第166話、レアな少女と、完なるもの、誕生の秘密
石渡怜亜(いしわた・れあ)が『かえって』きたのは。
自分自身のため、自分の想いを通すため。
ダーリン……王神公康に『怜亜』という存在を、消えないものとして認識して……
いや、彼女にとってみればそんな肩苦しくて大それたことじゃなくて。
名前を呼んで欲しいとか、この想いを知って欲しいとか、そういうちょっとした、でも怜亜にとっては大切なことであった。
そのためなら『パーフェクト・クライム』だって『ママ』だって、騙してみせる。
たとえ何を言われようとも、縛られようとも、重いと思われても。
はじめからそのために……この信更安庭学園に、王神の近くに、彼女はいるのだから。
そんな怜亜が初めて『ママ』に出会ったのも、やはりこの信更安庭学園であった。
それは、『パーム』が『喜望』に宣戦布告するより、ずっと前。
怜亜は『パーム』の一員として、しかし一員のつもりは全然ないまま、言われるままに『ママ』の命を狙っていた。
『ガラクターズ』として、能力者として、最後の生き残り(後で聞くことによると、他にもいたらしいが)であった、『ママ』……鳥海春恵。
初めは、心に響いてくる『パーフェクト・クライム』の声に、『殺せ』と命令されても、特に感慨はわかなかった怜亜。
むしろこうしていれば、たとえどういう形であろうと、王神がを気にかけてくれるかもしれない。
そんな歪んだ感情しかなかった。
しかし、自身で歪んでいるなどと。
その通りだけど……怜亜は認めたくなかった。
何故なら彼女の心と身体は、全部王神への想いだけでできているのだと。
『パーフェクト・クライム』の操り人形なんかじゃないって、そう思っていたからだ。
ただ、『ママ』は強かった。
『パーム』のクリムゾンバタフライと名乗る男に命じられ、
『六聖人』などといういうダサ……ではなく、怜亜自身それなりに強いカーヴ能力者であったのだが。
それでもまともに戦うことすらできなかった。
特にやる気も、義理もなかった怜亜ではあるが。
以前の何もできなかった弱い自分とは多少は変わったと言う自負……
王神に関心を持ってもらえる自分になれたと思っていたから、何だかとても悔しくなって。
何度も何度も『ママ』に戦いを挑んだのだが。
やっぱりさっぱり歯が立たなくて。
戦ってる相手に聞くことはおかしなことなのだろうが。
怜亜は気付けば『ママ』に、「どうして勝てないの!?」なんて聞いてしまっていた。
そうしたら『ママ』は、とってもおかしそうに、でも綺麗な笑顔で。
「『それ』は、もともと私のものなのよ。あなたで三代目ね」
なんて言って、怜亜が持ってた武器(ウェポンのカーヴのひとつらしい)、一見ただの古ぼけたギターを見て、そう言ったのだ。
言われて怜亜は、?マークで頭がいっぱいになった。
怜亜たちと『ママ』は敵同士のはずなのにどうしてこのギターが、『ママ』のものなのかと。
怜亜の持つ、ウェポンガーヴ。
その名も【魔性楽気】。
『それはあなたしか使えない』などとおだてられて、オロチと名乗る存在感のない茫洋な男にもらったものだったから。
怜亜にとって不思議でならなかった。
敵に塩を送った……わけではないだろう。
オロチもクリムゾンバタフライも、基本怜亜のことはほったらかしで。
『パーフェクト・クライム』は同じことしか言わないから、いまいち状況がわからなくて。
ここで初めて対立することに疑問を感じた怜亜。
なんだかんだ言って、そんな彼女を相手にしてくれる人は『ママ』くらいしかいなくて。
王神には今すぐいつでも会いたかったのに、その時はまだとてもそんなだいそれた勇気もなくて。
いつしか怜亜は、『ママ』に戦いを挑みにいくふりをして、とりとめのない話をするようになっていて。
たぶんそれは、怜亜にとって運命の出会い、だったんだろう。
王神が一番目だから、二番目の。
どんな話をしたかと言えば。
たとえば、怜亜自身のこと。
怜亜の大好きな、王神の話。
けれど、とっても好きすぎたせいか、どこが好きなのか、どうして好きなのかって聞かれると、ちょっと考えてしまう怜亜がいた。
確かに始めの出会いの日の衝撃は怜亜にとって今でも忘れられないくらいなのだが。
後付けするならクールでしぶくて、なんでも率なくこなして、頑張りやで……
なんて、好きなとこいくらでも浮かぶわけだが。
きっとそれは、ただ好きと言えるような恋こそ真実ってやつなのだと、怜亜は信じていて。
とはいえそれらの全ては。
怜亜のひとりよがりな言い分で。
