第27話、AAAクラスについてと、遊撃出陣


「……登録完了、でやんすっ」


法久の能力『スクリーン・オフ』を解して得た情報を、もう一つの能力『スキャンステータス』で解析し登録する。


今までは法久の仕事部屋のパソコンや、手持ちのモバイルなどで見たい情報を確認していたが。

ダルルロボ状態の法久で、それらを扱えるのかと知己が思っていると、紅白帽のようなヘルメットがいきなりガチャンと一回転して、そこから小型のモニターが姿を表した。



「ほら、さっそく確認してみるでやんすよ~」

「創ったオレが言うのもなんだが、声にリアリティがありすぎてとんでもなくシュールな光景だな」


後頭部をへこませつつ、ほのぼのと語る法久を見て、どこぞの自己犠牲も甚だしいパンのヒーローのようだなと、そんな事を呟きながら榛原はモニターを覗きも込む。



「ちくま、ちょっと来て見ろよ。この法久くんの力でお前のクラス、能力名、特性、アジールの属性なんかも分かるぞ」

「う、うんっ」


知己にそう言われるまま画面まん前に立って、ちくまはモニターを凝視する。

ぽかんとしているちくまを背景に、写し出される緑色の文字群……その一番上には名前の欄があり、そこには千曲とだけ書かれていて、所属『喜望』とカッコ書きされていた。


その下にはアジールについて、さらにその下にはカーヴ能力について細かく記されている。


「アジール硬度B、属性は『火』が中心。中々の強度でやんすね」

「いや、それよりクラス、AAAじゃないか」

「とりぷるえー?」


言葉の意味を掴みかねたらしいちくまは、感嘆している榛原の言葉をそのまま反芻してしまう。


「何だ、クラスを知らないのか? AAAと言えば最高ランクのカーヴ能力者の俗称だぞ? まあ、最近は力を制御できる奴が少ないから、一番危険な存在みたいな感じで使われてるけどな」

「そうだったんだ。そう言えば、勇くんがそんなこと言ってたかもしれない。本来お前はここにいられるクラスじゃないとかどうとか」


ちくまは、自分が『赤い月』から出された理由を、勇たちが出してくれたからだと思っていて。

自分にその資格はあったことをあまり理解していないようだった。


そして、AAAクラスというのがどれだけのものなのか。

説明する意味も含めて榛原は言葉を続ける。



「ちなみに、『喜望』にAAAクラスは5人いる。ちくまを入れて6人だ。つまり、現時点でまともに動けるAAAクラスは6人だけってことだな」


それが多いのか少ないのか、比較対象がいなかったので比べようもないが。

AAAクラスのカーヴ能力者には、何か特別な資質がいるようだった。

努力すればカーヴ能力は向上し、クラスも上がっていくが、AAAクラスだけは生まれ持った資質か何かが無ければ生まれないからだ。


そして、AAAクラスの能力者は『パーフェクト・クライム』に最も近い容疑者であると同時に、もっとも『パーフェクト・クライム』に打ち勝つ力を秘めた可能性を持っていると言えた。

だからこそ、AAAクラスの暴走した能力者は慎重に扱う必要があり、AAAクラスだけ別個に隔離していたのはそのためだとも言えるだろう。



AAAクラスのちくまが、どうして『赤い月』にいたのかは分からないが。

もしかしたら、勇のように元々素質があって、何かのきっかけでそれが目覚めたのかもしれないなと知己は考えていた。



「して、そんな6人目のカーヴ能力名は【歌符再現】、タイプはレアロか……ふむ」

「【歌符再現】。ファイヤーボールじゃなかったんだ」


重々しくカーヴ名を読み上げる榛原に答えるでもなく、ちくまは知らなかったという口ぶりでそんな事を呟く。


「『ファイヤーボール』は、【歌符再現】のヴァリエーション1に相当するみたいでやんすね」


基本的に、同じカーヴの力で法久の言うヴァリエーションを持っているのは、AA以上の能力者に限る。

その絶対数が少ない事もあって、自らのカーヴ能力を詳しく知らない者の中には、

ちくまのようにヴァリエーションの一つを自らのカーヴ名だと認識している場合が多かった。


「ヴァリエーション2は『ファイヤ・ドットコム』、ヴァリエーション3は『ラヴィズ・ファイヤ』か。法久の力を見るといつも思うのだが、この名前は一体誰がつけているんだ? ちくま本人か?」


