第284話、覚醒させ、たったひとつの真実を露わにする鉄槌



「ここまで来ればとりあえずは大丈夫かな」

「ありがとう、助かったよ! 目が覚めたらいきなりあんなたくさんに囲まれててさぁ、びっくりしたー」


麻理が上下を警戒しながらそう呟くと、ちくまはその場に合わない真っ直ぐな笑顔でそんなことを言った。



「寝てたって、剛胆なんてレベルじゃない気がするけど」


なるほど、知己や法久のような気難しやたちが目をかけているだけはあると強く実感する。

まともに向けられて初めて分かるその笑顔は、人を引きつける天性のものを持っていた。


いるだけで人に影響を与え、何かを学ぶ。

恭子と同じタイプだなってちょっと思う。

いきなり初対面で手を握ってくるところなんか、いともたやすく人の領域に我が物顔で棲める所なんかまさにそうだろう。



「あ、ごめん」

「……?」


なんて思ってはいたが、よく考えたら握ったままで離さなかったのは自分だって事に気づいて。

とても気恥ずかしくなってそのまま手を離す。

ちくまがそれに全く気づいてない風なのがとても気まずかったけれど。



「えっと、『喜望』の人だよね。僕はちくまって言うんだけど」


君は誰?

それはまるで真意を問うているのだと邪推してしまいそうな眼差しだった。

麻理はそれを振り払うように軽く首を振り、それに答える。

さっきは麻理を知っているような素振りだったのはなんだったんだろう、なんて思いながら。



「竹内麻理です。私も『喜望』に入ったばかりで……ここには知己さんや法久についてきたの」


麻理がそう言って背中にしょっていた法久を見せると、ちくまは不思議そうに首を傾げている。


聞きたいことはそれこそたくさんあるんだろう。

若桜の件はどうなったのか。

知己はどこにいるのか。

何故法久は喋らず動かないのか。

だが、それらは戦場の今すべてを話している余裕はないだろう事は確かで。

とりあえず自分が何故ここに来たのかを話そうとすると、ちくまのほうが先に口を開いた。



「法久? なんで法久さんだけ呼び捨てなの?」

「あ……」


それは麻理自身も失念していたこと。

これだけ突っ込みどころがたくさんあるのによりにもよってそれを聞くのかと思ったけれど。

確かに知己も法久も雲の上の偉い人のはずなのに、片割れだけざっくばらんなのは違和感あって気にはなるだろう。

本当は知己だってさん付けの必要は(年上なのに)ないんだけど、なんて言えるはずもなく。

それなのに何故法久にかぎって素が出たのか、麻理は自分なりに考えてみることにした。



「……いいじゃない別に。これは私のだもの」


とりあえずいの一番に思いついたのは、法久が虎の子の子供たち(ぬいぐるみ)の中の中でも特にお気に入りである、ということで。

半ば本気で唇をとがらし、法久を抱きしめる麻理。



「そう言えば、代々受け継がれた守り神だっていってたっけ……」


すると、心なしか低い、独り言のような言葉を発し、ちくまは一人でそれに納得していた。

麻理に言ったつもりではない、無意識のものだったんだろう。

それは、一見の天真爛漫なイメージとは少し異なっているように見えた。


この子もみゃんぴょう……もとい猫かぶってるのか。

なんて麻理は思ったが、それは誰しにもよくあることではあるのだろう。

彼のような純真さを持つ人物だろうと人は必ずいくつもの仮面を持っている。


それは決して悪い事じゃない。

愛しい人の前にいる自分と、他人の前にいる自分。

違わない方がおかしいのだから。


「……ええっと、それで麻理さんは僕たちを助けに来てくれたの? 知己さんたちと一緒に」


とはいえ、今までの会話はとっかかりにすぎないのだろう。

ちくまの本意は、そこにある。


「ええ、そうよ。ちくまくんたちがここにいるって聞いて、降りてきたの。

法久はこの通り氷ドームにやられて動かないし、知己さんはパームの人と戦ってるみたいで今どこにいるか分からないんだけど……」


麻理は頷き、自分たち三人がここまでやって来た経緯を話した。

本当は、この『LEMU』と呼ばれる世界が、誰が決めたのかも分からない、

世界の崩壊から守られるべきものが集められる場所であることを。



「そうか。やっぱりここは僕の……」


麻理の説明を受けたちくまは、深い納得の言葉とともに黙考に沈んだ。

僕の……なんなのか。

麻理は非常に気になったけれど。


「だったらここにいる意味はないよね。僕はこれからここを出ようと思うんだけど、麻理さんはどうする?」


やがて顔を上げ、それが当然とばかりに上へと続く階段を見上げた。

全く迷う素振りすら見せず、終わりしか待っていない空を。



「本気なの? まさか、『パーフェクト・クライム』と戦う気?」


真実を知り、そもそもこの世界に眠る資格すらない自分自身ならともかく。

いともたやすく、間違った勇気をかざすちくまに、思わず麻理はそう聞いていた。


「いや、そんなわけないって。戦って世界が平和になるなら僕はそもそもこんなところにいないと思うし。それがもっとも無惨に世界を壊す行為だってのは、理解してるつもりだよ」


