第280話、色違いの偽物に、真なる自分が滲み出る
「もう、マチカさん乱暴なんだから」
「まだなんかくらくらしてるよー」
気を取り直し体勢を整え、正解だろう道は。
そこは、光ゴケでも貼ってあるような、自身が光を発する円筒の壁に囲まれた螺旋階段へと続いていた。
意気軒昂とばかりにマチカが先陣を切っていると。
今更思い出したみたいに麻理と奈緒子のぼやきが届いてくる。
「仕方ないでしょ。あれが最善の方法だったんだから」
確かにやり方はちょっと強引だっただろうが。
特に誰かが大きな怪我をしたわけでもないし、今のところは眼下にいた大量の敵をうまく回避できているように思える。
だからマチカは、ちょっとだけ背後を振り返り、毅然とそう言い放つ。
「まぁ、あのままだったらあの赤いのたくさんのとこに落ちちゃうかもしれなかったんだもんね。確かにそっかぁ」
存外素直らしい奈緒子は、そんなマチカの言葉に言われてみればと納得している様子で。
「それにしてもよく分かったねマチカさん。壁の向こうに道があるなんて」
「なに言ってるのよ。それこそ麻理のお手柄でしょ。そんな事言いながら、あなただって分かってたんじゃないの?」
「まさか、たまたまだよ」
ないない、とばかりに謙遜してみせる麻理。
嘘をついているような雰囲気は微塵も感じられない。
言葉通り、偶然の賜物だったのだろう。
と言うよりよくよく考えてみると、それが偶然の産物でないと分かっていたのは、自分の方だったんじゃないかとマチカは思う。
壁の向こうに道があるという確信めいた直感。
その直感は……その確かな記憶のような物は、実のところマチカには身の覚えがなかった。
初めて来た場所であるはずなのに、何故か馴染みすら感じているような、そんな違和感がある。
忘れてしまっていた記憶。
それは、マチカの苦い失敗を思い起こさせる。
忘れていたことで、ぶつけてしまった理不尽な憎悪。
それを考えれば、このままの身に覚えのない状況でいることは、非常にまずい気がしていた。
ここが自分にどう関わっているのか。
何故思い出せないのか。
早急に答えを出す必要があると、そう思っていたマチカだったけれど……。
結局の所、マチカに思索に耽る余裕が与えられることはなかった。
何故ならば。
唐突に終わった螺旋階段の向こうに。
法久と色だけが違う、深紅の輝きを放つ何者かが。
一回り小さくなったフロアの中央に、ふわふわと浮かんでいたからだ。
「あ、新しいお客さんですね」
「っ!」
それは、法久と全く同じ声色。
真っ先に、それこそ過剰なほどに反応したのは麻理自身だった。
今や物言わぬ抜け殻となった法久をきつく抱きしめ、それを見据える。
「待ってくださいっ、僕はこの通りさかしまを映し出す偽物ですけど、あなた方に危害を加えるつもりはないんですっ、この『LUMU』と呼ばれる世界について、ちょっと話を聞いてほしいだけなんですっ」
色違いのそれは、不意に吹き出た殺気に気づいたのだろうか。
ただただ真摯に自分を晒し、その意志を伝えようとしていた。
それが、たまらなく不快だった。
あるいは、えも言われぬ不安を覚える、という表現の方が正しいのかもしれないけれど。
「レム? それがこの場所の名前なの?」
いつでも抜刀できる状態で神経を研ぎ澄ましていると、それを制すようにして言葉を発したのはマチカだった。
予想していたものとは違う。
そんな不可解な反応。
思わず麻理が視線を向けると、勘違いされたのかなんなのか、落ち着けとばかりに視線を返される。
どちらにせよマチカに交渉に当たってもらったほうがいいんだろう。
こんな時どうすればいいのか分からぬままに、麻理は無難に頷いてマチカに任せることにする。
無論、目の前のそれに対する警戒心をとくことはなく。
すると、何かまずかったらしく、マチカが苦笑を浮かべていて。
思わず麻理が首を傾げると、マチカ深い深いため息をつき、改めて色違いの法久へと顔を向けた。
「ええ、そうです。『夢の世界』を意味します」
「夢、ねえ。またずいぶんとご大層な名前つけるじゃない」
「そうですねぇ。この世界を作ったレミさんも、お気に入りだって言ってました」
実際はきっと夢見がちとはほど遠い世界なんでしょうと。
皮肉を込めたつもりだったのだが、どうやら相手には全く通用しないらしい。
それどころか、敵であるならば明らかに口にしてはまずいだろうことを平然と口にしている。
「この異世……だっけ? レミってひとが作ったものなんだ?」
それにマチカも奈緒子も当然気づいただろう。
今まではほとんどマチカの背に隠れていた奈緒子が、おかしそうにかまをかけている。
「ええ、そうですよ」
たが、相手は一枚も二枚も上手だった。
その名は、『喜望』のもの……カーヴ能力者ならば誰もが知っている七つの通り名であり、偽名だ。
それにしてみれば口にしようがすまいが痛くも痒くもないんだろう。
「今、その人がどこにいるか、分かる?」
それを理解した上での、少なくとも敵に聞く類のものではないマチカの言葉。
それは、この世界を作る敵にとっては致命的な問いかけだっただろう。
案の定、赤い法久はうんうんと考え込んだ後、首を横に振った。
「ごめんなさいです。どこにいるかまではさすがに……あ、でもでも、塩崎克葉さんの居場所なら知ってますよ。結構前に、たぶんあなた方の友達だと思うんですけど、克葉さんを探してこの『LUMU』の世界に入っていきましたから」
「かっ……かっちゃんのこと、知ってるの!?」
「わわわっ、はいぃっ、そのとおりですぅっ!」
神速のごときスピードでその名前に反応したのは奈緒子だった。
詰め寄り、首根っこひっつかんで尋問するかのような勢いに。
アジールの一つも沸き立たせることなく、ただただ無抵抗のまま涙目になって、こくこくと頷く赤い法久。
「……」
いらいらした。
それのその行動一つ一つに。
その奥に、漠然とした恐怖があることなど、そのときの麻理が気づくことはなく。
「奈緒子! 落ち着いて。まずは話を聞きましょう」
マチカの諌める声が聞こえたが、それの語る言葉が、真実かどうかも分からない……なんて内心麻理は思っていて。
「あ……ごめんね?」
「いえ、大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
マチカもそう思っていたかどうかは定かではなかったが。
マチカの言葉で我に返った奈緒子が恐縮して手を離すと。
自らが敵と宣言したことを忘れているかのような気安さで、ぺこりと頭を下げた。
私はなにも考えていない。
そんな道化を演じるみたいに。
「ったく。二人して一直線なんだから。ほら、麻理もそんなに睨まないの。似合わないわよ、あなたにはそういうの」
呆れたようなマチカの呟き。
しかしそこには、鋭い真実が含まれている。
麻理が自身を律するように深く深く息を吐くと、ようやく安心したように再度マチカが口を開いた。
「奈緒子の彼氏がってのもそうだけど……あなた、ここに私たちの友達がいるって言ったわね?」
「はい。数日前にあなた方と同じ『喜望』の方々がここを通過しました」
まるで、問いかけのすべてに答えるのが生き甲斐であるかのように。
目の前の赤い法久は答える。
……認めない。
それに被さるように誰かの声が聞こえる。
ひどく耳障りだった。
麻理はそれを思わず振り払いたくなったわけだが。
耳を澄まして聞いてみれば、それは確かに自分の声で……。
(第281話につづく)
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