第281話、さかしまの存在であるからこそ、あけすけにすぎるのか



明らかに。

まるで異質を誇示するかのように。

背後の麻理の殺気……いや、それは恐怖故の煮え立つものかもしれない……が、膨れ上がるのをマチカは感じていた。



それはマチカがよく知るものだ。

今まで直接相対したことはなかったけれど。

そう考えると全てにおいて辻褄が合う。

漠然と感じていた違和は不安はなんてことはない。


いつの間にやら敵の術中にはまっていたなんてことではなく。

敵を騙すにはまず味方からに類する稚気にも等しいものだったらしい。


自分や、奈緒子を除く若桜のメンバーが、なにやら密約を交わしていることなどとうにマチカは気づいている。

あえての高慢な態度に隠れているのは、寂しくて自らの分身を作ってしまうくらいの臆病な自分だ。


そんなマチカは、仲間外れをひどく嫌う。

それが憎炎となって人を傷つけるくらいには。


だから、今回の任務に志願したのだ。

それを話してくれる機会を得られる、その瞬間を待つために。

深層の底に沈む、本当の理由を誤魔化すようにして。



「よろしければ、その時のこと詳しく話してもらえるかしら?ついでに、この場所についても話せる範囲で」


状況が状況でなければ、今ここでひた隠しにしていることを赤裸々に暴いてやりたかったが。

もうお互い敵対する理由など全くないし、わざわざ敵の前でそれを語ってやる義理もない。


だから、目の前の敵に対しまったくもって警戒を解こうとしない麻理を構わずに、マチカはそう言った。

肖像権の侵害なんじゃなかろうかって視線で見られたのがなかなかに滑稽で。



「……封印されていた記憶って奴は中にニトログリセリンでも入ってるのかしらね?」

「なんか怖いよ麻理。せっかくあのダルルロボさんがいろいろ教えてくれるって言うのにさ」

「あぅ」


やっぱり、だいぶ鼻についてムカつく、くらいの痛い立ち位置が性にあっている。

内心そんなことを思い、あえて気づいていない体で皮肉たっぷりにマチカがそう言ってやると、覿面に大人しくなる麻理。

もっとも、鋭く抉ったのは成り行きで背中にくっつくみたいなままの奈緒子の一言だろうが。



「さぁ、よくってよ。存分に語りなさい」


あくまで高慢ちきに。

マチカは赤い法久に言葉をぶつける。


「あ、はい。ええとですね……」


こういう態度を取れば少なからず憤懣やるかないって反応をして今の麻理のように付け入る隙も露わになろうものだが。

目の前にいる……よく見れば麻理が溺愛する気持ちも分からなくはない浮かぶマスコットには、全く効き目がないようだった。

むしろ嬉々として、敵としてはまずいというレベルを超えるだろう情報を提供してくれた。



まず、『喜望』の友人たちがこの場所を訪れたのは、もう一週間も前のことらしい。

その三人、ここにはネセサリー班(チーム)の新人たちもいたはずだから三人ということはないはずなのだが……ともかく、今のマチカたちと同じく、まるで定められたかのように現れた三人は、塩崎克葉の氷ドームの力を解除するために克葉を探し、あるいは氷ドームの核となる結晶体を探し求めて、ここからさらに奥深くへと足を踏み入れたのだという。



