第165話、別の幻想世界の、12色の根源の話
「……で? 結局ここからは出してくれないんすね。しかも、ちょっと前に似たような掛け合いやったばっかな気がするんすけど」
実際はちょっと前の事ではあるのだが。
大分前のことのような気がするから、もう忘れてたかと思ったら……そんなことあるはずもなく。
ジト目でそう呟いてくる慎之介。
「いやぁ、はは。それはそれ、これはこれ?」
慎之介にはかなわないなぁ、などと思いつつも。
だからといってはいどうぞって割り切れるはずもなく。
臆病な美冬はごまかし笑いを浮かべるしかなかない。
このまま堂々巡りで時間を潰せればいいのに、なんて思っていたら。
慎之介はひとつ、深く息を吐いて。
まるで説教でもするかのように美冬に向き直る。
「何をそんなに怖がって……焦ってるんすか? いや、みなまで言わなくていいっす。ここに連れてこられたばかりのとき、美冬さん言ってたすよね。おれが、『パーフェクト・クライム』と接触したって。だから、こんなことになってるんすよね?」
そして、やけに確信のこもった口調で慎之介は、そんなことを言った。
「え? 私、そんなこと言ったっけ?」
自信満々の慎之介には悪いけれど、美冬自身、そんなこと言った記憶がまるでなくて。
逆に問いかけるように、首を傾げるしかなかった。
「今更、誤魔化すのはなしっす」
「や、ごまかしてなんかないよ。本当に覚えてないんだって」
「……? だって、さっき言ったじゃないすか。おれと『パーフェクト・クライム』、どっかで会ってるって。美冬さんたちみたいな人がたくさん増えてきて……それは、みんなで迎えるからとかって。……はっ、ってことは美冬さん、『パーフェクト・クライム』の手下っすか!?」
美冬を置いてけぼりにして一人で盛り上がり、百面相する慎之介。
しかし、そんな慎之介の言葉で、何のことを言っているのか、ようやく美冬は思い出した。
「ああ、なんだ。『始祖』のこと? 『パーフェクト・クライム』とか言うから、最初分かんなかったよ」
「あれ? その始祖とかいうの、『パーフェクト・クライム』とは別物っすか? もしかしておれの勘違い? だってそいつ、この世界滅ぼそうとしてるんすよね?」
言われて、美冬はだんだんと自分で言ったことを思い出してくる。
思えば焦ってたもう一つの理由とは、始祖の気配を慎之介から感じたからなのだと。
もし、人間なんて歯牙にもかけないような性格であるならば今すぐ避難をって思ってはいたが。
慎之介はぴんぴんして今ここにいるし、直接関わってなきゃ別にいいかな、なんて自己完結していたのだ。
どうやら慎之介は、始祖とこの世界が終わるきっかけをつくるものとを勘違いしていたようであったけれど。
「滅ぼす……って言っていいのかなぁ? よく分かんないかも。始祖は再生の象徴だからね。ああ、うん。全部真っ白にしてやり直すって考えたら、同じことかも」
「じゃあ、始祖ってのと『パーフェクト・クライム』は別、なんすか?」
「う、う~ん」
実のところ、美冬は始祖が誰なのか分からなかった。
ただ、いるのが分かるだけ。
その匂いというか、気配が分かるだけ。
ついでにその、世界の終わりのきっかけとなる、『パーフェクト・クライム』のことも美冬よく知らなかったりした。
さんざん知ったかしておいてそりゃないだろうって、慎之介じゃなくてもつっこまれそうではあったが。
本物の『時』の眷属ならともかく、今の美冬は慎之介というこの世界のつながりがある。
かつての『私』……美冬とはもう別物なのだ。
今の状態では、それを知るのは不可能だった。
先程美冬が言ったみたいに、時の扉を使って、慎之介と一緒にこの世界から剥離すれば話は別だが。
「な、なんすか。そこは流れ的に頷いてくれなきゃ、困るっすよ」
「だってぇ、どっちも詳しくは知らないし、同じじゃないかどうかなんて、分からないよ」
むしろ、どちらかと言うと、無慈悲な闇の太陽での世界の破壊をイコール再生ととるなら、同じでもありな気がしてくる。
今まで忘れていたのに、とたんぶり返してくる、始祖が慎之介に接触したことへの恐怖。
「それに、しんちゃんこそ、会っちゃってるんだよ? 少なくとも始祖に。何か思い当たりそうな人、いないの?」
微妙に描いていたシナリオとは逸れ始めている話題に、薄々感付きつつも。
一旦気になってしまうと、もう止まらなかった。
美冬にとっては慎之介が一番だから。
始祖なんてほっておくよ、くらいに思っていたが。
それが慎之介の立ち向かおうとしているものなら話は別だった。
だから、少しでも何かあればって、慎之介に問いかける。
「そんなこと言われても。おれに分かるんだったら他の人、とっくに気付いてるんじゃないっすかねぇ? ていうかそもそもその始祖って、どういう人なんすか? 美冬さんの話を聞く限り、美冬さんたちの中で一番えらい人、的な認識はあるっすけど」
