第26話、二敗目と汚れちまった罪悪感
「よし、それじゃあちくまのカーヴ能力拝見させてもらおうかな」
「……カーヴ能力?」
ちくまは、知己の言葉を反芻して自分の手首を見つめる。
底には金と銀に輝くゴッドリングが右手と左手に一つずつ嵌められていた。
「そう、そのゴッドリングで抑えてる、ちくまが『赤い月』に入れられる理由にもなった力のことさ。ま、これからは己たちと一緒に世のために使ってもらう力でもあるけどな」
「で、でも……」
知己が、期待感の篭った眼差しでそう言うが。
ちくまの方は、何だか歯切れが悪かった。
「ああ、それがですね。センのやつ施設を出る時に能力のせいでぼやを起こしちゃったんすよ。そのときはおれっちもいたから何ともなかったんすけどね」
それから少し、リングを外すのはもちろんアジールを纏う事さえ臆病になっている。……慎之介が言うには、そういうことらしい。
「なるほど。ま、それなら問題ない。そのリングを創ったのは己だし、そもそもそれを使わないですむようにカーヴ能力者暴走を鎮めるのが己の仕事だからな。ここじゃなんだから、2階の多目的ホールで拝見しようと思うんだが、長池はどうする? ついでに見学していくか? 何なら一緒にもんでやってもいいぞ」
「お、おれっちっすか? い、いやっ。実は勇のやつに送り届けたらすぐに戻ってこいって言われてて、あんまり遅いとまたねちねち言われそうだし、遠慮しとくっす」
急にふられた慎之介はびくつきながら、そんな事を口にする。
できる事なら勘弁してもらいたいたい、そんな態度がありありと伺えた。
「そういうわけで、おれっちはこのへんでっ。セン、頑張るっすよ!」
「うんっ、長池さんも気をつけてね。ここまで一緒に来てくれて本当にありがとう!」
しゅたっと居ずまいを正し早々にお暇しようと挨拶する慎之介に、ちくまも真似するようにそれに答える。
「そうか。それじゃ気をつけて。『AKASHA』班(チーム)のほかのメンバーにもよろしくいっておいてくれよな」
「付き添いご苦労さん。引き続きで心苦しいが、任務の方よろしく頼む」
そして、誰がトップなのか分からなくなりそうな知己のセリフに、負けてなるものかといった感じで榛原が言葉を繋げる。
「はいっ。それじゃ、またですっ!」
慎之介はそれを受け、少し苦笑を浮かべた後。
やって来た時と同じように最敬礼してその場を去っていった……。
「逃げたでやんすね」
「何でそう思うんだ?」
法久の呟きの意味が分からなくて、知己は疑問符を浮かべて聞き返す。
「そりゃ、間違って落とされでもしたらたまらんからなあ」
「そんな事、あるわけないって断言できないのが悲しい所だなぁ」
しかし、榛原の冗談とも本気ともつかないセリフを受けて、知己は痛いところを突かれたとばかりに苦笑をもらす。
そんな会話の正確な意味合いまでは分からなかったが。
何気に沸き立つ嫌な予感が……これから何が起こるんだろうと。
ちくまを不安にさせるのに、十分な効果を発揮してやまなかった……。
※
―――『喜望』本社ビル2階、多目的ホール。
全20階(地下含む)のこのビルは『喜望』専用のビルである。
最も使われる事が多いのは、10階から上の『喜望』に所属するものが泊まれる宿泊施設だ。
実の所、他の会社や企業に貸そうと思えばそのスペースはいくらでも余っているのだが、仕事内容が内容だけあり、いつ戦場になるかも分からないこの場所は、どの階もガランとしていて殺風景なのが実情だった。
その2階は、研修や会合などに使われるような吹き抜けホールで。
机やイスなどはほとんど使われないために全て端に寄せてあり、申し訳程度のカーぺットが敷かれているせいもあって、このビルで一番広く、多少騒いでもさしたる影響のない場所であった。
「これは言わばちくまが『喜望』には入り、己と同じチームで任務をこなすための試験みたいなものだ。とりあえずどんなものか力量が見たい。遠慮せずに全力で来いよ」
知己は部屋の中央までやってきてくるりと向き直り両手を合わせた。
その正面には落ち着かない様子のちくまがいて、法久に肩を貸している榛原は
邪魔にならないよう、壁際に立ってその様子を眺めている。
「全力、ですか?」
「おう、全力でガツンとやってくれて構わない。できるものならな」
いまだ不安そうなちくまを鼓舞するかのように、知己はきっぱりそう宣言して口もとに笑みを浮かべる。
「分かりましたっ、行きますよーっ!」
知己の言葉を聞いたちくまは決意したように二度頷いて、掛け声とともに知己に向かって駆け出す。
ちくまのカーヴとは、一体どんなものなのだろう?
