第283話、ある意味まほろばを纏う二人の出会い
試してみたいこと。
それは大抵の人が思いつくだろう単純なことだ。
穴をくぐってすぐ、横壁を破壊して真ん中の奈緒子と合流する。
どうあっても壊せない壁であるなら仕方ないが……逆にこの世界が異世に付随するものであるならば、ここを維持する能力者は黙ってないだろうって、そう思ったのだ。
それは、いいにしろ悪いにしろ状況が大きく変わる可能性がある。
だから壁を壊す役を、麻理は志願した。
マチカも破壊できるようなら、とは言っていたが、奈緒子にはそれまで動かず安全場所に待機してもらうことにしていた。
それで30分以上音沙汰がなければ破壊不可能と見なし、戻るも行くも自由ということにしておいた。
もっとも、奈緒子がそれで引き返すことはないだろう事は分かりきっていたけれど。
「……よし、いっちょ試してみますか」
比較的居合いも得意としてはいたが、この場合早さはあまり意味をなさないだろう。
絶対的な力……この場合は斬鉄だ。
入り口も銀行の金庫のような丸い扉だったし、かなりの厚さがありそうだった。
その力が未知数の奈緒子はもちろん、実はマチカそのものを如実に表しているだろう繊細で風流な花の力で壊せるとも思えない。
ここは自分の番だと、意を決して黒姫の剣を鞘から引き抜く。
法久を傍らに置き、スタンスを広げて両手持ち。
どこかのえらい人がテレビで両手で持つと無敵だと言っていたが、それは結構真実をついていると麻理は思っている。
本物の戦いにおいて剣道のようにしっかり両手で構えて青眼で、なんてなかなかできるものではないのだ。
いかに相手に全力を出させずに勝つか。
そんな戦い方をしてくればなおさらに。
「【魂喰位意】、サード!……《月光閃烈破》っ!!」
天の構えから袈裟掛け、弧を描くように地を舐め、天に返る。
袈裟の状態でひどく耳障りな感触を味わったが、形態がが野太刀と呼ばれるものに変化し、重量が増していたのが幸いしたらしい。
その身の丈にあった姿を取るのが黒姫の剣であるから地味にへこむ部分もあったけれど、そこを乗り越えてしまえば楽だった。
鉄壁に新月を描くように黒い切れ目が刻まれるのが分かる。
「わっとと」
見事に鉄壁は斬り裂かれ、タイミング良く抜いたのが功を奏したのか、麻理の目論見通りに円柱がこちらへ倒れてくる。
たがそこに法久が座していることに気づき、ほうほうの体でかっさらうことに何とか成功する。
「ふぅ、危なかった。でも……予想より遙かにうまくいったかも」
麻理は一つ息を吐き、満足げに頷く。
実の所何度か挑戦してみるつもりだったのだが、やはりひと味違ったらしい。
元々借り物の(奪ったとも言う)能力を開放するサードの技に名前はなく。
その借り物の力には制限回数がもうけられている。
一回こっきりの使い斬りも覚悟していたけど、この技はまだ数回使えそうだった。
そのたびに才能の差を思い知らされて、地味にへこむのはいただけないわけだけど……。
「奈緒子、いるー?」
見た目だけなら無事に開通したようだが、声をかけども返ってくる返事はない。
まさか、言いつけを破って一人で暴走……なんて事はなければいいなと思いつつ。
麻理は恐る恐る隣の部屋へと入り込んだ。
「あら。そう言うこと」
何となくそんな気はしていたが、そううまくはいかないらしい。
真正面には、今開けたばかりの穴と円柱が。
振り向けば今さっき通ってきたばかりの穴がなくなっていた。
「それじゃあ奇をてらって」
麻理は同じ要領で今出てきたばかりの壁に穴を開ける。
そこから顔を覗かせると、真正面で麻理がかわいらしく小首を傾げていた。
「「って、あれ私じゃないっ、こわっ」」
ユニゾンする麻理の声。
あれも『もう一人の自分』のうちに入らないのかなと思ったけれど、どうやらそれは鏡に映った自分のようなものらしい。
とりあえず一人になりたくて襲われる事はなさそうだったが、早くも手詰まりだった。
