第333話、あの日見た夢は、こんな時よみがえる


実の所、勇は紅達がこちらの戦い方を学習する様を見ていた事もあって。

柳一がこちらの能力を模倣してくるだろうことは、予想がついていた。


故に、自身は残り一つを、哲には二つの能力を、ここぞという時まで使わないようにサインを送った。

元々は球種や高低などのためだけに使っていたそれ。

いつしか二人だけで会話出来るくらいには多種多様になっていたのだ。


この状況を予測していたわけではないが、人生何が役に立つか分からないものである。

当然塁の前ではできない話などを、塁の前で牽制しあっていた事もあった。

故に、哲に成り代わった塁に気がつくのも容易かったわけだが……。




同じ技を繰り出し合うと言うジリ貧の中。

いつの間にか場所移動していたらしく、とらわれし塁の姿はない。


やはり柳一達にとって、塁を含めたあの台座は重要なもののようだ。

大きすぎて辺り構わず壊しかねないファーストの技、『守護・魔人鉄精』をコピーしないのは、その辺りにも理由があるのだろうが。


この膠着状態に陥る前に、異世を破りたかったのは。

勇に一つ懸念があったからだ。



お互いに公平に降り注ぐ、身を削り溶かす赤い雨。

戦いにおいて、しかも自軍のホーム……柳一の異世にいるのにも関わらずお互いがダメージを受けるなどと有り得ない。


アウェーならば間違いなくこちらが不利に働くはず。

故に、コピーされる危険を負ってでもフィールド破壊を狙ったわけだが。



「作戦会議は済んだかい? ……それでは、幕と行こうか!【逆命掌芥】サード! 篠血の柳雨っ!!」


案の定、柳一は全ての仕込みは終わったとばかりに高らかに宣言する。

それとともに紅色に染まる金棒を手に持ち声もなく迫ってくる紅髄の姿。


わざわざこちらの準備が整うまで律儀に待っていた様子が、勇にしてみれば腑に落ちないものがあったが。

その事に対してじっくり考察している暇などなかった。

手筈通り哲とサインを交わしつつ、入れ替わるようにして紅髄へと向かおうとしたが。



「……っ」

「なっ」


突如天井から吹き付ける突風。

それまで霧雨程度であった赤い雨が、勢いを増し大粒の雫となって勇達を襲う。



「【紅月衛主】セカンド、夜万王の風格っ!!」


今までの、じわじわと体力を削り取るものとは訳が違う。

方向性を持ったそれは、勇の読み通り紅髄や柳一自身には降らず、全てがこちらに向かってきているのが分かって。



「うおぉぉっ!」


勇は、駆けながら低く両手を構え、金棒を片手で地面に擦らしつつ再度ハンドサインを送る。



「っ……全く」


同じように駆け出しながら哲は思わず呆れたような息を吐いた。


それは、生前からいつもいつも思っていたこと。

才能とセンスの塊の兄。

その度に敵わないと理解させられる。

……いっそのこと、嫉妬も沸かないくらいに。


『こう』なる事を読んでいたのならば。

敢えて行う必要のないハンドサイン。


……いや、それすら仕込みで、ブラフなのだ。

有り余るセンスに、兄さんの言う事だけを聞いていればいい……なんて弟になってしまうのは仕方のない事なのかもしれない。


それでも、哲はいつだってそうならないように抵抗していた。

兄以外に、それを見せられなかっただけで。


恐らく、塁の企みは勇にはすぐに暴かれていたことだろう。

そのお陰で勇が我を取り戻したのは、最早惰性でしかない。

哀れな幼馴染に居た堪れなさを覚えつつ、能力を発動する。



「【蒼燐月山】セカンド! グランド・プレシャス・ワンっ!」


咄嗟にブレーキをかけ、大地を踏みしめ、手のひらを天井に付き上げる。

すると、今まさに勇と哲に襲いかからんとしていた赤い雨がぴたりとその動きを止めた。


いや、何か見えない円形の壁のようなものに弾かれ、上空で白煙を上げているのが分かる。



「ほうっ、まさかそんな使い方をするとはなぁっ!」


本来、重力の塊を叩きつけ、受けたものを大地へと縫い付ける能力。

その能力の事を知っていた柳一は、その機転に焦り隠さず声を上げつつも。

タイトルもフレーズも口にする事なくコピーした双頭の竜を無防備な哲へと打ち出した。


