第25話、相変わらずわがままを通して


「おお、来たかともみん、こっちだ」


それから知己とネモ専用ダルルロボ(IN法久)が、玄関ホールまでやって来た所で、手招きして知己を呼ぶ榛原が目に入る。


その脇には赤茶色のソファがあり、二人の少年が腰を落ち着かせず、辺りを見回しながら何かを熱心に喋っているのが見て取れる。


一人は長池慎之介だ。

銀色の額当てに押さえられた翠青に光る髪が、自己主張するみたいに飛び跳ねていて、燃える朱の瞳が好奇心の旺盛さと後輩下っ端気質なを表している、そんな少年だった。


言わずもがな、新人を送り届けるために付き添いでやって来た『AKASHA』班(チーム)の一人だ。

そうすると、そんな慎之介と一緒になって目まぐるしく視線を彷徨わせては、楽しげに会話しているのは新人といういう事になる。

その両腕には、それを証明するかのように金色の下地に銀の文様が刻まれた、ゴッドリングが嵌められていた。



「うぬぬ。男でやんすか。つまらないでやんす」


新人の少年が気になったのか、背中から飛び出して宙を舞うネモ専用ダルルロボ(IN法久)は、言葉通りつまらなそうにして、ソファの背もたれに降り立つ。



「うわーっ! 何これ、すごい!しゃべったよ? 長池長池さんっ、これは何っ?」


神秘的とも言える銀色髪の少年は、痩せぎすながらも驚きを体全体で表現して、目を見開く。

そのアメジストのごとき瞳は、生まれたての赤ん坊のようにキラキラと輝いていて。

じっとネモ専用ダルルロボ(IN法久)を見つめていた。



「いやあ、おれっちにも何が何だか。法久さんの、ファミリアだった気もするっすけど……って。知己さんっ、おはようございますっ!」

「あっ、おはよーございますっ!」


少年の言葉に答えを窮していた慎之介はそこで知己に気づき、最敬礼の角度でお辞儀をする。

それを真似て頭を下げる少年を見て、知己は見た目より遥かに子供なのかもしれないなと思ったと同時に、勇にボクたち二人分と聞かされていたわりには人畜無害そうだなとも思っていた。

ただ、それが無邪気さからくるものであるならば、時には抑えられない狂気に変わりうる可能性もあるだろうが……。



「おはよう。己は今、『喜望』でリーダーをやらせてもらってる音茂知己だ。で、こっちは相棒の法久くんだ」

「ええっ? 法久さんっ!? 何だか随分小さくなってしまったっすねぇ」


極々真面目を装って自己紹介を始める知己につられ、慎之介は衝撃の事実知ったとばかりに驚いている。

榛原は蚊帳の外で生暖かい視線を送るばかりで何も語ろうとはしなかった。


本当の自分を知られないためには、都合が良かったのかもしれないが。

そこはそれ、ダルルロボオタ?としてのプライドが法久にはある。


「こらこらっ。何さらっと紹介しちゃってるでやんすか! おいらは法久じゃなくて、ネモ専用ダルルロボ(IN法久)でやんすっ!」

「だって、ネモ専用ダルルロボ(IN法久)って長すぎるじゃないか。覚えにくい。元々法久くんなんだから法久くんでいいだろ」

「ううっ、長ったらしいとはまたミもフタもないでやんすっ」


本当の事を言えば、自分の名前を使われているのが嫌だったからだが。

さっきのお返しとばかりに、知己の言葉は続く。



「君だって、あんまり長い名前じゃ覚えにくいだろ?」

「えっと、はい、覚えにくいですねっ」


おそらく会話の意味を理解しているとは言い難かったが、少年は知己にそう言われて、こくりと頷いた。


「そうだな、本人はもうしばらく出番ないし、それでいいんじゃないか?」

「うぐぐっ、し、仕方ないでやんすねっ」


知己だけではなく榛原にまでそう言われ、後生でやんすと負け惜しみのような呟きを漏らす法久だったが、最終的にはしぶしぶながらも納得したようだった。

何故ならまず間違いなく、知己がネモ専用ダルルロボ(IN法久)とは呼ばないだろうと考えたからである。



「って、内輪で話しててもしょうがない、君の名前はなんて言うんだ?」

「あ、えっと。№1000ですっ」

「……№1000?」


ようやく自分にふられて元気よく答える少年を見て、知己は眉をひそめた。


「施設の時の番号じゃなくてさ、本名だぞ? まさか、ないとか言わないよな?」

「はいっ、それ以外は覚えてませんっ」


まるで当たり前のような口ぶりで知己の問いかけに、少年ははきはきと答える。


「哲くんたちはセンって呼んでたっすから、おれっちもそう呼んでるっすよ」

「……はあ、またかよ」


微妙に知己の機嫌が悪くなっているのを察して、慎之介がフォローを入れるが、あまり意味をなしていなかった。

溜息をついて頭を抱える知己を、センと呼ばれた少年は不思議そうに見やっている。



「勇や哲もそうだったよ。名前はなんだって聞いたら、№50だ№51だとか抜かしやがって。それが親がつけた名だってんならまだしも、他人がお前らをモノ扱いして区別つけるような名前なんざ己は認めねーからなっ。全く、前に乗り込んだ時に、きつく言っといたつもりだったんだが」