知己は、密かに期待しながらそれを待った。
バキイッ!
「うごっ!?」
しかし。
それはいくら待ってもやっては来なかった。
代わりに飛んできたのは、痩せぎすの体型の割にどこで習ったのか、スマートな姿勢からの左ストレートで。
「中々……いいパンチ、持ってるじゃねーかっ」
それをものの見事に左頬に喰らった知己は、捨て台詞を残してそのまま後ろにばったりと倒れてしまう。
「あれ、あれれ?」
「と、知己くーんっ。またでやんすかーっ!」
「ともみんが早くも二敗を喫するとはっ!?」
何が何だか訳が分からなくて、呆然呟くちくま。
思ってもみなかった衝撃の結末に、法久も榛原も驚きを隠せなかった。
こうしてちくまの試験は、ちくまのファーストアタックによるK.Oで、あっけなく終焉を迎えたのである……。
「……って、んなわけねーだろっ。いきなりそのまま殴りかかりやがってこの野郎っ! 話聞いてたのかお前はっ。カーヴの力を見るっていっただろうがっ!」
知己はがばっと起き上がり、いがいがとちくまに向かって抗議を始める。
ここでお返しの手が出ないだけ、まだ知己は大人なのかもしれなかった。
「だ、だって、全力でガツンとやってくれって」
「それは言葉のあやだっつの! 今までの話の展開で、分かるだろうがよっ!」
わざとではなく真面目にそう思ってやったのだとしたら、たちの悪いこと甚だしい! と、知己は憤慨して肩を怒らす。
「で、でも、カーヴの力は危ないから……やけどとかするかもしれないし」
ちくまは自らの力がどんなに危険であるのかを、重々自覚していたため、
それを受けるというのに、平然としている知己が信じられなかったのだ。
だから結果的に、今みたいな行動に出たわけなのだが……。
それを聞いた知己は、変わらぬ余裕ぶりを発揮して言った。
「大丈夫だ、問題ない。己は見てるだけだし、別に戦おうって言ってるわけじゃないんだから、ちくまは気にせず力を解放すればいい」
「でも、本当に危ないんですっ。僕の力は人を傷付ける……ううん、それだけじゃすまないかもしれない」
ちくまが自分の力のことを重々理解しているという意味では、そんなちくまのセリフは間違っていないのかもしれなかったが。
もちろんそんな言葉では知己は満足しなかった。
「それでもいいからっやるんだよっ! 危ないかどうかなんてやってみなくちゃ分からないだろ?」
ちくまの煮え切らない様子に、知己はイライラしながら言葉を発する。
それを見て、慌てる事もなく法久がフォローを入れた。
「その危ないかどうかを見るのも、この試験の一環でやんすよ」
「それもそうだが、ちくまよ。今お前の目の前にいる男が誰だか分かっているのか? 『喜望』の中でも最強のカーヴ能力者だぞ?」
そんな法久に続くように、榛原が笑いながら自身満々にそんな事を言ってくる。
「それは大げさだけどさ。さっきのパンチでいい気になってるのなら大間違いだぞっ」
知己は謙遜して見せながらも榛原の言葉を受け、意気込んで胸を張る。
「わかりましたっ」
それを見たちくまは、躊躇いつつもようやく頷いてみせる。
外の世界に出たちくまには、やらなければならない……やりたい事がある。
そこにたどり着くためには、避けては通れないものがあって。
それこそがまさに今なんじゃないのかって感じたからだ。
知己は、暴走する力を止めて改善させる事が仕事だと言った。
だからこれもそのための一環だと、ちくまはそう思ったのだ。
「今度こそ、行きますっ!」
叫びとともに生まれたのはちくまのアジール。
ほのかに銀色に輝くそれは、誰に教えられなくても自然と人が歩けるように、ちくまを守るようにして辺りに広がっていく……。