氷ドームの力。

それはすなわちカーヴ能力を封じる力……端的に言えば、ファミリアの活動を停止させる力だ。

それは、法久の件でマチカたちも身に染みて分かっている。


そして……。

その三人は未だに帰ってきていない。

ただ、赤い法久曰く氷ドームの封印は解かれた、とのことらしい。



「なら、どうして? 何故彼女たちは帰ってこないのかしら?」



彼の言葉を信じるのならば、もう一週間も。

目的は達したというのに。


目的……敵とはいえ奈緒子の想い人の行く末を案じる言葉だ。

『ネセサリー』の先輩でもある、伝説のバンド『コーデリア』の一員であるから組みしやすい相手ではないだろうが。


マチカにしてみれば直接知らない過去の栄光より、実際に肌で感じていたスタック班(チーム)の強さの方がより現実的で説得力があった。


克葉がどれほどの実力者だとしても、

ほぼAAA(トリプルエー)で固められた彼女らに対して一人で対応したならただではすまないだろう。


彼女たちは、奈緒子のことなんか知らないはずだ。

そっと奈緒子の方を伺ってみたが、真剣な面持ちで赤い法久の話を聞いている彼女のその真意は読めなかった。

彼女らが敵に対して容赦する理由もないし、おおよそそんな真似をする人たちにも見えない。


だからこそ、未だに帰ってこない……音沙汰がないことが気にかかる。

赤い法久の語らぬ伏兵がいるのか。

あるいは、この『LEMU』と呼んだ場所が、彼女らの手にすら余る場所、なのか。



「この『LEMU』と呼ばれる世界は、それぞれの夢を具現化させる世界……フィールドカーヴなんです。あ、ちょっとまってください。今地図を出しますから」

「……っ」

「こわっ」


赤い法久は、マチカの考えをなぞるようにしてそう言ったかと思うと。

くるりと一回転して後頭部を開き、煌々と光るモニター画面をマチカたちに指し示してくる。


その見た目がちょっとあれなので、ただ純粋に驚いている風の奈緒子と、それとは別次元の所で体を震わせている麻理。

気にはなったが、こちらからは詮索しないと決めた以上はただ待って気にしないことにするマチカである。



「あ、克葉さんいますね。同じ場所に別の生命反応が一つ。後の二人は分かる範囲にはいませんね。きっと、まだそれぞれの夢の世界にいるんだと思います」


赤い法久が言い、ズームアップで示すのは赤い丸と青い丸だった。

それは示された蟻の巣のような地面に潜るこの世界の最下層だ。


そのどちらかが克葉で、もう一方がスタック班(チーム)の誰かなのだろう。

そして、見える範囲にはいないと断定して示したのは、白いもやのようなペイントで覆われた……ご丁寧にも『UNKNOWN』と朱書きされた場所だった。



本当にそこにいるの?

普通に考えれば、真っ先に思いつくものがあるはずなのに。

だが、当然そんなことは聞けるはずはなかった。

それを聞くと言うことは、あるいは目の前の赤い法久よりも、仲間を信用していないってことになってしまうのだから。



「夢の世界ね。ずいぶんとメルヘンチックな能力だこと。塩崎さんの能力じゃないだけましだけど」

「結構期待してたんだけどねー」


なんだか場違いに、奈緒子は残念そうだった。

タイプは違うが、確か克葉は会長と同い年の中年に類する人物のはずだ。


目の前の夢見がちな少女ならばその可能性もあるだろうが……

そんな奈緒子を恋人だと臆面もなく言えるような人物であるのならば、そういうこともあるかもしれない、なんて益体もない方向に思考がそれてゆく。



「はい。この世界はさっきも言いましたがレミさんの力によって生まれたものです。ちなみに、僕は東寺尾柳一さんによってさんによって生み出されたファミリアですけど」


そこに、処置なしと言わざるをえない身も蓋もない赤い法久のあっけらかんとした台詞が重なる。

その様は、なんだか全てを隠さずに晒すことに強い使命感を持っているようにも思えて。


「レミ……伝説の通り名を持つ七人のひとりね」


それに反応したのは、独り言のように呟いた麻理だった。

それは、かつては自分自身もそのうちのひとりであったことをまったく自覚していない言葉だった。

まぁ、確かに麻理ならばそう呼ばれ恐れられていたなど知る由もないだろうが……。



「なるほど、いくらエリートの彼女たちでも、一筋縄では行かないってことね。 それで? 一応聞くけど、ここには何があるの? いいえ、何の目的があってこの世界があるのかって聞いた方が正しいかしら?」


単純に考えれば『喜望』のメンバーの纖滅だろうが。

何か他の理由がある気がする。


そして恐らく、目の前の赤い法久がそれすら答えてくれるだろうことに、マチカは確信を持っていたわけだが……。



            (第282話につづく)







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