第332話、運命、もしあるとするなら逆らってみようか


降り始める、赤い赤い雨。

血のようなそれは、煙る靄となって降りかかるものの命の灯を、緩やかに消していこうとする。

敵、味方もお構いなく。

 

それだけで、相手の覚悟が分かるというもの。

紅を統括する存在でありながら、自身の敗北に頓着していない証左でもあって。

 


最後という言葉があながち嘘でない事を、勇が理解した時。



「【蒼燐月山】っ!」


初めて耳にする哲のカーヴ能力が発動した。

ここまで相対してタイトルを口にすることがなかった事を考えると、哲も本気なのだろう。

ヴァリエーションの事など細かく話し合いができれば、なんて思ったが、そんな暇もないのは確かで。

 

ならば実践で、とばかりに勇は哲が能力によって生み出した赤と青の色合いを持つ双頭の竜を追随する。

どうやら哲の能力、その一つ(勇は哲が自身と同じAAAの能力者であると確信していた)は。

ネイティアカーヴであり、炎と氷によりそれぞれが構成されているらしい。

 


知己曰く、ヴァリエーション名を口にし能力を理解する事で威力が上がる、と言った事実を証明する意味も込めて。

柳一へと襲いかからんとする炎の竜の死角に入り込むようにして肉薄し、円月刀を振り上げる。

 

 

「【紅月衛主】ファースト! 守護・魔人鉄精っ!!」

「ほぅっ」

「な、なんとぉっ!」


 

柳一の感嘆。紅髄の驚愕。

それらを全て飲み込み、物理的な圧力を持って勇の頭上に被さるようにして出現した巨大な鎧武者がその身を膨大させることで、柳一の間に割り込もうとした紅髄を押し潰す。

そのまま吹き飛ばされる形で、間合いを開ける紅髄。


勇はその隙を付くと、天井を破壊しかねない勢いで大きくなっていた武者を消し、紅髄を無視してさらに柳一へと一歩近づいた。

双頭の竜が噛み付く形で二人に着弾したのは、まさにその瞬間で……。



「【逆命掌芥】ファースト! カーマ・レギオっ!」

「【紅月衛主】セカンド! 夜万王の風格っ!!」



アジールとアジールがぶつかり合い、大気は慌狂い砂塵舞い、視界が悪くなる。

そして、お互いの状況を把握するよりも早く、柳一が、勇が新たなる能力を発動した。

 

霞む視界に見えるは、『羅刹紅』や大小様々な『紅』軍団。

その影で、能力により円月刀から360度歪な刃の生えた金棒に変形させた勇は。迷うことなく前に出ながら叫ぶ。



「哲! もう一本集中! 流せっ」

「……っ、【蒼燐月山】ファースト! ドラグラ・ジェミルっ!!」



ほとんど無意識の、哲にだけ伝わるだろう言葉。

哲は色々な感情を表に顕にし、顔をしかめつつも返事の代わりに実践で教わった通りに能力を展開させる。

 

創られし双頭の竜は、現れた有象無象を蹴散らしつつ先程より一層勢いを増し、方向を上げながら紅髄へと向かってゆく。

 

 

「これこそがまさに手に汗握る戦い。これを待っていたぁ!」


しかし、勇の能力を受けても、一度目の哲の攻撃を受けても、さしたるダメージを受けていないようだった。


……だがそれでいい。

哲の勢いを増した力を受ければ、他を気にする余裕はないはず。

勇は、今が好機とばかりに再度柳一の元へと突っ込んでいく。



まずは低い体勢から右手だけで払うように一撃。

向かってきていたノーマルの『紅』達が数体纏めて吹き飛び、赤い飛沫が舞う。

その隙に飛び上がった勇は、一体の『羅刹紅』の肩口に飛び込む形で袈裟懸けに切りつけると、着地と同時に真っ二つになった足元を紅髄の方へと蹴り飛ばした。


哲の力を受け止めるのに苦心している紅髄を確認した後、すぐさま柳一の元へと肉薄する。



「『不知紅』よ! 盾となれっ!」

「……っ」


視界の開けたその先には、大型の……丸みを帯びた紅達数体が柳一を守るようにして折り重なり立ち塞がっているのが見えて。

一瞬だけ制動をかける仕草をした後、勇は再び高く跳躍する。


攻撃せずに飛び越えるつもりかと、笑み浮かべ柳一が相対しようとした時。



「散っ!」


届かないと判断したのか、そもそもフェイントだったのか。

立ち塞がる不知と呼ばれた紅に逆さ両手持ちで金棒を構える勇が目に入った。


……かかった!

まんまと罠に嵌ったと、内心でほくそ笑む柳一であったが。



「何ぃっ!?」


能力者が触れれば大爆発を起こすという能力を持つ不知紅。

使い手である柳一がわざわざ盾に使う事で、その特性を見破られないようにしたわけだが。


どうやら勇は、初めから不知紅……あるいは柳一に攻撃を加えるつもりはなかったのだろう。

それを証明するかのように、逆手に持たれた金棒は、勇の呼気とともに深く深く赤い大地へと突き刺さる。



「ちぃっ」


まさか、紅髄を除く紅軍団達の母体となる存在が地下にあることに気づいたのか。

『喜望』が情報を共有しているならば当然とも言えるが……。

柳一が慌てて母体である紅を消そうとするも、既に遅かった。



「疾っ!!」


金棒による数えて四撃目が、最大の威力を発揮する勇の能力、【紅月衛主】セカンド、夜万王の風格。


力込められし言葉とともに更に深く突き刺さる金棒。

衝撃が大地を震わせ、凝縮された乾坤の一発が、地下にあるものの断末魔を誘う。


そして……金棒を消し去り、間を取って勇が哲の元へ戻る頃には、柳一の能力によって生み出された軍勢は跡形もなく消えていて。






「……ちっ。届かなかったか」


響くのは、悔しさを滲ませた勇の呟き。

哲は訝しげにそんな勇を見やるも、その答えはすぐそこにあった。




「なん……だって?」


哲は力を受け、無傷とはいかずともしっかりと両の足で立ち、先程まで勇が持っていたのと色違いの金棒を手にした紅髄。

軍勢の姿はないものの、柳一の頭上には赤一色ではあるものの双頭の竜が浮かんでいる。



「学習する能力かっ」


パームとして『代』として、共有する知識に柳一についてのことがあった。

失念し、伝えていなかったのは哲の落ち度。


ぎこちない、仮初の共闘が裏目に出たか。

『パーフェクト・クライム』の呪縛から逃れ自我を奪い返したのが隔離されたこの蒙昧なる巨人の体内に入ってからだったこともあり、擦り合せをする暇もなかったと言えばそれまでだが。

生来の性格故に素直に自分の非を口にできず、顔向けすらろくにできないでいたせいもあっただろう。


しかし勇は、そんな哲の事を正しく理解した上で兄としての矜持を見せた。



「こうなる前にヤツの異世を破りたかったんだけどね。……仕方ない。一旦相手を変えよう。作戦を立てたい。哲に残された後二つの能力を教えてくれると助かるな」


手応えなく不利になっても、変わらず漲る勇の自信。

今更なのに、哲を信じて疑わない言葉。



「……了解っ。話し込んでる場合じゃないからサインでね」

「フフ。実に懐かしい」


こみ上げてくるものを必死に抑えながら、哲はそう言い放ち再び一対の竜を生み出し柳一へと向かっていって。


勇の、そんな郷愁の篭った台詞とともに、第二ラウンドが始まった……。



            (第333話につづく)







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