第282話、結局相手の思惑通りの誘導されるしかないのか



「あ、はい。ええと……みなさんを避難させるためだそうですよ」

「避難? ……何から?」


返ってきた言葉は。

思いも寄らぬ言葉だった。

そんな皆の気持ちを代弁するみたいに、奈緒子が問う。



「それは、もちろん完なるものからですよ。完なるものが発する黒い太陽は、まもなく世界を滅ぼしてしまうそうです」

「……っ」


まったくもってなんの感慨もなく。

むしろ語れることの喜びにすら満ちて、赤い法久は言葉を紡ぐ。

まるで他人事のようなそれの言葉に、初めてマチカは怖気のようなものを覚えた。


「ここは、みなさんが生きるためのシェルターのようなものなんです。命を繋げるにふさわしい、選ばれた人たちのための」

「……」

「そ、それじゃあ、選ばれなかった人はどうなるの?」


朗々と邪気なく語る赤い法久に、麻理の苛烈さが復活した。

しかし、今回ばかりはマチカもそれを止めるつもりはなかった。

その事に……いや、赤い法久は自分がマチカたちを怒らせる言葉を発してしまったことに気づいたらしい。

我に返ったように恐縮して、奈緒子の言葉に答える。



「そ、それが……ごめんなさいっ。生きるための装置はたくさんの人を助けるだけの数が揃ってないんです。それに、その装置そのものがカーヴ能力によるものなので、資格ある人じゃなきゃ駄目なんです。この夢の世界は、それを判断するものだって言ってました……」



冗談じゃない。

それが、その時マチカが真っ先に思ったことだった。

逃げないつもりでここに足を運んだのに。

それは、知己の甘やかしの考えを凌駕するものだった。


「その事は、ここに来たほかの子たちは知っているの?」


衝撃の言葉にマチカが混乱して何も言えないでいると。

かえって冷静になったようにも見える麻理がそんなことを訊いた。


「……それが、僕の言葉を全部聞いてくださったのはみなさんだけだったので」

「ちょっと待ってよ、それっておかしくない? それじゃあなんでかっちゃんはひどいことするの? 必要ないじゃない。ちゃんとそうやって説明すれば……」

「『そんなことバカ正直に話して、はいと頷くやつがいると思うのか? そんな奴らは選ばれる資格なんてそもそもないんだよ。だから俺たちが悪役を演じてやってるのさ。』……だそうです。克葉さんがそう言ってました」


