第277話、想い起こせば、理想の天使の父だったのに
そうして。
この中では一番背の高い美冬が苦労するくらい低くなってしまった赤い岩肌のうねうねした道をしばらく進むと。
「あ、リアの部屋です」
おそらくは500メートルも歩いていなかっただろう。
恵が目をぱちくりさせてそう言うように、急に広くなった道幅のその先に、
一度見た恵の部屋と言う名の邸宅が横壁にはまっているのを発見した。
「確か昨日は、下ってきたはずよね、あの気持ち悪い道を使って」
「うん。これも多分だけど、地形が変わって一直線に並んじゃったんじゃないかな」
怜亜の確認の問いに、まゆは渋い表情で頷く。
「ここもあんぜんちたい、なんでしょ? ちかくていいね」
「……」
正咲の何も考えてないだろうあっけらかんとした台詞に、塁がため息をつく。
良いわけがない、むしろ逆だと言いたいんだろう。
セーブポイントが並んでいても全く意味をなさないのと同じだ。
これで、まゆ達の行動範囲は、確実に狭まったと言えるかもしれない。
「でも、まだ道が続いてるね。前に来たときは行き止まりだったはずだけど……」
とはいえ、真澄がそう言うように、この先がどうなってるかによっても変わってくるんだろう。
「取りあえずは寄る用事ない、恵……リアちゃん?」
「はいです」
まゆはそれだけを確認とると、恵の部屋をスルーして先を目指す。
そうして、そのまま更にうねる天井の低い道を進んで、丁度500メートルくらいに。
半ば天井の角に埋まるようにしてあったカンテラに照らされていたのは。
一見恵の部屋と見紛う……そんなお屋敷だった。
無意識なのか、恵がぎゅっとまゆの裾を掴む気配。
怯えているのだろう。
娘にこんな態度とられるようじゃ、父親として失格じゃないのと思わずにいられないまゆである。
そう言うまゆも、ちゃっかり身構えていた。
目の前に佇む、こうちゃんの部屋に。
「恵ちゃんの部屋によくにてるけど……」
正咲は、そんなまゆの緊張を感じ取ったのだろう。
伺うように聞いてくる正咲に、まゆは重々しくも頷いて、答える。
「うん。ここはこうちゃん、僕らのお父さんで、この世界を作った人の部屋だよ」
「それじゃあ、この中に?」
打ち破るべきボスがいるのか。
怜亜はそう聞きたかったのだろう。
しかしそれに。
考える間もなく、まゆは首を振る。
「それはないと思うよ。楽しいことが大好きな困った人だから。いるとすれば、ここぞっていう場所だと思う。クライマックス……ボスの玉座にふさわしいようなさ」
必然的に滲み出る懐愁。
それはもう、過去には戻れないことを意味していて。
黙してしまった皆を見渡し、まゆは気を取り直すような笑みを浮かべ、言葉を続ける。
「でも、わざわざこうしてここにふんぞり返ってるって事は、何かあるんだろうね。調べてみる価値はあると思うよ。ここも多分安全地帯だろうしさ」
それが必ずしもまゆ達にとって優位に働くものかどうかは分からないが。
どっちにしろ、中に入る以外に選択肢はないのだ。
今まゆたちがいるフロア……そう言う考え方をすれば、あと足を踏み入れていないのはこの場所だけなのだから。
「そうね。盤上で動かされてるみたいでしゃくだけど」
「んじゃ、いっちばーん! おじゃましまーすっと!」
「ちょ、待ちなさい!」
憂いもって頷く怜亜を無視するみたいに、正咲が朗らかに突貫してゆく。
先手を取られて焦った怜亜が、慌ててそれに続いて。
まゆたちは笑みをこぼし、その後に続く。
そして、扉の向こうは。
よくよく考えてみれば部屋だから当然なのだが、所謂書斎と呼べるような……七人いると狭苦しさを感じる、そんな部屋があった。
「ここはふつうの部屋なのね」
入ってすぐに怜亜がそう呟いた気持ちもよく分かる。
