第五章、『エターナルメロディ』

第28話、紅頭巾軍団と『I』作戦


「……近いな、この辺りだ」


知己、ちくま、法久が長池慎之介の元へ辿り着いたのは。

いまだ休み無く暑い、太陽の一番高く昇る頃だった。


知己が自らの生み出した七色のアジールが異世の存在をかぎつけ、激しく吹きつけ始める。



「そうでやんすね。キューバレのポイントもここをさしているでやんす」

「ど、どこ? 誰もいないし、特に何も無いように見えるけど」


確かにちくまの言う通り、着いたその先には陽に焦らされた車の立ち並ぶ、無人の駐車場が広がるばかりで、特に何か変わった様子はなかった。



「完全にこっちの世界と異世を隔離してるんだな、中に入ったものを出さないように。外からの侵入を防ぐために」

「どうしよう、それじゃあ助けられないよっ」


アジールを纏わせながらひどく冷静に呟く知己に、ちくまは焦りの度合いを強めた。

言葉の割に知己の冷めた様子が、余計にちくまを戸惑わせる。



「こういう場合、入るのには二つに一つでやんすね。こっちでも異世を作って無理矢理くっつけるか、それとも無理矢理異世の壁を破壊して、入り口を作るかでやんす」


そして、さすがというかなんというか、すかさずフォローを入れる法久。

ある意味それも、ツーカーのなさる技なのかもしれなかったが。



「ま、己たちは、たいていぶっ壊す派だけどな」


法久の、ちくまを落ち着かせる言葉とともに。

知己は異世の正確な場所を補足したらしく、一歩前に出てカーヴの発動を開始する。


「それじゃ早速、己の力の一つを見せようか」

「……っ!」


心臓をダイレクトに揺さぶられたような力の波動が、知己を中心に七色の嵐となって辺りに広がっていく。

探査していた時よりもくっきりはっきり見える虹色に溢れる知己のアジールは、まばゆくて直視できないほどだった。

それとともにさっきの試験では、毛ほどにも力を展開していなかったことにちくまは気付いてしまう。



が、しかし。

そんな知己がついにはカーヴ能力を発動しようとした瞬間。

突如として周りの景色……今まできつきつに車が止まっていた駐車場は消え去り、透けるような一面の青空と、背丈の高い草が一帯に広がる、草原のようなものに変化していた。


そして、それらを縫うように赤頭巾をかぶった人達が見え、それらに囲まれながら孤軍奮闘している長池が目に入る。



「どうやら三つ目があったみたいだな。向こうから入れてくれたみたいだ」


知己はそう一人ごち、一旦解放しかけたカーヴ能力を収め、慎之介の元へと駆けて行く。

法久やちくまも、すぐその後に続いた。





「長池さんっ、大丈夫っ!?」

「っ、セン! 法久さんっ、う。それに知己さんも! ひょっとしておれっちの助太刀っすか? かたじけないっす!」


ちくまの声にすぐさま気付いた慎之介は、軽快な足取りで側まで駆け寄ってくる。

赤頭巾たちはそれほど素早くないようで、そんな慎之介を捉えきれずもつれ合って倒れていた。



「思ったより平気そうで何よりでやんすよ」

「ええ、あいつら動きが鈍いみたいで何とかなってるっすけど。たぶんあいつら、ファミリアか何かっす。倒しても倒してもゾンビみたいに生き返ってきて、キリが無いないんす……よっ!」


