第338話、私の前、現れては消える、肩代わりをしたような顔で
ある意味反則的なその力で、仕掛け人の思惑通りでない方法……横の壁を打ち破るといったありがちなイレギュラー。
三本の道の先に何があるのか。
示されたその時によくよく考えていれば気づく事ができたであろう、『敵』からの攻撃。
まゆがそれに気づいたのは、少々遅かったのかもしれない。
リアと二人きりになってから、上の空な部分は否めなかっただろう。
リアを庇おうとした事で、結果的にまゆの肩口を抉ったそれは、反対側の壁にまで到達し、轟音と砂塵を巻き上げる。
血風とともに肩口から噴き出すのは、今のまゆを構成しているナニカ。
まずいと思い、後ろ手に倒れこむリアを見やると、まゆの異常に気づいてしまったのか、明らかに怯え狼狽している姿が目に入ってくる。
鳥海白眉という人物は、もうこの世には存在しない。
あるいは、在ってはならないものであること。
リアは、知らないはずだ。
一度その事実を理解してしまえば、どうなってしまうか分からない。
まゆの使命は、手後れになる前に自然な形でそれを隠し通す事、だった。
だが、望んで近づきすぎたせいで、死を目の当たりにする事はもはや止められぬと、まゆは確信に近い思いを抱いていた。
ならばせめて、納得できる結末を。
リアが立ち上がれる結末を用意しなくてはならない。
思い立ったら、行動は早かった。
「こにゃろー。出会い頭に攻撃とはいい度胸とねっ」
「あっ、お姉ちゃん?」
大きな瞳をしばたかせ、どこか動揺した様子を見せるリアを文字通り脇目に、抱えて駆け出すまゆ。
まゆとしては、敵の射線に入らないためにと離脱しただけなのだが、確かにあるその感触にリアは混乱しているようだった。
それを誰何される前にと、まゆは有無を言わさず横側から自らが貼り付けた黒い輪に近づいていく。
「その姿、拝ませてもらうよっ」
その一言が、力込められしものであったのか、途端黒い輪が壁を侵食し広がっていく。
それは、壁が壁としてなさないくらいには広がっていって……。
「なにですか? まっくろの……ツカサ?」
グルルルと、部屋中に響くは巨大なる魔獣の威嚇の唸り声。
そこにいたのは、大きな大きな……象ほどもある黒一色の長毛種の犬だった。
リアが……鳥海家が飼っていたゴールデンをそのまま黒く、大きくしたようなそれ。
リアだけでなく、目の前にいるそれがかつての飼い犬に等しい存在であると察してしまった事で。
行動が一歩遅れてしまったのは確かで。
「グアァァァゥンっ!」
「……っ!」
気づけば、それはまゆの目前で牙を剥いていた。
このまま何もしなければ、一飲み丸かじりコース。
避ければ後ろにはリアがいて。
手加減とか作戦とか様子見とか、そんな余裕は気づけばまゆには全くもってなくなっていて。
「……【黒朝白夜】ファースト! ブラックホールっ!!」
黒い面影のある獣と、まゆたちの間に刹那現れるは見慣れていたはずの壁に穴を開ける黒い輪。
反射でついて出た力込められし言葉とともに、射出される。
……それは獣の顎を掠め、何の抵抗もなく首元に吸い込まれて。
「ぎっ……」
微かな悲鳴だけ残し、首元に生まれるは虚ろな丸い空洞。
勢い余って離れる、胴と首。
飛び散るはずの血がなかったのが、なぐさめになるかどうかは分からないが。
……ただ、たった一撃でそれは役目を終えたかのように赤い大地に沈み、染みて消えていく。
「お、お姉ちゃん……」
悲しそうで、怯えを含んだ、それでもどこか心配げなリアの呟き。
やらなかったらやられていた。
あれは、こうちゃん……父の創り出した面影のある偽物だと。
浮かんでくる言い訳はいくらでもあった。
「ん。リア、怪我してない?」
「え? う、うん……」
「何だかあっけなかったけど、これで後行ってないのはひとつとね。せっかくだから同じように突っ切っちゃおう」
再び手のひらに黒い輪を出現させると、あからさまにびくりと反応するリア。
まゆは、それを見ない振りして背を向け、やってきたのとは反対側の壁へと向かう。
その実、内心ではフル回転でこれからの事を考えていた。
父から与えられた、云わば試練の一つとも言える、あの黒い魔獣。
たった一撃で倒せるとは正直思っていなかったが、本来倒すものでない事をまゆは気づいていた。
