第29話、君が笑ってくれるなら何でもできるなんて


それから。

そんな二人の攻撃が間断なく続き。

知己は20までそれを見守った所で、二人を止める。



「……いいか? 二人とも。これから己と法久くんで一つの力を発動する。その瞬間、君たち二人の力が格段に跳ね上がるから、それが分かったらその力を地面に向かって思い切りぶつけてくれ」

「分かりましたっす!」

「う、うんっ」


赤頭巾たちは倒しても倒しても沸いてきていて。

今までの一連のアクションに何の意味があるのだろうと思ったが、二人はそんな知己の言葉を聞いて、それにも意味があった事を確信し同意を示す。



そして。

それ以降に起きた一連の出来事は、二人にとって摩訶不思議としか言いようのない出来事だった。 



「いくでやんすよーっ! 【頑駄視度】ヴァリエーション3、『チェイズレイス・ダルルロボ』ッ!!」



法久がそう叫ぶと、ふっと知己の姿が掻き消え。

両肩が流線的に尖った、白銀のダルルロボ……キューバレが姿を現す。


さらにそれを見届けた瞬間、ちくま、慎之介とともに信じられないほどのカーヴが自分の中から溢れ、湧き上がってくる感覚を覚えたのだ。



「うあっ」

「ぐっ?」


力の上昇は留まる事を知らず、それを抑えるのに耐えられなくなったのは慎之介だった。

言われた通り、草々の広がる大地に向かってその力を発動する。



「……【瀑布連砲】ッ!」


吐き出すほどの絶叫とともに繰り出されたのは。

両腕では抱えきれない直径10メートルほどにもなる、シリンダー状に捩れた烈水だった。

その水は爆弾が落ちたみたいな音をあげて、大地を貪り削り取っていく……。 


その痕に見えるのは、赤頭巾たちを無数に生やした赤い塊だった。

それが、目標の本体だろうと判断した時、ちくまにも限界が来る。



『……燃え尽きてしまえ、赤い焔のように! 十字の上、誇らしげに堕ちろ! ラヴィズ・ファイヤーッ!!」



それは、ちくまのカーヴ能力【歌符再現】、ヴァリエーション3。

ちくまの身体から分身したように生まれでたのは炎の衣と、翼を纏った赤い堕天使だった。 


堕天使は天に向かって一声啼くと、奈落の底にいるかのような赤頭巾の本体めがけて突っ込んでいく。


カッ! 

そしてインパクトの瞬間。

世界が、それに飲み込まれたかのように。

赤い閃光の一色に染まっていった……。 





                   ※





「おーい。ちくまっ、しっかりしろ!」


揺さぶられる身体とともに、聴こえる知己の声に気がついてちくまが目を見開くと。

その知己はもちろん、法久も慎之介も心配げにちくまを見つめていた。




「ちょっと威力を上げすぎたみたいでやんすね。大丈夫でやんすか? ちくまくん」

「……あ、うんっ、なんとか」


法久にそう言われ、ちくまは慌てて起き上がる。

多少身体のだるさは感じたが、それ以外には特に問題はなさそうだった。


「いやぁ、びっくりしたっす。おれっちがあんなに凄い力出せたのも驚きっすけど、センはもっと凄かったな」

「……」


興奮したようにまくし立てる慎之介の言葉で、ちくまは自らが創り出したものを思い出し身震いする。



【歌符再現】のヴァリエーション3、ラヴィズ・ファイヤー。


ちくまは、その名前も使い方も知ってはいたが。

それを目にした瞬間、今の自分には手におえないシロモノだと、抱えきれないものだと感じてしまった。

それと同時にこの力を発現させるまでにいたった知己と法久の使った能力の正体が気になってくる。



「あの。さっきの二人の力は、何だったの?」

「あ、おれっちも気になる。パワーアップのカーヴ能力だったんすか?」


その気持ちがそのまま呟きとなって口に出たちくまに同調するように、慎之介は法久と知己を交互に見やって問い掛けてきた。



「あれはでやんすね、おいらの能力【頑駄視度】ヴァリエーション3、『チェイズレイス・ダルルロボ』と、知己くんの能力の特性を生かした複合技(シンフォニック・カーヴ)でやんすね」

「己たちは、その複合技のことを、『チェイジング・リヴァレー』って呼んでる。簡単に言えば、己の力で抑えられ、たまっていたカーヴを、法久くんの能力で己をその場から外す事で解放するものなんだ」


