第337話、このまま想い叶えたいけど、またきっと傷つける愛しいひとを



行き止まりを確認して戻ってきて。

しばらく道なりに歩いてきたリアたちを待っていたのは、三つの分かれ道だった。


それぞれの入口の所には、その先に何があるのか教えてくれているのか、これまた三つの絵が彫られている。


 

「分かりやすく宝箱に、モンスターって言うかガーディアン、人型の絵だ。でもって三つめは魔法陣……かな?」


腕を組み、それぞれを見やったまゆが、さてどの道から向かおうかと問いかけてくる。

どの道が正解か、ではなく。

どの道から攻略するか、と言うところがポイントだろう。

 


「リアは宝箱の道がいいと思うです」

「その心は?」

「一番正解の道っぽくないと思ったのです。宝箱に『魂の宝珠』が入ってたらつまらなくないですか?」


かつて、姉と父の作ったゲームで遊んだ時、ああいう宝箱には必ずといっていいくらい楽しい仕掛けが施されていた。

宝箱を開けたら宝箱があって、その中にも宝箱があって、結局何も入ってなかったのはいい思い出で。



「うーん。行き止まりだと分かってるならわざわざ向かう事もないんだけどねぇ。こっちが父さんの出し物に慣れてるってのも織り込み済みだとすると、あえて向かった方がいいかもしれんね。……うん。そうしょっと」


たくさんの言葉で宝箱への道へと向かう理由を説明するまゆであったが。

リアとしては自身の意見を聞いてくれた事に一安心な心持ちで。


道が三つあるから三手に分かれよう、なんてことにならなくてほっとしていた。

やっぱりやめたってならないうちに、リアはもう一度まゆの手をしっかり掴み取る。



改めても、やっぱり冷たいまゆの手。

昔はあまり手を握る機会もなかったので、これもリアが見つけた新しい発見の一つで。



「それに、いざとなったらお決まりに裏技もあるとよ」

「お決まり、ですか」


そんなまゆのどこか得意げな笑顔が、蟠っていた不安を吹き飛ばしてくれる。

リアたちの心が決まったのが分かったのか、先行していた赤いロボットについて駆け出しながら。


リアは、このままよくわからない不安なんてどこかへ行っちゃえばいいのに、なんて思っていて……。





宝箱の絵が彫ってあった道。

思ったよりもすぐに終わりが見えて。

真ん丸にちょっと膨らんだ行き止まりの真ん中に、思っていたよりも大きな宝箱がでんと置かれているのが分かる。

 

「結構おっきいとね。ミミックだったらひとのみでぱっくりだ」

「あう。おっかないです」


まゆは冗談めかして引き続き笑顔だったが。

ここに来るまでに大きな人の唇が地面に現れて飲み込まれていく光景を何度も見ることになったリアにしてみれば、笑えなかった。

食べられてまゆと離れ離れになってしまうことは、今一番大変なことになると分かりきっていたからだ。


 

「だがしかぁし。正しくお誂えむきに僕の能力の出番なのです」


なんとなく、そんな事も構わずにリアを置いて宝箱を開けてしまいそうな気がしたので、ひっしとまゆにしがみつくリア。


そんなリアを、目尻下げて撫でてくれるまゆ。

リアが思うような危ないことはしないよ、とばかりにどこからともなく白黒しましま模様の天使の輪を取り出してみせて。


「……【黒朝白夜】ファースト! ブラックホールっ!」


そして、カーヴの力こもった言葉とともに。

振りかぶってスナップをきかせて水切りするみたいに黒一色になった輪っかを投げた。

 


「すとらーいくっ」

「おぉ~っ」


黒いアジールでできたもやを引き連れて、外れることなく宝箱にぴたりとくっつく黒い輪。


すると、一体どんな仕組みなのか、輪の真ん中が黒くなって、鍵穴のあった宝箱の部分がどこかへと消え、中身が見えるようになる。



「腕輪かな? 罠はなさそうだけど」

「なにに使うのですかね? ……あっ」


と、そこでリアたちのすぐ近くの天井辺りをふわふわ浮かんでいた赤いロボットが、リアたちよりも早くその宝箱に向かって飛んでいって。

 