『ダーリン』っていうのも、勝手に呼んでるだけだった。
怜亜だけが、絶対王神の彼女になってやるって、周りに迷惑かかるくらいのバカップルになってやる! って、息巻いてたのだ。
今思えば王神の気持ち、考えていなかったのだと、反省しきりの怜亜。
二人の関係を認めてもらうために、二人の出会いを思いきり自分視点で脚色してみんなに発表したりとか、周りも巻き込んでごり押しで持っていってしまえば、王神ももしかして勘違いして、いつの間にかその勘違いが本当になるのではと。
この想いはきっと届くのだと。
怜亜は信更安庭学園を卒業しても、ずっと変わらず想っていた。
まるで悲劇の主人公とヒロインみたいに。
互いに敵同士の、そんな運命の二人になったって、この気持ちは止められないのだと……そう思っていた。
「その人とは……今も会ってるの?」
怜亜の長話を受けて、『ママ』が聞いてくる。
「え? いやぁ、そのう。実は会うの怖くって。何でかな? 大好きなダーリンなのに」
今までどんなに素っ気なくされたって怒られたって、へこみはしたけどいつもめげなかったのに、自分でも不思議だと、怜亜は思う。
と、そんな事を考えていたら。
怜亜が、面白おかしく脚色して話したせいか、『ママ』は、おしとやかに……でも、そんなに笑ったの久しぶりよ、なんて言って、涙を零したではないか。
それは、あまりにも突然で。
「あれ? 泣くほど面白かった?」
なんて冗談も通じることはなく。
「ごめんなさい。私、あなたに何もできなくて……」
「……っ」
ふいに言われたことが、胸に沁みる。
こんな大人な人に、泣いてもらえるほどなのだ……と。
確かに怜亜は、大好きな人に想いの届かない不幸な子なのだろう。
しかし、こんなにも可哀想な自分なんだっていうみじめな気分よりも、悲しみを忘れ去られて、実の両親にすら泣いてもらえること、ほとんどなくなっていた怜亜にとって、むしろ感動のほうが大きかったのだ。
「なはは。何か懐かしいな。……お母さんみたい」
何もできないって言うけれど。
怜亜にはこうして話を聞いてくれただけで充分すぎるほど、うれしいことで。
「私をそんな風に呼んではいけないわ。私は、母親失格。……いいえ、そんな言葉じゃ表わしきれないわね。だって私は、人間じゃない。人の心の分からない人外、だから」
それなのに、怜亜を拒絶……ではなく、まるで怜亜を危険なものから遠ざけるみたいに、『ママ』はつぶやく。
「どういうこと? 意味ちょっとわかんない……」
首をかしげる怜亜に、『ママ』は自嘲的な笑みを浮かべて。
それを証明するかのように、漆黒の、一対の翼を広げながら。
「私はね、自分の子供を殺したの。そして今度は、もっとひどい目に遭わせようとしている……」
『ママ』がそんな事を、言ったから。
今度は逆に、怜亜が『ママ』のことを聞く番になった。
それは……天使と悪魔の、長い長い運命の物語。
半分は知っている話。
半分は、知らなかった話。
悪魔……『パーフェクト・クライム』を滅するには。
一度憑いてしまった『パーフェクト・クライム』を滅するには。
憑かれた意思あるものを殺さなければならない。
当時、それを滅する使命を追っていたのが。
大地に根を張る天使として世界を人知れず守る、『ママ』であった。
だけど、『ママ』は。
『パーフェクト・クライム』の憑いた人間を殺したくなかった。
だって、その人は。
『ママ』の大切な友達のひとり、だったから。
だから本来術がないはずの、殺さずに『パーフェクト・クライム』を滅する方法を、みんなで必死に考えた。
考えて考えて出た結論が……その時、『パーフェクト・クライム』の宿主が持っていた、『心を繋ぐ力』からヒントを得て、『パーフェクト・クライム』を、『ママ』の背中にある、魔を封じ込めると言われる翼に写すことであった。
おかげで白かった『ママ』の翼は黒に染まったが。
その人から、『パーフェクト・クライム』の影は消えた。
それでめでたしめでたし。
そのはずだったのに。
『パーフェクト・クライム』は力の全てをちぎり取られてなお、息絶えてはいなかったのだ。
『パーフェクト・クライム』のもと宿主には、生まれたばかりの子供がいて。
『パーフェクト・クライム』は、その子供の中で復活の時が来るまで、じっと耐えていたのだ。
その子供の中に、『パーフェクト・クライム』がいると分かったのは。
それから十余年経ってからで……。
(第167話につづく)
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