第三十五章、『まほろば~鉄槌~』

第279話、散ったと思っていた桜の花は何度でも黄泉帰る



先も分からないほどにうねり狭い、示す先の見えないはずの土竜の道は。

しかし唐突にマチカたちに答えを突きつけた。


垂直落下。

人が掘ったとも言えず、かといって自然にできたわけでもないことを如実に証明するかのような場面転換だ。



「っ!」


恐らく、カーヴ能力に付随する何かによって作られたもの。

マチカがそう悟るのとほぼ同じくして、足下から強烈なほどの光が射してくる。


垂直落下の終わり。

もっとも導きやすく思いやすいそれは、激突。

導きやすいからこそ、そうならないための一手を脳が弾き出すのも容易だった。


マチカは落下の流れに身を任せながら瞳を閉じる。

それは、儀式だ。

やわらかく開いた右手にアジールを集めるための。


いつもならば、生まれ出るに任せていた【廻刃開花】の力。

皮肉にもそれを更に先へと進化させたのは、力の三分の二を失ったことによる危機感だった。


現状では役に立つどころか足手まとい。

それがもどかしくて悔しくて、揺れる電車の中考えていた初めての試み。


生み出すのは刃潜みし無数の花びらではなく、たった一つ。

それは、花ですらない。

まるでかつての自分を彷彿させるかのような、傷つけることしか意味がなかったようにも見えた茨の茎だ。


手のひらから生まれ出たそれが、マチカの想像通りにうまく具現したのと、マチカの身が光あふれる中空へと投げ出され晒されるのはほぼ同時だった。



「はっ!」


タイトルもフレーズもない必要最低限の無詠唱カーヴであったが。

茨の茎はまるで女郎蜘蛛の糸のように手のひらから離れることなく斜め上空に延び、真っ先に目に入った体育館にあるような巨大な照明の首へと巻き付いた。


伸縮自在の茎は、マチカの思惑通りに彼女を地面に打ちつけることなく中空を彷徨わせる。


まずは一安心だが、本番はここからだ。

空いている左腕を伸ばし、奈緒子や麻理が落ちてくるだろう土竜の穴を見据える。


「うわわわぁっ!?」


すぐに聞こえてきたのは、思ったよりは気の抜ける、だけど落下の恐怖に切羽詰まる奈緒子の声だった。

見ると、それはカーヴに魅入られし者に備わった本能なのか、エメラルドグリーンのアジールを奈緒子が沸き立たせているのが分かって。



彼女の力とは一体どういうものなのか。

カーヴ能力者として知りたいという欲求に駆られたが、うまくタイミングがあったこともあり、それより先にマチカは左腕を伸ばしていた。



「ぐっ!」


そのまま腕か抜け落ちるんじゃないかってくらいの衝撃と、みしりと骨がきしむ音。

奈緒子が悪いわけでもないのに重いのよと声を上げそうになったが。

幸いにも腕は抜けることもなく、しっかりと奈緒子を支えることができた。

それは、伸縮自在の茎が細く伸びることでその負荷を逃がしたせいもあったのだろう。



「ご、ごめん。ありがと」

「ううん、平気よ」


腕は軋んで正直きつかったが、泣きそうな顔でそう言う奈緒子に、マチカは心からの笑みを返すことができた。

と言うよりも、マチカにしてみればむしろ感謝すべきなのはこっちの方だ、とさえ思っていた。

何故ならその痛みは、自分は使いものにならないという劣等感を払拭しうるものだったからだ。



しかし。

何事にも限界はある。

マチカが浮かれ気分でいれたのは一瞬だ。



「わ、わ、わっ」


奈緒子以上に間延びした麻理の声が頭上から聞こえる。


そう、頭上だ。

両手が塞がっている状態では、支えることはまず不可能だろう。


茎のしなりで避けることはできるだろうが、それをするのは躊躇われた。

何故ならば、ビル10階分の高さがあろうかという眼下には、まるですし詰めのごとく赤い異形……紅が犇めいていたからだ。



「っ!」


麻理も自分がマチカたちとの正体コースにいることに気づいたらしい。

かちりとはまるみたいに、視線が交錯する。

一見の黒に潜むは、不思議な色をたたえた瞳。


そこにあるのは喜色と高揚だろうか。

あまりに場違いなそれに、一瞬理解が追いつかなかったが……。


ガッ!