どうやら炎の能力らしいが、その名前はどこから来るのだろうか。

今まで気にしないで使っていた榛原だったが、考えてみると不思議だった。


「えっと。分かんないけどっ、この名前は知ってるよ。カーヴの力が使えるようになった時には既に、僕の頭の中にあったから」

「言われてみればそうだな。普段は気にもしていなかったが確かにそうだ。オレも、気付けばその名を知っていた気がするよ」


あるがままを口にするちくまに、榛原はそうだそうだと頷いて見せる。

法久も、それに賛成するように言葉を発した。


「そればっかりは謎でやんすね。名前とかはおいらがスキャンした時も自動登録って感じでやんすから」


それはカーヴ能力者が、カーヴの力を自然と使えるのと同じ事で、まだ解明できない謎の一つでもあった。

何しろその疑問自体が、この法久の能力がなければ気にもしない事柄だったからだ。



「本当にそうかな? 何か、違和感を覚えるんだけど」


そして、しばらくモニターを見つめたまま黙していた知己が口にしたのは、そんな言葉だった。


「違和感? 何かおかしな所でもあったでやんすか?」

「おかしなとこって言うか。己さ、似たような名前の能力どこかで見た気がするんだ」


法久の能力によるデータの中か、それとも過去のカーヴ能力者についての資料だったか。

思い出せそうで思い出せなくて、知己が悩み込んでいると。

榛原もちくまもそんな知己の答えを待つように、知己に注目しているのが分かる。

それを見て、知己はようやく我に返ったみたいにはっとなった。



「ま、実際体験してみたら何か分かるかもしれないな。よし、ちくま。もう一回力を解放してくれ。ゴッドリングを一つ取れば、今度はちゃんと発動するはずだから」

「え、え? でも、そんな。やっぱり僕には……」


話がなにやら専門的な事になって、微妙に上の空だったちくまは、いきなりそうふられてびっくりしたように瞳をしばたかせる。


「だから、大丈夫だって。ちょっと己の能力見てみろ。問題ないってわかるから。そんな訳で法久くん、己の能力データをちくまに見せてやってくれないか?」

「……」


いつものように、知己は法久に呼びかけたが。

しかしの法久からの返事は無かった。

知己が聞いてるのかと再び口を開きかけた時、モニターが突然シャットダウンして……法久は力を失ったみたいに待機モード(リュック)に変化する。


「……法久くんっ、どうしたっ!?」

「何かあったようだな」

「何かって法久くんに?」


顔を顰めて呟く榛原に、思わず詰め寄る知己だったが。

しかしそんなやり取りをしてる間に、法久は息を吹き返したかのように飛び上がる。


「どうした、何があったんだ?」

「……ごめんでやんす。何せネモ専用ダルルロボを扱うのこれが初めてで、ちょっぴりアクセスに手間取ったでやんす」

「つまり、他の班(チーム)に何か動きがあったのか?」


薄々感づいていたのだろう。

神妙な面持ちでそう言う榛原に、法久はゆっくりと頷いた。



「『スクリーン・オフ』のためのダルルロボを、各班にこっそり配置してたのでやんすが……まず、『魔久』班(チーム)についてたドムドーが、彼らをロストしたでやんす。おそらくは、異世に取り込まれた何かだと思うでやんす。で、もう一件。今さっき別れたばかりの長池くん……こっちはキューバレがついてて見失ってはいないようでやんすが、状況は最悪でやんすね。今、キューバレの画像を送るでやんすよ」