前、というのは勇や哲たちを引き込んだ時のことだ。

その頃は『パーフェクト・クライム』の事件が起こったばかりで、世間の混乱が収まっていない時期だった。


施設を出るかわりに、『喜望』の手足となって働く。

それは半ば強制的なもので、拘束しているという意味では、あまり変わらなかったのかもしれない。

だからこそ、余計に数字で呼ぶことが『喜望』の道具として扱っているように見えて、知己は嫌だったのだ。



「しょうがないのさ。人間は弱い。自分たちとは違う。そう言う差別化を図って区別するしかなかったんだ。そうしなければ、同じ人間の管理を平然とできるはずもなかった」


榛原は知己の言葉を肯定するでもなく、かといって否定するわけでもなく。

呟くように言葉を発する。

自らの意志に関係なく、周りを傷付けてしまう人間だからこそ、そうならざるを得なかった。

そこには、そんな意味合いも含まれていて。



「でも、今はもう違う。君にはそんな数字じゃなく、ちゃんとした名を持つ権利があるはずだ。君が、本当の名前持っていないというなら己が決めてやる」


ないなら己が決める。

結局の所、それは知己の我侭で、自己満足なのかもしれない。

数字で呼ぶなんて気分が悪いから。

意味はそれだけしかないのかもしれなかった。


しかし、榛原や法久たちも、知己らしいなと思うくらいで、その言葉を否定するような事はない。


だが、当の本人である少年は何か不都合なことがあるらしく、困ったように首を傾げている。


「あの……僕、センって呼ばれるの嫌じゃないです。だってジョイが、僕に外の世界を教えてくれたあの子が、そう呼んでくれたから。もし名前が変わっちゃったら、ジョイが困るかもしれないし」

「……ジョイ?」


まさか自分の意見が否定されると思っていなかった知己は、眉を下げてそう訊き返す。

すると少年は待ってましたとばかりに紫色の瞳を見開いて、勢い込んで語り始めた。



「ジョイは僕に、この世界を……外の世界を教えてくれたんだ。とっても綺麗な歌で僕を導いてくれたんだ。多分、僕はジョイがいなかったら外の世界に出てみたいとは思わなかった。それはきっと、その歌が僕が生きる力になってて。だからジョイは、僕の命の恩人なんです。……僕はジョイにこの世界で会ってお礼がしたい、ありがとうって言いたいんだ」


だからセンのままのほうがいい、そういうことなのだろう。

名前が変わっただけで分からなくなるわけじゃもちろんないだろうが、その気持ちは何となく分かるような気がした。



「そういえば、小耳に挟んだことがあるな。『赤い月』の、月夜の歌姫の話。ただの噂かと思ったが、酔狂なやつもいたもんだ」


就寝時刻の過ぎた月の出る夜に、『赤い月』にふらりとやってきては旅の吟遊詩人のように歌を、語りを披露しては去っていく謎の人物。


その声は魔性の歌声のようにどこまでも響き、えもいわれぬ美しさがあって。

そこにいる多くの縛られし者たちを癒したという。


しかし、その正体は誰なのかようとは知れず、半ば伝説と化した人物だったのだ。

そんな人物と面識があり言葉を交わした者がいたと言う事に、榛原は感心したように重々しく頷いていた。



「そういうことなら仕方ないでやんすよ。本人がそう言うなら、彼は『セン』と呼ぶべきじゃないのでやんすか?」

「まあ、そうなんだが、しかしなあ。せっかくいろいろ考えてたのに」

「こだわってた理由はそれでやんすか」


実の所、知己は名前を考えるのが好きだった。

密かにコレクションしているぬいぐるみたちにも、しっかりと名前がついているのだ。

その楽しさと責任感の伴う充足感が好きなのだと知己は言うが。

コレクションのことを知っている法久は、「やっぱりただの自己満足じゃないでやんすか」と、呆れた溜息を漏らす。



「うーん、何かいい方法、名前……あ、そうだっ! 千曲(ちくま)っていうのはどうだ? 千番目の曲(カーヴ)能力者って意味でさ! これならセンって呼んでもおかしかないだろ? あ、でもこれだと、名字だよな。下の名前も考えないと……」

「え? えっと」


知己は戸惑う少年をものともせず、自分の世界に入り込んであーでもないこーでもないと考え初めてしまう。


これはもう止められないかもしれないな。

少年以外の誰もがそう思った瞬間だった。



「少年よ、これはもう諦めるしかなさそうだぞ。とりあえずうんと頷いとけ」

「でも、結構いい名前じゃないっすか? しかも、センって今まで通り呼べるわけっすし」

「……ちくま、千曲……あぁ、そうか。うん、何かしっくりくるような気がする。

どうしてだろう? 本当にそれが、僕の名前だったみたいだ……」


初めは惑っていた少年だったが、榛原や長池にそう言われ、何かに憑かれたみたいにそう呟いている。



親と言うものを知らず、物心ついた時には既に『赤い月』にいて。

№1000と呼ばれていたのに、ちくまという言葉を聴いただけで感じる初めての感情があったのだ。

それは、懐かしさというものだったが、そんな感情が溢れて止まらなくて。

だから元から知っていたんだと、感じたのかもしれなかった。



「そうだろそうだろ? ケチな婆さんなら千にさらに文字をくっつけるなんて贅沢だなんて言うかもしれないが、己は太っ腹だからなっ。だからお前は、千曲……ちくまだ! これからそう呼ぶからなっ」

「う、うんっ。えっと、ありがとうございますっ」


いい案だと思って提言した事が、思った以上にウケが良くて。

知己は大層ご満悦な様子で、そうだろそうだろと繰り返す。


微妙に何言ってるか分かりずらいマニアックな表現を使っている所を見ても、有頂天になっているのが良く分かった。


「あんまりおだてるとおかしな方向につけあがるから、ほどほどにしときたいものでやんすね」


見た目ダルルロボのはずなのに。

法久の表情には疲れたような、諦めたような雰囲気がひしひしと伝わってくる。


「ま、ともみんはそうじゃなきゃな」


そして、フォローもくそもないそんな榛原の呟きが、盛り上がる知己たちを背に、のんびりと響くのであった……。



             (第26話につづく)







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