「ん? 僕達のために取りに行って……くれてるわけじゃなさそうとね」


すぐに後を追いかけると、再び赤いロボットはくるりと一回転して後頭部からモニターを取り出し、何やら文字を打ち出す。



「んーと。えと。まそーのうでわ、ですかね?」

 


《―――魔操の腕輪。『魂の宝珠』を入手するために必要なキーアイテム》


書き出されたのは、そんな一文。

珍しく、父の用意してくれた宝箱がまともなことに首を傾げていると。

躊躇うことなく輪の中に手を伸ばしてそれを手にとったまゆが、何だか不満そうに眉を寄せているのが分かって。

 

「ちょっとー。赤い法久さんってば。説明が説明になってなかとよ~。どうやって、何に使うの? その辺りの説明プリーズ」

「……」


しばらく間があって、答えてくれるか不安ではあったが、赤いロボットはわざわざもう一回転してみせた後、新しい一文を打ち出してくれた。



《―――魔操の腕輪。ガーディアンを従えるための腕輪。人の手が入れない所で、作業をするのに有用である》


「おお~。あのモンスターの絵のところにいるのですかね。これを使えば……」

「恐らくきっと僕達が取れないような所にある『魂の宝珠』にも手が届くってわけとね。……となると、『魂の宝珠』のある場所は魔法陣の絵のある所、かな」



最初に選んだ道が一回で正解だったなんて。

あまりにうまくいきすぎて、怖いくらいで。

 

そんなリアの不安がぶり返してきたのを、まゆは気づいたのだろう。

ならば、とばかりに一つ大きく頷いてみせて。



「はい。ここでよくある裏技です。いちいち来た道を戻るのも何か罠がありそうなので、ショートカットするとよ」


それまでお手玉していた、模様の綺麗な腕輪を赤いロボットの後頭部のへっこんだところにしまう形で手渡すと、再び黒い輪を取り出して、恐らく隣の道……部屋が反対側にあるだろうピンク色のひだひだな壁に貼り付ける。


 

「【黒朝白夜】ファースト! ブラックホールっ」



力のこもった台詞とともに、今度はフラフープくらいに大きくなる黒い輪。

それが、リアたちも通れる大きさなのだと気づいた時、まるで壁が崩れるみたいにその向こう側が見えるようになった。

 

 

「……あ、そう言えば一回同じことしてうまくいかなかったんだっけか? 大丈夫かな」


それならそれで仕方ない、とばかりにまゆは黒いまんまるの渦の中を覗き込む。



―――どうですか、何か見えますか?


―――リアも見たいです。


黒いまんまるは、ちょうどまゆ一人ぶんの大きさしかなくて、いくつも浮かぶそんな言葉たち。

だけどそれは、実際口から出てくることはなかった。


 

「……っ!」


引きつるような声を上げ、リアの方を向いたまゆがあっという間に迫ってきたかと思うと、凄い勢いでリアに抱きついてきたからだ。


羽のような、という表現をよく聞くが、本当にそう言った方がいいくらいの、怖いくらい軽いまゆの感触、ぬくもり、気配。


その背後から迫る、まがまがしい赤い光線。

すぐにまゆが、リアに抱きついてきたわけを理解した。

あれに当たったら、きっと痛いじゃすまないのだろう。


それは。

今も、リアたちの頭の上でせわしなくしている赤いロボット……色違いの青いロボットだったが、初めてリアが出会ったそのロボットが、爆発してしまったのと同じものだったのだから。


その事に気づいたから。

その時リアは、その赤い光線が危ないって分かるよりも早く、『お姉ちゃん』を避けようと倒れていた。


何故なら、そうしてしっかり触れることで。

ここに来るまで確かに覚えていたはずの記憶から目を背けていたことに気づいてしまうからで……。

 


恐らくその時。

まゆはそんなリアの態度に同じく気づいたのだろう。

辛そうな……しかし『そうなって当然だ』、なんて顔をしているのがリアには分かって。

 


お姉ちゃんは何も悪くないんだよって。

リアがまゆのことを、しっかり受け止めていたのなら。

 

……あんな悲しいことにはならなかったのか。



それはきっと。

リアがリアとして生きていくきっかけとなった。


『はじまりの後悔』だったのかもしれなくて……。



           (第338話につづく)






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