第339話、心と体が水に溶けて行くようで……



『……『深青の試練』、最終関門です。ここまで手に入れたものを駆使し、扉の向こうにある『魂の宝珠』を入手してください。

 注。『魂の宝珠』までの道のりは狭く細く、命綱もありません。加えて、この場所『外入口前玄関』にある魔法陣上に一人待機していないと、外へ続く扉は開かない仕様になっています。……以上をふまえた上で、内側の扉を開ける条件が整いました。内扉を開けますか? 』



敢えて、分かってやっているのかもしれないが。

この試練は海の中ではなく、地上を想定していたものだったのだろう。

その細い道は見えず、深くくすんだ青が、物理的にリアを阻んでいるのが分かる。


それでも、赤い法久は義務を全うするがごとく、イエスノーを表示してきて。



「……確かによく見れば二重扉になってるね。イエスだ。とりあえずその玄関とやらに出てみよう」


すぐ後ろから聴こえてくるまゆの声。

リアは頷き、イエスの部分を恐る恐るタッチする。


途端、機械の駆動音がしたかと思うと、赤い法久はそれまで開いていた後頭部を閉じ、くるりと一回転してからふわりと飛び上がり、鉄扉の鍵穴、取っ手の部分に取り付いて。


小さな金属の手でノブをひねると、最初から鍵なんかかかっていなかったのでは、と思うくらいにあっさりと扉が開いた。


赤い法久は、一度だけリア達の方を振り返り、何言う事なくそのまま扉の向こうへと飛んでいく。



「あ、待ってくださいですっ」


またしても一番乗りを取られてしまった。

そんな焦りを覚えつつ、リアがその後に続く。



「ひゃっ、ちべたいっ」


扉の向こうには、同じ大きさの同じ位置に窓のある扉がある。

しかしその扉にはいくつものビスが打ち込まれ、頑丈そうだった。


赤い法久の言うもう一つの魔法陣。

青白く光るそれは、確かにその狭い『玄関』の地面に刻み込まれていたが。

しっかり閉められていてもどこからか漏れ出してしまったらしく、踝ほどまで海水で満たされていた。

しかもよく見ると、だんだん嵩が増えているような気がしなくもない。



「……うーん。あんまり時間なさそうとね。って言うか、この扉を開けた途端大惨事になりそうだけど、僕の能力で開ければ、なんとかなるかな?」

「……っ」


ついてこなかったのかなと思えるくらい気配がなかったのに。

リアのすぐ後ろから聴こえてくる、そんなまゆの声。


なんとなくいたたまれなくて、不安があって。

今の今まで振り向く事のなかったリアの背に、文字通り冷たいものが流れて。


ハッとなって振り向くと。

そこに、まゆの姿はなかった。

 


代わりにあるのは、スピーカーがわりに浮かぶ黒い輪で。

リアが驚き、瞬きをする間に。

色を失ったそれは、からんと軽い音を立てて足元へと転がっていって。

 


「お姉ちゃん……?」


不安だけしかない、リアの呟き。

まゆは、能力のギミックを使って『玄関』には入らず、一人部屋の中にあった魔法陣に佇んでいた。

ここへやってきてからの、優しくリアを気遣う笑みを湛えたままで。



正しく、透けるような儚い佇まい。

この場所で出会ってすぐ、ただ甘えるばかりでなく、過去との違いを口にし行動していれば……こんな悲しい思いをする事も、なかったかもしれないのに。

 


「『玄関』に残る人、『魂の宝珠』を取りに行かなくちゃならない人。どっちがどっちなんて、リアならもう……分かるよね?」


刹那思い起こされた、避けたかった未来を連想させるかのように。

まゆは軽く腕を上げる。

さっき手に入れたばかりの腕輪を示すかのごとく。



「……っ、お姉ちゃん、だめぇっ!」


言葉の意味と、まゆの腕にそれがある意味。

リアが理解し、叫んで。

部屋に戻ったその瞬間。

激しい光と、スパーク音。

 

気づけば、黒い雷のようなものが幾重にも、まゆを覆っていて……。





         ※      ※      ※

 



「お、お姉ちゃんっ……」


黒い、縛り付けるような電気のようなものが、まゆを包んで。

リアはそれまであったはずのまゆの瞳が、光を、色を失ってゆくのをはっきりと見た。


きっと、あの腕輪のせいなのだろう。

リアは昔の姉と、よく父のつくったゲームで遊んでいた。


だから分かるのだ。

本当は、真ん中の部屋にいたツカサにちょっと似ていた大きな敵を動かすのが、あの腕輪だったのだと。


しかし、あの敵はまゆが倒してしまったから。

腕輪を使ってゲームクリアに必要なもの、『魂の宝珠』を、取りに行くことができなくなる。


まゆは、その代わりをしようというのだろう。

リアがやるよと言う前に、そう決めていたに違いなくて。

そんなところは、昔と変わらないんだなぁって、ちょっと思って。




「ダメですっ。リアがやるですっ」


まゆも真澄も、雅も千夏も。

いつもリアのやりたいことを先にやろうとする。

もちろん、それはリアの為だって分かってはいた。

でも、あんなにたくさんの水の中に行って、まゆが平気なわけがないのだ。


リアがそうしても同じなのは分かっていたが。

それでもまずはとにかく止めるのが先で。


リアの方を見ることもなく、色のなくなった瞳でたくさんの青い水の方へ向かおうとしているまゆ止めるためにと、リアは思いきりまゆに飛びついた。 



「えいっ」

「……っ」


まゆの背中……翼の下あたり、両腕でしっかりとぶら下がったのに。


「わ、わわっ。と、止まらないぃっ」


リアの重さでは意味がないらしく、少し下がって腰に両手でくっついた状態でずるずると引っ張られてしまって。



「うう~。このままじゃっ」


二人一緒に、海の中へ突っ込み、溺れてしまう。

こんな時じゃなければ、たくさんの青い水……海に入ってみたいって一度は思っていたのに。



「あ、赤いロボットさん! のりひささん? ちょ、ちょっと手伝ってくださいですっ」


そこで、扉の近くにふよふよしていた赤いロボットが目に入って。

リアは焦った様子で声をかけると。


リアがまゆにくっついているのも、限界が近づいてきた頃。

赤い法久は、ぴくりとリアの声に反応しこちらに飛んできてくれて。


しばらく、リアとまゆの周りをぐるぐる飛んでいたが、もう一度赤い法久さんと名前を呼ぶと、こくりと頷く仕草をしてくれて。 



「いたたっ」


またまた、ちょっと勢い余ってリアの頭の上に着地する赤い法久。


もう少しで手を放してしまう所だったと。

リアじゃなくて、姉を止めて欲しいと。



リアがそう言うよりも早く。


それまで全く喋らなかったのに。

何を思ったのか、急に喋り出して……。



            (第340話につづく)








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