他にもいろいろ試してみたかったけど、こうなってくると人の心配ばかりをしてはいられない。
大幅にレベルアップしているとはいえ無駄撃ちは厳禁だ。
ただでさえ、【魂喰位意】は制限回数のある杖のようなもので、なくなれば拾わないとただの大きな剣になってしまうのだから。
「奈緒子ごめん! やっぱり無理みたい!とりあえず先に行って!」
聞こえているとは思えないが、そう壁に向かって叫ぶことでとりあえずの義理を果たし、刀をしまって法久を抱え直し、麻理は走り出す。
結構ドライな自分にちょっと苦笑しながら。
「……ん?」
細かなビスと蛍光灯もまばらな鉄の道を走っていると、しかしすぐに前方に喧噪の気配を感じる。
普通ならこんなところで喧噪とは何事かと立ち止まり落ち着いて考えるのかもしれないが……解き放たれた麻理はむしろ嬉々として加速した。
いつでも剣を扱えるように、その重い刀身を地に這わせるようにして。
「お、あれは確か」
見覚えがある、新しくネセサリー班(チーム)に入った……というか初めて加わったルーキーの一人だ。
(ちくまくんって言ったっけ)
サイズか小さいのか、つんつるてんの『喜望』の制服と、目立つ白銀の髪。
炎をかたどったトンファーには、確かに見覚えがある。
だが、それより何よりちくまは結構なピンチらしい。
たくさんの赤いのと、背筋のざわつく氷の鎧を着た数体に囲まれている。
加えて、結構長い間戦っているようだ。
遠目から見ても満身創痍であることはすぐに分かった。
「たくさんいるなぁ。こんな時はっと」
呟くそのまま走り出す麻理。
108を越えたところで忘れてしまった数々のもらった技の中から、手繰るようにしてふさわしいアジールを黒姫の剣に送り込む。
とたん、地面に触れた刃がばちっと電気をほとばしらせた。
「え、マリ? なんでっ?」
するとその事で、ちくまと敵たちが麻理の存在に気づいたらしい。
何故かちくまが、お化けでも見たような顔をしている。
ついでに名を呼ぶ発音がなんかおかしかった。
(あれ、会ったことあったっけ?)
初対面のはずだと、思わず首を傾げた麻理だったけれど。
その疑問がどうにかなる前に能力の発動準備は完成していた。
「【魂喰位意】サード、《サンダーバニー》っ!!」
「うわぁっ!?」
仰け反るようにちくまが驚きの声を上げたのは無理もなかっただろう。
麻理は、ちくまに向かってその剣を突き出したのだから。
沸騰するような音を立てて、剣から生まれるは白い電磁波だった。
たがそれは、見事にちくまだけを避けている。
何故ならそこだけがドーナツの輪……台風の目だったからだ。
「これ、強制的に動き止めるだけだから! 一旦ここから逃げるわよ!」
未だしこりの残る赤い法久の助言により、この世界に出現する敵ファミリアたちに学習能力があるらしいことを麻理は知っている。
「え? ち、ちょっと!?」
だから麻理は、うろたえるちくまを抱え込んで運びかねない勢いでその場を離脱した。
後ろ手に見やれば、麻痺して動けなくなってるファミリアたちが目に入って。
水責めでもして今のうちに始末しておいたほうがいいかなとちょっぴり思った麻理であったが、併走しつつ恥ずかしげもなく麻理の方を伺っているちくまのことがどうにも気になって、そんなダークな考えはすんでの所で思い留まる。
「そうだよ。マリはここにいるじゃん。……あぁ、そっか。マリのご先祖様か」
その間になにやら呟きが聞こえてきたが、微妙に電波な子なのかいまいちつかめない。
やがて、敵をやり過ごせそうな吹き抜けを見つけて、とりあえずは中に飛び込む。
そこには自らが光る上りの螺旋階段と、闇だけがあった。
ここなら狭いし、大人数に囲まれる、という事態にはならないだろう。
上り階段なのが気分的にいただけなかったが。
階段と階段の継ぎ目にある踊り場までやってきて、ようやくそこで二人は一息ついて……。
(第284話につづく)
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