第336話、初めて会う人同士を、悲しみがつないでくれた
菅原剛司の創り出した異世、『プレサイド』。
正直な所、そこへ足を踏み入れる事は、リア……鳥海恵を知りたいという好奇心と。
ジョイ……透影・ジョイスタシア・正咲が無茶をしないように見守っていたい、などと、何をおいてもやらなくてはならない事とは言えなかった。
ただ、この異世に囚われし少女たちと触れ合う事で、引くに引けない所まで来てしまった、という状況。
嘘に嘘を重ね、やがて肥大していき、取り返しがつかなくなる今を表しているみたいに。
不安が、焦りが増大してゆく。
そして、この異世の主により皆がバラバラにされた時。
鳥海白眉……まゆは、必死に手を伸ばしていた。
おおよそ自身の想像しうる最悪の組み合わせを回避しようとして。
しかし。
結局、想像した通りの結果になってしまっていた。
いっそ清々しく追い詰められる事で、かえって覚悟が決まってしまうくらいには。
いたたまれず、面と向かって相対するのにも勇気がいる。
故にまゆは、必死についてこようとするリアを背に、先行する。
……不意に、思うのは。
出会いがこんなものじゃなかったのなら、なんて妄想。
きっとお互い愉快な事になっていただろうと確信を得つつも、それは偶然落ちていた宝くじが当たるに等しいもので。
悲しみ=死が、ふたりを引き合わせてくれたのだと。
唐突に浮かんでくる歌のフレーズに、思わず苦笑を浮かべるしかない。
何せ、その宝くじが当たるに等しい事を、ない頭を使って誤魔化して宥めすかして。
あるいは別の感情にすり替えて無かった事にしようとしているのだから。
我ながら悪い奴だと、まゆは思う。
であるならばいっその事、どうしようもないくら位の悪役をこなしてみせて。
もう二度と顔を見たくないって言われるくらい嫌われるのもありかもしれない。
……そんな風に、ようやくこれからの道筋が立つ気がしなくもないその瞬間。
まゆより先にふわふわ浮かんでいた赤色のダルルロボ……法久を模した紅が、到着しました、とばかりに静止する。
辿り着いたのは、今まで真っ直ぐ一本だった道程が、T字に折れていて。
左は試練の間、右は『魂の宝珠』の祭壇、などと書かれてる看板がご丁寧にも添えられていた。
「ええと。右はたぶん行き止まりですよね、お姉ちゃん」
「そうだねぇ。ダンジョン攻略の鉄則でいこう」
「行き止まりと宝箱は、先にげっと、です!」
菅原剛司、二人の父とのスキンシップ……ゲームと言う名の触れ合いは、前述した通り初めての事ではなかった。
野外の大迷路、なんてものが小さい頃流行っていた事もあって。
あるいはそれは幾度となく繰り返したやり取りだと言えよう。
それなのにも関わらずお互いが新鮮さを感じていたのは。
それに気付かなかった事がせめてもの行幸だったのかもしれないが……。
はたして、行き止まりだろうと予測したその場所は、すぐに終わりが見えた。
周りの肉肉しい景色にそぐわない、機械めいた装置に、モニターのようなもの。
加えて何か丸いものを置くのだろう、手のひらを上に向けたような台座がある。
自らの危険を顧みないのならば。
大切な存在……リアに対しての安全確認とは、是れすなわちやられる前にやるの精神である。
つまるところ、見慣れない大きな機械に瞳をきらきらさせているリアよりも早く、それに無造作に触れてみると。
気を使ってくれたのかなんなのか、赤色の法久がまゆの視界に入るように近づいてきて。
「……!」
「おぉ~」
お馴染みの後頭部ぱかりを行ったかと思うと、バッカルコーン的触手のごとくいくつもコードを伸ばし、黒いモニター付きの機会に何やら接続してみせて。
あからさまに、ブゥンと電源の入る音がして、明るくなったモニターに示されるのは、この最終試練の進行状況であった。
《―――ただいまの試練突破状況。五つの試練のうち、二つが成功。二つが失敗。一つが現在受け付け中……》
よく考えずに適当に打ち出したような一文。
あるいは、たった今赤い法久が、打ち出したように見えなくもない。
「ええと確か、五つのうち三つクリアしないといけないんだから……リアたちがこれからクリアすればいいですかね?」
「リアみたいに良い子の正直者なら話は早いんだろうけどね」
「??」
唐突に褒められて、嬉しい半面意味が分からず首を傾げるリア。
相も変わらず、ずっと優しいままの姉の姿に対する漠然とした不安のようなものを内心でごまかしながら。
「赤い法久さんには悪いけど、これが正しい情報だって証拠もないとね。まぁ、疑ったらキリないんだけど、そもそも僕達ここに来たばっかりじゃない? みんなが凄いのは分かってるけど、こんなに早く結果が出るものなのかなぁ」
「言われてみればそですねぇ。みなさん早いです」
「……!」
自分一人だったらそんな事も気付かなかったかもしれない。
やっぱりお姉ちゃんは凄いと、リアが感心していると、心外だとばかりにアセアセして二人の周りを飛び回る赤い法久。
それが、本気で弁解しているようにも見えて。
どうしても憎めない、敵だと思えない二人である。
「まぁ、どっちにしろこの試練を突破しなくちゃならないんだしね。この台座の所に『魂の宝珠』ってやつを置けばいいわけだ。……それってどんなものと? 嘘じゃないって信じた上で、参考にさせてもらうから」
まゆは苦笑を浮かべ、リアにこれからしなくてはならない事を説明するかのようにそう問いかける。
まゆにしてみれば、実際今後の段取りをリアに理解してもらうためだけのものであり、答えが返ってくる事にあまり期待はしていなかったわけだが。
確かに一つこくりと頷いて見せた赤い法久は、再びくるんと一回転して後頭部のディスプレイに『魂の宝珠』らしき参考映像を映し出す。
「まんまる水晶ですね。中に炎があるです。リア、覚えました」
「結構それっぽいっていうか、高そうなやつだなぁ」
儚く燃える火種を宿した……背景に悠久の青をたたえた拳大の水晶。
単純に、綺麗なそれに感心した風のリアに、軽いリアクションのまゆ。
それは。
実際に在るものの写真らしいそれに、考えるべき点があったからで。
「それじゃ戻って試練に向かおっか。ここからが本番とね。離れちゃダメだよ、リア」
「はい、です」
念を押すまゆに、返事とともに手を繋ぐリア。
安心とともに燻る不安は。
離れるなと口にした張本人が、その翼をもってどこかへ飛んでいってしまいそうな、そんな気がしたからで……。
(第337話につづく)
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