真っ直ぐさだけは変わらない……きっぱりとした口調でちくまは首を振り、そんな事を言う。

今までの子供っぽさが消える、そんな瞬間。


どうやら間違って、勘違いしていたのは麻理の方だったらしい。

ちくまは知っている。

この世界の結末、そのすべてを。

あるいは、麻理と同じように。

知っていてなお、死地へと向かうつもりらしい。



「それじゃあ、一体何をしにいくの?」


気づけば麻理はそう聞いていた。

それは、今彼女がもっとも知りたかったことだった。

『パーフェクト・クライム』の精神の根幹に触れたことで知り得た真実。

その場にいた三人の親友たちは、その真実を受け入れた上で自分のなすべき道を選んだ。


だが、彼女にはそれができなかった。

今こうしてここにいるのも、流されるままにその答えを探し求めていたからに他ならない。


一度失敗した自分に。

今更何ができるのかと。



「世界を救う、そのパズルのピースの一つになるため、かな」

「……」


得意げなちくま。

だが、曖昧すぎて麻理にはいまいち意味がよく分からなかった。

意味を理解しようとあまりに凝視していたからなのか、それをちくまは少しずれた方向に曲解したらしい。



「……恥ずかしいんだよなぁ。自分ごとで怒られそうだし」


とんとんと左こめかみを叩き、初見の新たな一面でもある苦笑を浮かべるちくま。

たぶんそれこそがありのままのちくまだ。

不意に麻理はそんな事を思って。



「世界を救う、なんて大それた事なんてこれっぽっちも考えてないよ。僕はただ、自分のしたいことをしてるだけ。大好きで大好きでたまらないひとが暮らすこの世界を……彼女の居場所を壊したくない、それだけなんだ」

「……っ!」


一見するとそれは、最初の言葉と変わらないように見えたけれど。

その時麻理は、鉄槌で撃たれるような衝撃を受けていた。

目から鱗が落ちる、なんて言葉では到底足りないくらいに。



「麻理さんはどうするの?」


自分が答えたのだから。

当然、この場に留まる気はないんでしょう?

そんなニュアンスを含むだろう、ちくまの言葉。



「私は……」


麻理は頷き。

噛みしめるようにして考えてみる。

自分がしたいのはなんなのか。

そんな単純なことに今の今まで気づけなかった自分を恥じるように。



「助けたい人が外にいるの。大好きな友達、家族。……だけど一番は、ムカつく悪友を殴ってやることかな」


だから……。

気づけば涙を流し、麻理はそんなほんとうをもらしていた。

なに飾ることなく、ほんとうの自分で。

悲しみも喜びも共生しているそんな笑顔の中で。



「ぐふぉっ、そんな可愛い顔で泣かないでよっ! 僕が泣かしたみたいじゃん! 結構トラウマなんですけど……」


すると、本気なのかそうでないのかよく分からないちくまのリアクション。

変わらず素の苦笑。

トラウマっぽいのは本当らしい。

それだけは何となく理解して。


「ちくまくんって、トラウマになるほど女の子泣かしてるの?」


純情そうな顔をして、存外どこぞのジゴロな天使っぽいなぁと、思わずジト目になる麻理。


「ち、ちがうよっ! あ、いやちがくないのかな……」


すると終いにはうんうんと唸りだし本気で懊悩する始末。

まぁ、その事をちゃんと気づいて受け止めているだけどこぞの無自覚に自己犠牲ばらまく馬鹿よりはましなんだろうが。



「っ、ちくまくん後ろっ!」


と。


麻理がそんな事を考えて苦笑を浮かべていたら。

歓談がすぎたのか、上の階段から赤い異形……紅の数体が今突然そこに現れたみたいに降りてきているのが分かった。

焦れる何らかのアジール。



「麻理さん、後ろにもいるっ!」


叫ぶ麻理に対して返ってきたのは、同じようで真逆なちくまの言葉だった。

その手には炎燃え盛るトンファー。

当然のように、麻理の右手も剣にかかっている。


それがおかしくて、麻理は思わずくすりと笑みをこぼして。

次の瞬間には跳んでいた。


最高速でちくまの元へ。

そしてそれはちくまも同じだ。

倍の早さでお互いは近づき……そして触れることなく交錯する。



そして再び振り向けば、お互い鏡合わせに勝負はついていた。

お互いの獲物の……カーヴに依らぬ一撃を受けて、沈黙の赤だまりと化す紅たち。


「行こう、ここから出るんだ!」

「そうね。出るまではつきあってあげる」


それらが光る階段の糧になるより早く、二人はそんな声を掛け合って。

上へ上へと駆け出していったのだった……。



            (第285話につづく)






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