法久の第3の能力、『チェイズレイス・ダルルロボ』は、指定した物や人とダルルロボ一体を、空間すら飛び越え場所変えする力だった。

知己が法久の力が一番だと思っている最たるものであり、あらゆる状況で活躍できる非常に優秀な能力である。


そして、『チェイジング・リヴァレー』は。

相性のいいもの同士が二つのカーヴ能力を融合して生まれるという、例外の四つ目とも言える『シンフォニック・カーヴ』と呼ばれるものの一つで。


敵味方関係なく、それまで知己の力で抑えられ溜め込んでいたカーヴを、一気に爆発させるものだった。

威力は推して知るべし、下手をすれば溢れる力に耐え切れず、自らのカーヴで身を滅ぼしてしまいかねない強大な技である。



「なるほど、あれがウワサに聞くお二人の必殺技、I(入れ替わり)作戦っすね。はああ、いいもの体験させてもらったっす」

「凄いとは思うけど、僕はそれより怖いって思った。自分の力にのまれてしまいそうな気がして……」


感心しきりの慎之介とは対照的に、ちくまは何だか怯えているみたいだった。

カーヴの暴走を身を持って体験しているちくまにとって、下手をすればそれすら凌駕してしまう力は恐怖以外の何ものでもなかっただろう。



「そうだな、タイミングを間違えばどうなるか分からない危険な力だよ。己も最初に思いついた時は、震えが止まらなかった。もし際限なく溜め込んだ力が解放されたら……ってな」

「だから、この技はここぞという時のとっておきなのでやんす」


神妙な面持ちでそう言う法久に、知己も重々しく頷いて見せる。


知己が真に怖いと思うのは、もし『パーフェクト・クライム』打ち勝つ力があるとするならば、この力だろうということだった。

『パーフェクト・クライム』を上回る力で、よしんば『パーフェクト・クライム』をこの世から消し去る事に成功したとして、残ったこの力はそこにあることを許されるだろうか。


『パーフェクト・クライム』以上の脅威になるんじゃないかって、そんな気が知己にはしていた。



「まあ今回は、これくらいしかいい方法みつからなかったし、仕方ないか。それより、阿蘇さんたちの方はどうなってる?」


とりあえず、変に考え込むのは無しにしようと、知己が今なすべきことを考えそう言うが。

法久は、困ったように首を振る。



「駄目でやんす。いまだ連絡が途絶えたままでやんすよ。どうするでやんすか?」

「そうだな、場所がカナリの屋敷だということもあるし何か気になるんだ。今から向かおうと思う」


本当は知己自身ここに足止めされていたのではないか、そんな不安もあった。

あまりのタイミングのよさと手際のよさに、そう考えざるを得なかったのだ。


「了解、でやんす。会長には一応その旨伝えとくでやんすよ」

「うん、よろしく頼むよ。それでだ、ちくまは己たちの班ということでいいとして、慎之介はどうする? 今さっきのことも考えて、一緒に行動するか?」

「うーん、また同じような目に会うとも限らないっすけど、おれっちは『AKASHA』班(チーム)の一員ですから……やっぱり班に戻るっす。お手数をおかけしてすみませんでしたっす」


最初に言った、知己のとばっちりを受けるのが嫌で逃げるように去った時とは違い、慎之介の言葉には本気があった。

いざ戦いに直面して、思うところがあったのだと思われる。



「それは、いいさ。もともと、ちくまの付き添いでこっちに来てもらったわけだしな」

「あ、そうだよ。長池さんありがとう! 外に出たばっかりで知らない事ばっかりの僕に良くしてもらって、本当に嬉しかったっ」

「そ、そんな畏まらなくていいっすよ。おれっちも楽しかったし、いい経験させてもらいましたからね」


二人に揃ってそう言われ、慎之介は恐縮したように縮こまる。



「ちょっと、別れるだけなのに、みんなして大げさでやんすよ?」

「言われてみれば、そうなんだよな」


別にこれが今生の別れってわけでもないのに、感傷的になっていたのだろう。

最もなことを言う法久に、知己は苦笑いを浮かべた。



「そっすね、また会うっす。セン、今度会う時は何かおいしいものでも喰いにいこうっす」

「うん、楽しみだなっ」


それでも今はこの先、どうなるか分からないのも事実で。

そんな他愛もない約束をする二人を見て、知己は苦笑を柔らかいものに変えた。



別つ道の先に、何が待っているのかは分からないけれど。

また会う時に互いが笑っていることを信じると。


手を大きく振りながらその場を去る慎之介の表情は。

それを証明するかのような、笑顔だった……。



              (第30話につづく)







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