まるで奈緒子の言葉を、その場で一笑に付すみたいに。

赤い法久から克葉のメッセージが流れる。


「かっちゃん……」

「らしいなぁ、もう」


その声に飛び上がるように反応した奈緒子は、打ちひしがれるように自失し、麻理は天を見上げて苦笑を漏らしている。

確かに、スタック班(チーム)の彼女たちならそんな言葉受け入れるはずはないだろう。


むしろ、直接『パーフェクト・クライム』を叩く算段をするはずだ。

たとえそれが叶わなくとも。

それだけの意志は持っている。

たたき上げのマチカがそうなのだから、考えるまでもない簡単な答だ。


たがしかし。

目の前の赤い法久の語ることが全て真実だとするならば。

パームが『喜望』に宣戦布告し、仕掛けてきた意味が分からなくなってくる。


相応の被害だって出ているのだ。

それに少なくとも、梨顔トランという男だけは、こちらを救おうなどと言った気概は全く感じられなかった。


赤い法久の語ることは全て嘘で、これは罠である。

そう考えた方がよほどしっくりくるような気がマチカにはしていて。



「つまり、それを知った上でこの先に進もうとするのは馬鹿の極みだから大人しく引き返せ……あなたはそう言いたいのね?」


でも、それでも。

一概に虚偽であると断じることができないのは。

目の前の赤い法久がどこまでも真摯だからなのだろう。


「ち、ちがいますっ。あなたたちは必要なんですっ、生きなくちゃいけないんですっ!」


これが全て計算の演技であるのならば、たいしたものだとマチカは思う。

でもその一方で、彼が意志を伝える術が音声しかないのは確かだった。


いわば彼は仮面をかぶった道化だ。

その表情も、纏う空気も。

その赤い鉄面皮に隠され、知ることはできないのだから。



つまるところ。

正か否か。

マチカたちはどちらの場合も考慮して、この先に進むべき道を選択しなければならないらしい。



「ああ言ってるけど、どうしましょうか?」


それは、自分一人で軽々しく判断できるものではなかった。

彼の言葉を信じて進むのか。

信じずして進むのか。


戻る道を絶っている以上後退はしたくない。

たが、それには一つ大きな問題がある。


これから進むべきその道のスタート地点。

それは、はかったかのように三つに分かれている。

赤い法久が言うには、何重にも並ぶ黒いアーチの先にある三つの入り口には、一人ずつでなければその先の道が開けない、らしい。



「そりゃあ行くに決まってるよ。どっちにしろかっちゃん止めなくちゃ」


一人での危険がもっとも高いだろう奈緒子は、そんな自分に気づいた風もなく勢い込んでそんなことを言う。


今更そんなことでは止まれない。

赤い法久の言葉が嘘である可能性を考えると、奈緒子の身を考えてなんとしても止めるべきなのだろう。


でも、それを実行に移せないのは、強く求め想う奈緒子の気持ちが分からなくはないからだ。


会えないくらいなら死んだほうがまし。

だから奈緒子はここにいる。

とっくに、死なんか覚悟している。

奈緒子のその言葉は、それを如実に表しているような気がして。



「あ、あの。さしでがましいんですけど、あまりこの場所に長くいない方がいいと思います。そのうちに他の紅たちが集まってくるので……」


しかし、だからといって仕方ないで済ませられる事じゃない。

そう思って悩み込んでいると、実に申し訳なさそうに赤い法久がそんなことを言ってきた。

思わずはっとなり辺りを見回すが、今の所他の何かの気配は感じられない。



「ごめんなさい。前に言わないで怒られたもので、あらかじめ言っておきたかったんです」


分かりやすい指向性を持った怒りの矛先は、しかし先手を打たれたことでくすぶり消える。

だが、悩んでいる時間がなくなったのは確かで。

それにより気づかされたのは、こうして動かないでいることも逃げと同じということだった。



「死ぬかもしれないわよ。責任なんて取らないんだからね。全部自分自身のせいなんだから」

「はっきり言うなぁ。でも、負けないもん。恋する乙女は強いのです」


なんの慰めも解決にもなってない言葉を受けて。

おかしそうに奈緒子は笑う。


そこに気負いは感じられない。

それがかえって、マチカを不安にさせたけど。


「とりあえず進もう。私にちょっと考えがあるんだ。うまく行くかは分からないけれど……」


それから、もう役目は終わったとばかりにふらふらと中空に浮かんでた赤い法久に気づかれぬように耳打ちする麻理。



「使い古された手だけど、確かにやってみる価値はあるわね」


マチカも、三人が別々に行動しないと先の道が開かれないその理由を、大仰に並ぶ黒のアーチにあると睨んでいたのでちょうどよかった。

麻理の言葉に一つ頷き、代表してマチカが一歩前に出る。


「誰がどこの道に行くかは、こちらで決めても?」

「行く決心をしてくれたんですね、それはよかった。もちろん、構いませんよ。それぞれがお好きなルートを選んでいただければ」

「それじゃあわたしは右ね」

「私真ん中ー」

「早っ、まぁ別にいいけど」



全ては三つのルートのその先にある。

特に揉めることもなくそれぞれが進むべきルートを選択し、それぞれの配置につく。



「いろいろ教えてくれてありがとうね」

「味方だったら真っ先に排除してるでしょうけどね」

「はは……」


呆れるほど真っ直ぐな奈緒子の言葉。

思わずマチカが皮肉を漏らすと、麻理はなんだか複雑そうな苦笑を浮かべて、きつく抜け殻の法久を抱き締めていた。

その姿があまりに似ているのと、マチカが結構本気で口にしているのを感じ取ったからなのだろうが。



「ふふっ、そうですね。僕もそう思います。それじゃあみなさん、さようなら。お気をつけて……よい夢を」


なんだかちぐはぐで場違いなお見送りの言葉。

敵役を演じている。

その様は、まさしくそんな克葉の言葉を端的に表しているように見えて。



「……っ」


ちぐはぐの言葉が繋がっていることに気づいた時には、マチカはもう丸い闇の中に半ば体を滑り込ませていた。


はっとなって、マチカは振り返る。

その表情は伺えない。

相変わらずの鉄面皮だ。


だが、次の瞬間。

びゅうと風が吹いて。

赤いそれは吹き散らされ天に消えゆく。


それからじっと眺めていたが。

マチカの体が闇の中に吸い込まれるようにして取り込まれるまで、彼が再びその姿を現すことはなくて……。



             (第283話につづく)






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