ひどく傷つきやすく柔らかいものが、硬いものに打ちつけられるような音。

それは、麻理の手の甲だった。


「ごめんっ!」

「ま……っ」


自傷を躊躇わない一手。

何に謝っているのかも分からず、その驚きの行動はマチカの言葉を奪う。


それ相応の傷は負っただろうが……しかし砕けたのは土竜の穴の縁の方だった。

カーヴの力もあるだろうが、麻理のか細い腕には、見かけによらず力がこもっていたらしい。


血埃の尾を引いて、いともたやすく麻理の落下進路が変更される。

一度壊され、解かされ、再び塗り固められたかのような灰褐色の岩壁に向かって。



そして、ぶつかる! と思うより早く、麻理は黒姫の剣を抜いていた。

ただ預かっているだけとはお世辞にも思えない、しなやかで美しい動作を持って。


麻理の身の丈すら余るだろう大仰な刀身を持つ、野太刀と呼ばれる類のそれは、見た目通りの重量を持って岩壁に易々と突き刺さった。


それにより、自分にブレーキをかけようと言う腹づもりなのだろう。

刀の扱いという意味では豪快を通り越して素人のごとき無茶さではあったが。

何よりその咄嗟の判断力に感嘆を覚えずにはいられないマチカである。

と言うより、今までイヤリングであったはずの刀を、一瞬にして本物の業物に変えて見せた手腕に、歴戦の経験を感じさせた。



「わわっ!?」


だが、そんな違和感は。

マチカが考えるより先に焦ったような麻理の声によってかき消される。

視線を向ければ、まるで壁に吸い食らわれているかのように麻理の体は岩壁の向こうに捕らわれていた。


(いや、あれは……)


そうではない。

そこにあった壁は、張りぼてにも等しい厚さしかなかったのだろう。

直感で、正解の道はそこだとマチカは思った。


「かなり無茶するけど、我慢してっ!」

「え、えっ!?」


戸惑う奈緒子の声がごく近くから聞こえてくる。

聞こえてないはずはないそれをマチカは華麗にスルーすると、ぐっと下方に体重をかけるようにして伸縮自在の茎を引っ張った。


天井に巻き付いているはずのそれは、弧を描くようにしてマチカたちの進むべき進路を真横に変える。

それは、破線を描いて沈み込む横壁に埋まり、身動き取れなくなっていた麻理のすぐ脇だ。



「はっ!」


今までは指向性を定めることもなく、強弱の調整も有効範囲も考えず……無思慮に遊ばせていたマチカ自身のカーヴ能力。


敢えていいわけをする機会があるとするならば。

意志を持った悪ガキ二人を同時に具象化させてのものであったのだからしょうがなかったわけだが……。


そうは言っても二人に任せきりで自分を高めていなかった事は紛れもない事実なのだろう。

なんにせよ、自身の限界を決めてしまうのは早計だったらしい。

マチカはそれをひどく思い知らされながらも、今まで二人を支えていた茎を解除する。



心さえ浮くような浮遊感。

奈緒子の悲鳴が聞こえたが。

マチカはそのフォローのためにと、再びアジールを沸き立たせ、空いた腕を前方目掛けてくの字に折った。


どうやら女の柔肌でも打ち壊せるような脆い岩壁のようだったが。

やはり無頓着の考えなしにそれを傷つけるのは愚直の極みだと内心で麻理に対して毒を吐きつつ。

しなる弓のような鋭さを持った自らの肘を突き出した。



「わぁっ!?」

「きゃあ~っ!」


その怒りにも似た感情があまりにも強かったからなのか。

初めて収束され指向性を持ったマチカにより生み出されし桜舞う春の風は、目に見えて美しい円錐の竜巻を形成し、ひびの入った壁にぶち当たった。


なかなかに豪快な音がして壁は風に巻かれて吹き飛び、急に大気が動いたことで前方へ吸い込む力が発生し、マチカたちは一緒になって運ばれてゆく。


それを半ば覚悟していたマチカはともかくとして。

滅多に体験できないだろう横ジャイロの回転をいきなり味わう羽目になった二人はたまらなかっただろう。


哀れな二人に久方ぶりの嗜虐心が満たされた、なんていうのはきっとひかれるし怒られるし当然口にはしないマチカだったけれど。



「麻理、お手柄ね。きっとこれ、正解の道よ」


目を回して岩壁まみれになっている二人を、結果的に見下ろすようにして満足げに言い放つ様は。


それこそが自分の真骨頂であると言わんばかりに生き生きしていて……。



           (第280話につづく)












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