理事長室や、恵の部屋が大きすぎるんだろう。
そう、部屋というレベルで考えれば。
「おぉ、まゆちゃんとリアちゃんがいる! かわいい~」
なんて庶民的な事を考えていると、勝手に人の部屋を漁り始めていた(それが目的なんだからしょうがないけど)正咲が、文字通り黄色い声を上げる。
つられてそちらに視線を向ければ。
そこにはまゆと恵がまだ小さい頃の家族写真がある。
みんな、幸せであることが不変であるかのような満面の笑顔だった。
まゆも恵も、こうちゃんも、はるさんも。
「……何だ、本当にまゆってここの子だったのね」
はるさんの笑顔。
思うところが、怜亜にもあっただろう。
しかし、怜亜はその事をおくびも出さずに、そんな事を言う。
「今更!? そう言ったじゃん」
「ううん、そうじゃなくて。あたしもここに通ってたわけだから……ニアミスとかしてたのかしらって思ったのよ」
「あー、うん。ここにいる時はほとんど屋敷から出る事なかったし学校に通ってた訳でもないしね」
「そう、残念ねぇ」
何が残念なのは敢えて突っ込んでは聞かずにいる中。
次いで声を上げたのは真澄であった。
「あ、僕この部屋来たことあるかも」
「え、そうなの?」
「うん。最初にここから出ようと思ってた時に見つけたんだけど」
決して整理整頓されているとは言えない、一言で言うなら掃除できない悪ガキがそのまま大人になったような部屋。
まゆや恵には当然見覚えがある。
とにかく娘に甘いというか友達のような感覚のひとだったから。
部屋に呼ばれてはいつもこうちゃんが考え出した新しい遊びにつき合わされたもので。
ノックをすると子供みたいな嬉しそうな声で歓迎してくれて。
大きな背もたれの椅子に満面の笑みで座っていて。
その手には、いつも手作りの新しい遊びの説明書があった。
自然と、感慨深げに僕らは机を見つめていて……。
「あっ」
それに最初に気づいたのは、恵だった。
雑多な書類やら本やら積まれた中で見つけた封のしてある茶色い封筒。
その表側には、文字が書かれている。
―――《プレサイドのあそびかたbyこうちゃん》
と。
子供っぽくのたくったような字。
紛れもない、こうちゃんの字だ。
とててと駆けだしていった恵は、積まれた雑誌の中からそれを抜き出す。
そして、紐タイプの封を外そうとして。
カッ!
「きゃぅ!?」
「リアちゃんっ!」
まばゆい光、吹きすさぶ風。
それらは全て、その封筒から発せられていた。
僅かに感じるのは、こうちゃんのだろうアジールの気配。
強風に圧されて倒れ込む恵を、まゆは何とか受け止めるのに成功する。
そして、恵を庇うようにして風が収まるのを待つ。
「リアっ、お姉さん、平気っ!?」
「あぅ~、びっくりしたです」
「うん、大丈夫みたい」
何事かと駆け寄ってきた真澄に、まゆは頷く。
「まゆ、ちょっとこれ!」
そして、同じく駆け寄ってきた怜亜の呼び声。
顔を上げるとあれほど胡乱げで乱雑していた机が綺麗さっぱりになっていて。
その真ん中にあるのは、未だ光る封筒を下敷きにした、紙の束だった。
こうちゃんの新しい遊び……その説明書だ。
その紙に書かれたこうちゃんの字を見て、すぐにそう理解する。
だが、かつて半ばつきあいながらも本気で楽しんだ新しい遊びは、ただの遊びだ。
今のような、カーヴ能力を想起させるものではない。
それはすなわち。
その説明書が、今のこうちゃんによって書かれたものだという事だろう。
それを念頭に置いて、まゆは中身を拝見する。
―――その説明書には、こう書かれていた。
(第278話につづく)
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