『……魂に火を点けろっ。ファイヤーボールッ!』
そして、振りかざす手のひらとともに、能力発動の足がかりとなる、
力のこもった言葉がちくまの口から発せられ……。
「あれっ?」
その場には驚きの声を上げるちくまの声が響くのみで。
炎の球どころか、煙一つ出なかった。
「な、問題なかっただろ?」
「??」
そう言って笑う知己と、何も生み出さない自らの手を交互に見て、ちくまは疑問符を浮かべるばかりだった。
「ちくまの力が発動しなかった理由はいくつかある。一つは、カーヴ発動の際に、口にした言の葉が本当のカーヴ能力名じゃないからだ。まあこれは、それを知って覚えてしまえばどうとでもなるな」
知己はまるで塾か何かの講師のごとく、すらすらとそんな解説を始める。
その様子は手馴れていて、もう何度も同じ説明をしているだろう事が伺えた。
「そして二つめは、今ちくまが腕につけているゴッドリングが、お前の力を封じているからだ」
「え? で、でも、これはカーヴの暴走を抑えるものなんじゃあ?」
出発前、二つのゴッドリングを嵌めた状態でもカーヴの発動が出来ていたのを思い出す。
しかも、うまくコントロールできなくて小火騒ぎになってたいへんだったというのに、一体どういうことだろう?
まるで力が無くなってしまっているかのような感覚を覚えて、ちくまは知らず知らずのうちに身震いしてしまった。
「そうだな。ゴッドリングはそもそもカーヴの出力を抑えることにより、暴走を防いでいるからな。それに関連して三つめだが。ちくまは今、他のカーヴ能力者の影響下にある。だからちくまは、カーヴの力を強制的に抑えられて、能力が発動しないんだ」
「他の、能力者……」
ちくまはその相手、知己の方を改めて見やり、はっとなった。
何時の間にか知己の身体から発せられる、沸き立つような虹色のアジールが、無言のプレッシャーを与えていたからだ。
「あ。そうだ、法久くん、ちょうどちくまのアジールも見れたことだし、登録しとい欲しいんだけど、できるか?」
「もちろん、了承でやんすっ」
ちくまがそのプレッシャーに何も言えないでいると。
法久はふわりと浮き上がり、ちくまを観察するように旋回を始める。
「え、えっと。今度は何?」
「ああ、突然で悪い。一応な、『喜望』に入ったカーヴ能力者は、その能力を登録することになってるんだ。能力を知られることはデメリットだって思う奴もいるかもしれないが、これも己たちの絆の一つだと思ってる。それに、一つめの指摘の通りカーヴ能力者は、自分の力について知らない者が多い。それを明確に把握することは、いろんな意味で大切な事だと己たちは考えているんだ」
そうは言ってみたものの、断りもなしに能力情報を得たことは、結局相手を信じきっていないからだろうなと知己は思っていた。
カーヴ能力者の誰かに『パーフェクト・クライム』が潜んでいるという状況において、そうではないと信じれる証拠を得たいと思うのは、仕方がないことなのかもしれないが……。
「えっと。つまり、これで僕はみんなの仲間になれたってことですかっ?」
「ん、まあそうだな。その通りだ」
仲間という言葉が嬉しいらしく、知己が頷くと。
ちくまは紫色の瞳をキラキラと輝かせて、喜びと共にやる気を体全体で表していた。
そんなちくまに、知己は少なからず罪悪感を覚えたのは。
ただ無条件に物事を信じていた気持ちを、失ってしまっているからなのだと、気付かされたからなのかもしれなくて……。
(第27話につづく)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます