一番の願いを、叶えるために……。




            (第169話につづく)







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