返ってきたのは、ちょっと身も蓋もないようなものだったが。
そう言えば、ちゃんと説明していなかったなと。
自分自身思い出す意味を込めて、美冬は心の中で反芻しながら……それを説明することにする。
「この世界では一概には言えないかもしれないんだけど……私たちが生まれた世界ではね、すべてが12の力の根源で世界が成り立ってるって言われてるわ。大地も海も青空も……それから私もね。でも、そしたらその、12の根源はどうやって生まれたのか。全てのそもそもの始まりは何なのか。そのことを、便宜的に表わしているのが始祖、なの。私たち全てもののはじまり……王っていうのはそういうこと。でもそんな始祖も万能ではなくて、何百年に一度は生まれ変わるらしいの。世界が汚れきったとき、疲れきったとき、それを浄化し再生するためにね。けど、その存在はもともと、この世界にあるべきもじゃないの。幻想の世界に生まれ、棲まうはずのそれが、ここに来てしまった。どうしてそんなことになったのかは分からないけど……それに引っ張られて、私のような存在がこっちに増えてきてるのは事実よ」
そう、それはこの世界にはいてはならない存在なのだ。
おそらく何かの働きがあって、こっちに来ているのだろう。
望まれてこの世界に留まった、本当はいてはならないはずの美冬のように。
「うーん、なんかちょっとおれにはむつかしいことだらけっすけど。つまり、その始祖ってこの世界が疲れきって汚れきってるから来たってことなんすかねぇ。それって、おれたちのことなのか、『パーフェクト・クライム』のこと言ってるのか。う~ん、どっちなんすか? 敵、味方? ああっ、これじゃあ今の状況と同じくらいラチがあかないっすよ! 美冬さん、もっとその人、特定できるような何か、ないんすか?」
言葉通り難しい顔をして、慎之介は思ったままのことを口にしている。
思わず出た皮肉が、この状況をなんとかしたいって、如実に語っていたりしたけれど。
そう言われてみれば、情報が全くないわけじゃないと言う事に美冬は気づかされた。
そもそも慎之介が始祖に出会っていることに気付けたのだって、それの気配が、慎之介からしたからなのだから。
「って、ちょっ、美冬さん? いきなりどうしたっすか!?」
「ん、ちょっと静かにしてて、しんちゃん。しんちゃんについた始祖のにおいをたどってるの」
狼狽える慎之介をお構いなしに、美冬は慎之介を抱きしめる。
実は久しぶりの感触がちょっとうれしい、などと思いつつ。
「……においって、体臭きついみたいでなんかやっすね」
「あはは。そういうのとは、ちょっとニュアンスが違うかな? 言い方を変えれば気配っていうか、残滓っていうか」
人が、いくつもの細かな細胞でつくられているのと同じように。
美冬たちは微細な『力』の塊によってできている。
美冬の場合、ほとんど『氷』の根源のよってつくられているわけだが。
始祖の場合、美冬たちのような固体とは違って、12の根源すべての『力』のよって構成されている。
それは、前世代の12の根源全てが始祖の親であると、そう言ってもいい。
そんな12の根源のうちのひとりが始祖の『母』となり、始祖自身もその『子』だと認識するという。
結局何が言いたいのかというと。
12の力のうち、必ずひとつだけ強い力を持っている。
つまりはそういうことなのだ。
美冬はさらに意識を集中し、力のにおいを辿る。
「うっ。こんなとこあいつらに見られたら何を言われるか……」
そして、慎之介がそんな情けない呟きをもらした時。
美冬は12の力の中で一際強い力を、キャッチした。
「ん、分かった! 『火』だね。たぶん、この始祖の子は、火の根源のこどもみたい。しんちゃん思い当たるひと、いない? 私の見立てでは、その子、人の姿をとっているのは間違いないと思うんだ。でもって、炎の力を使うのに長けた人。それから、何より一番重要なのは素性のわからないひと、かな?」
「炎? って。まさか、そんなっ」
美冬が感じたままを口にすると。
慎之介がはっと息をのむのが分かる。
どうやら、心当たりがあるようだった。
「そ、そんなっ。そんなことするわけないっす、あいつはっ!」
「わわっ、し、しんちゃん? ちょっと、どこ行くの!?」
だが、その言葉を受けての慎之介リアクションは、ちょっと普通じゃなかった。
美冬の言葉を否定するように、美冬の手から逃れると。
慎之介は出口のない異世の世界の中、走り去っていってしまう
瞬間、美冬の胸にちくりとささる、嫌な気分のする心の痛み。
それはきっと、美冬の言葉のせいで受けた慎之介の心の痛みには間違いなくて。
美冬は考えなしに、慎之介を傷つけるようなことを言ってしまったのだと。
泣きたい気分になりながら、そんな慎之介の後を追いかけるのだった……。
(第166話につづく)
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