慎之介は法久の言葉に朗らかに答えながら……

ちくまのすぐ背後に迫っていた赤頭巾の一人を、打ち込みの容量で繰り出した長池慎之介のカーヴ能力(クラスB)、【瀑布連砲】で弾き返す。


しかし、それは萎えてしまった如雨露のように力がなく、赤頭巾をよろめかせるだけに留まっていた。



「うっ、助けに来てもらって何っすけど、おれっちやっぱり力が出ないみたいっす」

「いや、こっちこそ悪い。いまちょっと抑えるから」


慎之介と知己の会話を聴くうちに、ちくまは自分の力が発揮できなかったことを思い出す。


どうやらちくまと同じように、知己の力の影響を受けて慎之介も力が抑えられてしまっているようだった。



「あ、でも、赤頭巾の奴らも知己くんのおかげで、あれ以上近寄れないみたいでやんすよ。今のうちにここから去るなりなんなり、対策を考えるでやんす」


法久が言う通り、4人が立つギリギリのラインで、何か見えない壁に阻まれているかのように進めなくなっている赤頭巾たちが見える。



「対策……そうだな、奴らが慎之介の言う通りファミリアなら、法久くんの能力でどんなファミリア能力か分かるんじゃないか?」

「了承っ、やってみるでやんすっ」


法久自身が言っていた通り、知己の側にいても能力の使用に制限はないらしい。

今までチームを組んでいた時は、予め法久がダルルロボで先陣を切り、情報を得てから知己が突っ込むといったスタイルだったが。

それと比べても段ちに効率が上がっていると知己は感じていて……。




「……スキャン完了、でやんす。能力名、【逆命掌芥】(クラスAAA)。使役者は……使役者は『位偽』所属の東寺尾柳一(ひがしてらお・りゅういち)」

「東寺尾? そ、そんな。その人はもう……」

「そう、故人でやんすね」


慎之介の呆然とした呟きに、法久は固い口調で補足する。


「それが、『パーム』の奴らの力らしい、どこのどいつだか知らないが、過去に存在した能力を使えるらしいな」


うまく出来ている。知己は内心歯噛みしていた。

過去のAAAクラスの能力を引っ張ってこれる時点で厄介すぎる事この上ないが、

まるで、こちらに能力を識別する能力者がいるのが分かっているみたいだったからだ。


これだと能力に対しての対策はできても、姿さえ隠していればその使役者が誰だか分からない。



「まあ、それは置いといて、この能力の対策を考えよう。何か弱点とかないのか?」


慎之介を救助、助太刀するのが目的だから、目的としては達成しているのかもしれないが、ここから出られなければ意味がない。


仮に、この異世を創り出した能力者が目に付く所にいれば、オロチの時のように知己の力で無理矢理外に出るのは可能だが。

おそらく、目の届く所には能力者はいないだろうと知己は踏んでいた。

加えて、そもそもこれだけ周りにギャラリーがいると、力に巻き込んでしまう恐れもあるのだ。



「そうでやんすね。あの赤頭巾たちは、どうやらフィールドタイプとファミリアタイプの複合的なもののようでやんすね。今地表に出ているのは形代で、本体は地中の遥か下でやんす。だからこいつらは、いくら倒しても無駄のようでやんすよ」


それを聞いた知己は、思わず眉を寄せた。

そこまでくると、知己たちを葬るのが目的というより、時間稼ぎをしているようにも感じられるからだ。

相手にいいように動かされているような気がして、知己は気分が悪かった。



「己たちがこの異世から出るには、どうすればいい?」

「このカーヴの能力者が、この中にいないとすると。それに近いもの、身代わり……やっぱり赤頭巾の本体をどうにかするしかないでやんすね」


良くも悪くも知己がいる以上、それなりの時間がかかるだろう。

やはり時間稼ぎが目的なのかもしれないと知己は思ったが。

それならばできうる限りのスピードで何とかするしかなかった。


「分かった、法久くん、いつもの『I』作戦で行こう」

「了承っ、でやんす」


ずっとチームを組んでいただけあり、知己の言葉も法久の返事も単純明快に交わされる。

そしてそのまま知己は、さながら指揮官のように慎之介とちくまに説明を開始した。



「慎之介にはまず、上の奴らの掃除をしてもらいたい。いけそうか?」

「問題ねっす。力は落ちてますが、そのかし攻撃だけに専念できるっすからね」


慎之介は知己の言葉に対しやってやりますよ、といった風に力こぶを作って見せる。


「ちくまも同じだ。ゴッドリンングを一つ外すといい。そうすればちゃんと力が出せるだろう」

「え? で、でも。これを外したら僕っ」


暴走するかもしれない。

そう言おうとしたちくまだったが、それは言葉にならず知己に遮られた。



「もともと、ゴッドリングは己が側にいない時の保険みたいなものなんだ。己といる限り暴走の心配はいらない。思い切り力を解放してくれて構わないぞ」


それは、試験の時に言った言葉とほとんど同じだった。

だけど、その時言われた言葉よりも、何故だか信じられる気がした。


ちくま本人が大丈夫だと一回体験したせいもあるが。

何よりも知己が前とは比べ物にならないくらい自信に満ちていたからだろう。



「わかりましたっ、やってみますっ!」


ちくまは頷き、左手に嵌めてあったゴッドリングを抜き取る。

瞬間、カーヴの力が逆流するように体中を駆け巡る感覚をちくまは覚えたが。

それ以上の変化は今の所ないようだった。



「それじゃ、いくっす! 【瀑布連砲】っ!!」


慎之介はそう宣言し、駆け出しながら掌抵を打ち出す。

そこから生まれ出る、圧縮された放水のような水流が、一体の赤頭巾に風穴を開ける。


「おお、力が戻ってきてるみたいっす」

「そりゃそうだ、己が極力、力を抑えてるからな」


見ると、知己の言葉通り知己の身体から放たれるアジールが、目に見えて少なくなっているのが分かった。


逆に、知己の力が弱まっているということは、赤頭巾たちの活動も活発になっていることを意味するわけで。


知己たちのすぐ目前まで迫ってくる赤頭巾たちに気付き、ちくまははっとなって長池につづくように、能力を発動した。


 

『……魂に火を点けろっ! ファイヤーボールっ!!』


 

手のひらにカーヴを集め、叫んだ瞬間だった。

渦を巻き幾重にも連なる火炎弾が、赤頭巾たちの真っ只中に炸裂し、大爆発を起こす。



「カーヴ名なしであの威力、やっぱりただものじゃないでやんすね」

「……」


法久が感心して声をあげる以上に、ちくまの力を見て知己は驚いていた。

単純に、炎のネイティア能力だとは説明できないものがそこにある。

何故ならちくまの言葉通り、火炎弾は赤頭巾の胸元を貫くように炸裂していたからだ。


同時に、ほどほどにしておかないとたいへんなことになるかもしれないと。

知己はどこか確信を持っていて……。



             (第29話につづく)







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