先程、最初の道で手に入れた魔操の腕輪……あるいは首輪らしきものを、ツカサによく似た黒い獣に取り付け、使役するのだと予想していたからだ。
一見するとまゆが取った行動は、大きな失敗と言えるだろう。
事実、まゆ自身も初めは自分の愚かさを嘆いていたし、リアに悲しい思いをさせるのは辛かった。
しかし、それと同時に今のこの状況が使えると思ったのも確かだったのだ。
まだその片鱗をはっきりと見てはいないが。
リアのカーヴ能力者としての力は、全てを許し安らぎを与え、愛を育む力であるとまゆは思っている。
戦いにはまったく向かない、救世主にふさわしいそれ。
うまく使う方向に転がれば、まゆの構想通りに事が運ぶのだろう。
これから、リアに間違いなく待っている、嫌なこと。
それが少しでも軽減されるだろう、いい案が浮かんでしまったのだ。
それはきっと、悪魔のささやき。
まゆは気づいていなかったが、本来なら関わる事のない第三者の視点であるからこそ、生まれた案でもあって。
「【黒朝白夜】ファースト! ブラックホールっ」
まゆは、はりぼてで不安定な案をつつかれるよりも早く、通り抜け用の小さな黒い輪を壁に貼り付ける。
じわじわと広がるそれは、輪の中の遮る壁を飲み込み喰らい、もれなく反対側を見通すことに成功する。
「お姉ちゃんっ」
「分かってると。今度は慎重に、ね」
その先に敵性がいる可能性は低いと思っていたが、心配するリアの声に倣い、円の外から近づきそっと向こう側を伺う。
「見た感じ、誰もいないね」
「こ、今度はリアが先に行きますっ」
「ちょ、ちょっと!」
今までの流れを思えば、リアの行動も仕方のない事だっただろう。
まゆは慌ててリアの後を追って輪をくぐって。
「あ、あれはなにですか?」
目に入った、目立つものは二つ。
地面から天井まで立ち上る、七色の光をたたえた正に魔法陣と呼べるものと、そのファンタジーらしきものとは裏腹の、いくつものボタンがついた機械と、それに繋がっている小窓付き鉄扉。
思うところがあったのか、今にも飛び出していきそうだったリアも、どっちに行ったらいいのか決めかね、キョロキョロと視線を彷徨わせている。
その間に追いついたまゆは、考えるより早く鉄扉を指し示した。
「たぶん、入口の絵を見るに、あっちの魔法陣がここのメインだろうけど……見て、扉の向こう。あれって外じゃない?」
「……っ」
今までの部屋にはなかった、金庫の入口のような分厚い鉄扉。
まゆの視線の高さ……リアが背伸びしなくては見えないだろう位置に、青の深淵を映す窓ガラスが見える。
初めは魔法陣を気にしていたリアであったが。
確かに見える外の景色に、はっとなって駆け出していく。
すると、それまで高い天井の中空を舞い、まゆ達の会話のやり取り(とばっちりを受けないように離れていたとも言えるが)を高みから見ていた赤い法久が、なにか役目を思い出したかのごとくふわふわと近づいてきて……よりにもよってリアのふわさらな頭上へと降り立ったではないか。
何ともけしからんと振り払いたい衝動に駆られるまゆであったが、実際ままならず。
リアも特に気にしていないどころか、微笑ましく受け入れている様子だったので口には出さない。
「海ですかね。すごく深い色です。あ、お魚さんもいるですね」
「……実際目にしても、実感が沸かんとね。窓の外、CGなんじゃないの?」
二人の父ならそれくらいやりかねないと言うか、そう思ってしまうくらい、この巨大な人型の建物が海に沈んでいるなどと理解し納得するのは難しかっただろう。
「んん? ずっと向こうになにかあるです。光ってますよ」
鉄扉に張り付き、精一杯伸びをして小さな翼付き背中を向けながら指し示す。
深い青のその先には、確かにゆらめきたゆたい光る何かがあった。
それは、深淵の闇を頼りなく照らす、松明の灯のようで。
人を幾人も飲み込んでも足らない巨人が、こうしてわだつみのごとく潜む意味は何か。
二つの疑問が結びつくよりも早く。
赤い法久が。
リアの目の前に踊り出て、後頭部を開き、その答えを無機質な文字列で表していて……。
(第339話につづく)
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