再び法久の後頭部が回転し、モニターが現れる。

そこには、血の色のような臙脂色の頭巾のようなものを被った、赤づくめの人のようなもの達に囲まれている、慎之介の姿があった。



「タイミングが良すぎるな、同時襲撃か? しかし、数が多いっ」


榛原は思わずうめいた。

数十じゃきかないだろう、100人近い数の赤頭巾たち。

ここにいるもの全てがカーヴ能力者だとしたら、相手はかなりの手勢だということになる。



「相手は、パームか?」

「おそらくはそうでやんす。少なくとも異世を開いている以上、相手方にカーヴ能力者がいるのは間違いないでやんす」


見た目、普通の町並ではない。

随分背の高い草原の中にいるみたいだった。

それを見ても、モニターの向こうが異世だろう事が良く分かる。



「あっ! 長池さんっ、危ないっ!」


じっとスクリーンを見つめていたちくまが叫んだと同時に、飛来してきたのは赤いクロスボウの矢だった。

それは、慎之介の死角から赤頭巾の一人が放ったもの。


しかし、長池はちくまの声が届く間もなく、ノールックでそれを受け止める。

受け止めた逆手には、淡い水色を湛えた粘着性のある水の膜がある。

それは、長池慎之介のネイティアカーヴ、【瀑布連砲】によるものだった。


慎之介のカーヴ能力のクラス自体はCだが、『AKASHA』チームにおいては、

哲とともに、防御に特化した能力者である。


それからの一連の行動は、まさに見事だと言えるだろう。

一斉に様々な得物を手にとって襲いくる相手をものともせず、軽快なフットワークで見事にあしらっていた。



「……阿蘇さんたちの方はどうなってるのか、全然分からないのか、法久くん?」


目の前で状況が確認でき、まだ余裕が見える慎之介とは違い、

もう一方の『魔久』班(チーム)は状況がようとして知れなかった。

「それが、こっちは戦闘になっているかどうかも、むつかしい所なのでやんすよ。

ドムドーの応答はあるのでやんすが、あたりに誰もいなくて……何らかの理由で『魔久』班(チーム)の誰かが異世を開いた可能性もあるし、何とも言えないでやんすね」



どちらに向かうべきか、知己は一瞬悩んだ。

慎之介の方はここから近いだろうし、すぐに助けにいけるが、『魔久』班(チーム)はカナリの屋敷に向かっているはずだった。

今から向かって間に合うかどうかも微妙なのである。


しかし、世界の終わりを示す絵を送りつけてきたカナリだ。

そちらに危険がないとも言い切れない。



「長池さんが危ないっ。助けにいかなくちゃ!」


そんな風に色々と考えていた時だった。

ちくまが知己を見上げ、榛原を見、そしてモニターの先に見える慎之介の姿を見ながら叫んだのは。


単純に目で見えるものだけで判断し、尚且つここに来るまでお世話になったから。そんな感情もちくまの中にはあっただろう。


でも、ちくまのそんな迷いなき言葉に、知己はすぐに頷いて見せた。

ここでどうするのかごちゃごちゃ悩んでいても何の解決もない、そう思ったからである。


「そうだな、ちくまの試験はまだ終わってないけど、続きは実戦でしよう。会長、緊急事態です。これから慎之介の元へ向かいます。よろしいですか?」

「ああ、特に依存は無い。至急、向かってやってくれ」


知己には知己のやるべきことがあったが、慎之介は今一人だ。

元々知己や法久は、全体を見渡し、緊急の事態が起こったときに即座に行動するのが与えられた役割でもあった。



「よし、さっそく向かうぞ、ちくま。法久くんは、引き続き阿蘇さんたちの探索も頼む。何か動きがあったら知らせて欲しい」

「了承、でやんすっ」

「あれ? 会長さんはお留守番なの?」


そして、いざ向かうという時になって。

その場から動こうとしない榛原を不思議に思ったのか、ちくまがそんなことを訊いてくる。


 

「ああ、そうだ。ここはいわば最後の砦。空にするわけにもいかんからな」

「よろしく頼みます」

「うむ、よろしく頼まれたぞ」


知己が法久に託した事……ネモ専用ダルルロボを創りだした榛原も、当然知っていた。

ここを守るということは、自らを囮にしてでも、という意味も含まれている。

それは、今も昔も一派閥の長として名を馳せた榛原にしか出来ない仕事でもあった。



自らをもって前線に立ち、戦いつづける者。

その一足一挙動を見届け、生きることを命題とした者。

そして、それを覆い隠す身代わりとして、立ちつづける者。


それぞれがの行く先が違えたとしても。

それぞれが背負うものは、きっと同じなのかもしれなかった……。




             (第28話につづく)








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