フォローできるのは勇のみ。

しかし、当の勇は今まさに同じ得物を持って紅髄へと相対しようとしていた。



相手の能力をコピーし、紅がその能力を使う場合、程度の差があれど本来のものより力が制限される。

だが、柳一本人と、特別な一体である紅髄はその限りではない。

少なくとも同じ能力であるなら、拮抗し撃ち負けることはなかった……はずなのに。




「やあぁぁぁっ!」

「……ギッ!?」


金棒と金棒が、交差し膠着したのは一瞬だった。

勇の裂帛の気合とともに、紅髄のものより遥かに大きなアジールが爆発的に広がって。

金棒ごと、紅髄の胴をぶち抜いていたのだ。



「なぁっ……!」


驚愕の声は柳一のものか。

勇はそれを嘲笑うかのように一気呵成に追撃する。


一撃。

紅髄の身体を完全に二つに分ち。


二撃。

すぐさま天に昇る金棒が紅髄の腕を破砕。


その勢いで伸び上がった三撃目。

間髪置かず脳天に一撃。




「ぐぅうっ。よもや某がこんな意図も容易くっ……無念っ」


紅髄の、苦悶の断末魔。

しかし、柳一は驚愕に顔を染めつつも、その手を止める事はなかった。

多重の赤い雨を受け止め、身動きが取れないでいる哲に向かって、双頭の竜が襲いかかる。



「……っ!」


なのに、哲は余裕を崩さない。

それが届かない事を、初めから分かっていたかのように。



「【赤月衛主】、フォース(ホーム)! ノーチェンジ・グランドスラムっ!!」

「ふ、フォース、だとぉっ!?」



有り得ない。

そう断じようとした時は既に、それほど高くない天井を突き破る勢いで、巨大な武者が再出現していた。

その手には、段平ではなく紅き金棒。



……能力の合わせ技か!

柳一がそう納得した時には、それすら隙であると言わんばかりに蒙昧なる金棒が振り上げられていた。

凄まじい威圧感を発するそれは、ごりごりと天井をお構いなしに削り、破壊している。




「だが、ぬかったな!」


柳一が勇の能力であるあの鎧武者を模倣しなかった理由。

この場には大きすぎるというのもあったが、あの鎧武者は能力者本人と連動していて、ダメージを受ければ能力者本人に返ってくると分かっていたからだ。



「【逆命掌芥】サード! 篠血の柳雨っ!!」


あの大きさでは、折角張った雨避けも意味がないだろう。

そう思い、柳一は再び赤い雨を一つの塊から、フロア全体に拡散させる。


「【蒼燐月山】セカンド! グランド・プレシャス・ワンっ!!」


一拍置いての、哲の力込められし一声。

後手に回るその様に、柳一はほくそ笑んだが、しかしそれはすぐに驚愕に染まった。

哲から発せられた見えない重力の壁は、鎧武者を、ひいては勇を守ってなどいなかった。

双頭の竜を迎え撃つためにと、不満を隠しもせずに哲自身のみを守っているのが分かって。




「これで決めるっ!」

「……くぅっ!?」


じゅうじゅうと、焼かれる音がフロアに木霊する。

みるみるうちにボロボロになる鎧武者に連動して、絶えなく白煙を上げる程のダメージを受ける勇。


それこそ、全身を溶かされるかのような苦痛だっただろう。

しかし、勇は怯まない。



「うぉおおあぁぁっ!!」


まるで、雨雲の隙間から刺す太陽の光浴びたがごとき、黄金の陽炎が勇を包む。

それは、取って置きの一撃を表す煌きのアジール。


直ぐに柳一は悟ってしまった。

虎の子の、特別な存在である紅髄を両断した一撃も。

今まさに巨人の武士が繰り出さんとする乾坤の一撃も。



勇の能力、『夜万王の風格』における最大最高の、4番目の一撃である事に。



いつから順番をずらしていたのか。

あるいはきっと、最初からか。

柳一は、初めから変わらない自嘲めいた笑みを深めて。



瞬間。


柳一の創り出した異世ごと、金棒が金色の残滓残して柳一を打ち砕く。

激しすぎ、音すら拾えないそれは、くしくも紅髄と同じように、肩口から柳一を両断していって……。



             (第334話につづく)






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