第278話、ついさっきまで躍起になっていたのに、随分と細かいフォローがある
―――『プレサイド』のあそびかた。
『プレサイド』は、動く巨大な人型の要塞です。
あなたたちは力を合わせ、天使を守りながらたちはだかる敵を倒し、要塞の謎と試練を突破し、捕らわれの仲間たちを救い出し、『扉』を探し出し、この要塞から脱出しなければなりません。
別紙として、プレサイドの全体図と、冒険に役立つヒント、この冒険の始まりの扉を開けるためのメンバー登録表を用意しました。
ふるってご参加ください。
……と。
読み上げた訳ではなかったが。
まゆが読み終えた頃には、皆が目を通していただろう。
その場に訪れるは、今までになかった沈黙。
その沈黙は、それぞれに意味合いが違ったわけだが。
その時まゆが見たのは、怜亜だった。
てっきり、『何がゲームよ、ふざけないでっ!』って感じに怒られるかもって思って身構えていたのだが。
そんな怜亜は、何かを堪えるようにして中空を睨みつけていた。
それで気づくのは、あるいはまゆたち以上に、怜亜がはるさんの子供であったという事で。
それでも相手はそんなはるさんの愛した人だから。
独りよがりな怒りを表に出してはいけないと、そう思ってるのかもしれない。
「全体図っていうのはこれだね。やっぱりこの世界って大きな人だったんだ……」
とはいえ、ここで黙していても何も始まらないと。
まずはと口を開いたのは美冬だった。
言われるままに、皆でそれを覗き込む。
確かに、まゆも想像していた通りに、『プレサイド』は人型をしていた。
さしずめまゆ達は、巨人に取り込まれたれた細菌か何かだろうか。
それがカーヴ能力に類するものであると証明するかのように。
まゆたちの今の現在地が星形で示されている。
人で言うなら左ももの上当たりだろうか。
今までどう進んできたかも分からないが、それは思っていた以上に莫大な世界であり、精緻だった。
「最初の説明文……いくつか確認したいんだけど」
止まることなく先に進もう。
道が目の前のものしか示されていないのならば。
そんな意志が、伝わったのだろう。
それでも底冷えのする声で、怜亜がそうみんなに確認するように訊いてくる。
「まずは『天使』。そして『扉』。これは……それぞれ恵の事と、あたしたちが探している時の扉ってことでいいのね?」
「うん。あってると思う」
代表してまゆが頷くと、さらに怜亜は続ける。
「なら、この捕らわれしものってのは何?」
「……」
予想はつく。
あの夢がこうちゃんのカーヴ能力に基づくものならば、確信めいたものが。
しかし、まゆはそれに即答することは出来なかった。
何故ならそれは確たる証拠がない。
それより何より、話すことでいらぬ心配……ギリギリで保っているようにも見える怜亜の心を、壊してしまうような気がしたからだ。
それはきっと。
その事で自分が責められるのが怖かっただけなのかもしれないが。
「まさかしんちゃんじゃないよねっ!? そしたら、早く助けないとっ!」
「……っ!」
まゆがどう答えるべきか迷っていると。
代わりにそれに答える形になったのは美冬だった。
その言葉を聞いて思う所があったのだろう。
塁も、もしやの可能性に青ざめている。
それは、まさしくはかったかのごとく。
初めて会った時にまゆが夢を見た三人で。
「どちらにしろ相手の手のひらで踊ることしかできないって事ね。いいわ、やってやろうじゃない。ゲームでも試練でも冒険でも」
「……怜亜ちゃん」
吐き出すような怜亜の言葉。
それでまゆは悟る。
怜亜の夢で見た人……王神は、彼女にとって捨ておけない存在であることを。
「なんでまゆがそんな泣きそうな顔してんのよ。調子狂うったらないわ。……で、次は何だって?」
仕方がないなといった風の苦笑。
こんな時にも相手を気遣って笑える彼女は、やっぱり強いのだろう。
まゆも、そうでありたい、なんて思って。
「えっと、つぎはぼうけんのヒントの紙だっけ?……んーと?」
「何にも書かれてないね。僅かにアジールの力は感じるけど」
プレサイドの地図の後ろにあった次の一枚。
真澄が手にとって、正咲と両側から覗き込んでいるが、確かにそれには何も書かれてはいなかった。
「そしたら……後はこれですね。名前を書けばいいことになってるみたいです」
白紙のやつはとりあえず後回しとして。
恵の手に取ったのは、最後の一枚だった。
それが、始まりの扉が開くという契約書なのだろう。
恵がそう言うように、その紙には参加メンバーの名前を書くようにしたためられている。
それを手にとって朗らかに笑う恵だったが。
その場には、またしても重い沈黙が降りる。
「選択肢がないとはいえ……怪しいわね」
「なまえはあぶないよねぇ。なんか罠がありそう」
名前を知られることで、様々な効果が起こるカーヴ能力があることはまゆも知っている。
珍しく意見が一致している怜亜と正咲が躊躇っているのは、恐らくその点だろう。
再びの硬直。
先に進まない話し合い。
カーヴ能力者同士の戦いにおいて慎重であることは間違いではないのだろうが。
しかしまゆたちには、考える時間すら与えられてはいなかった。
「う、うわっ!?」
焦ったような真澄の声。
見ると彼女の手にする紙が光っていた。
驚いて手を離した隙に紙は舞い上がり、ひとりでに机の上に降り立つ。
「あ、文字がかかれてる」
何々と覗き込んだ正咲の呟き。
皆の視線が、それに集まる。
―――冒険のヒントその1
『プレサイド』の攻略にはタイムリミットがあります。
残り時間は後71時間59分です。
残り時間がゼロになればゲームオーバーです。
コンテニューはありません。
白紙だったはずのそれは、やはりヒントの紙だったらしい。
「わわっ、時間へってる!」
なんて事を考えている間にも、光り点滅している時計が地図の方に移り、その数を着実に減らしている。
残りが70時間と言うのが、長いのか短いのか微妙で判断に困って。
「どうしようっ」
「あーもうっ! 何でいちいちあたしに聞くのよっ! もうっ、どうせ行くしかないんだからっ、迷ってる場合じゃないでしょっ、キリキリ書くっ!!」
結局怜亜に決断を任せてしまって。
言葉の割にはしっかり主導権を握ってもらって。
まゆたちは契約の紙に名前を綴ったのだった。
偽名を使おうとか思わないで真面目に名前書く所が、皆の性格が出ていると内心で苦笑して。
最後に塁が名前を綴ると。
紙は浮かび上がり光りを発する。
それに戸惑いつつも、皆で見守っていると。
バタン!
突然解体される、クローゼット。
そこには、いつか見たのと同じように、上へ続く階段があって。
「まったく。変なとこで無駄に凝ってるんだから」
呆れたような怜亜の呟きを皮切りに。
まゆたちは。
新たなたな一歩を踏み出していったのだった……。
(第279話につづく)
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