第276話、千回遊べるダンジョンの配置替えは新たな一日の合図



そうして、長い一日が終わって次の日。

一番早くに目覚めたのはまゆで。

朝食を作ろうと、半ば本能でそう思い立ち、まゆは起きあがろうとする。


理事長室にはこうなる事を予測していたに違いないはるさんが用意してくれた大量の食材があったはずだ。

雅の借りに対して二つ返事かどうかは分からないけど了承したのは。

ついでに持てるだけ食材をゲットしておこうって、そんな計算もあったりした。

詰めきれなかった分は、必要ならまた取りにくればいいだろう。

初めてここに来た時に張っておいた緊急脱出用の白い輪を使えばいい、なんて思っていて。



「それじゃ起き……って、なんばしょっとねこれは~っ!?」


両腕に2体の等身大だっこちゃんがしがみついていて起き上がれない。

恵と正咲だ。


それで、まゆはようやく今の状況を理解する。

確か昨日寝る前、また勝手な行動をしないようにと、正咲に冗談半分でホールドされた記憶がある。

恵の方は天然というか、身内に対する独占欲的なものが働いたんだろうが……。



「偶想の正体は得てして悲惨なり……か」


まゆは何とか起きあがることだけは成功し、とっても賢者な気分でその惨状を見渡した。


はるさん仮眠用のベッドはあるにはあったのだがそれは一つしかなくて。

客間のソファを解体したりなんかして、みんなで川の字あまりになって眠ることにしたのだ。

どこからか見つけてきた毛布やカーテンや座布団にまみれるようにして。

毛布をひいた地べた(それでもふかふかの絨毯だけど)には、まゆたち三人が。


ソファには丸まるようにして真澄と美冬が。

一人が好きらしい塁は何故かクローゼットの中に。

そして怜亜は、『お馬鹿な天使』が夢遊病にいそしまぬようにと、客間の唯一の入り口であるドアに寄りかかるようにして眠っている。

それぞれが、束の間の休息を噛みしめるかのように。



「……どうするとねー」


初見だったのならぎゃあぎゃあわめいて動揺していたところだったけれど。

昨日のお風呂とお風呂上がりの惨劇に比べればそりゃ微笑ましい気分になるってもので。


慣れというものはまったくもって怖いと。

なんてろくでもないことを考えながらまゆは何とか脱出を試みる。



「……みゃかっ」


正咲の事だから『ごはん』という言葉にならば睡魔を即殺して反応してくれるに違いない。

どこまでものびる気がする正咲のほっぺを堪能しながらまゆはそう思い立っていざ声をかけようとして。



それは、大震災クラスの揺れによって阻まれる。


「……っ、地震!?」


それに最初に反応したのは怜亜だった。

もしかしたら、昨日みたいに寝たふりしてたのかもしれないが……。



「わ、わ、わぁっ!」

「ふぎゃうっ!? し、死ぬるぅっ」

「ご、ごごめんなさいっ!」


その激しい揺れに、クローゼットが開いて塁が転げ落ちてくる。

その下には美冬がいて。

ちょっとしたパニック。


「なに、なになにっ!?」

「……朝ですか」

「うぅ~。ぐらぐらする」


でもそのおかげで、全員ばっちり目が覚めたらしい。


「無駄かもだけど、外に避難した方がいいかな?」

「何で私に聞くのよっ、分かるわけないでしょっ!」


外に出てもそこは趣味の悪い洞窟だ。

何かが落っこちてきたりする危険度は、たいして変わらないかもしれない。

そう思って怜亜にそう聞いてみたまゆであったが。

返ってきたのはにべもない怜亜のお言葉だった。


あたふたしつつまゆたちができたのは。

手近な毛布とかにくるまって地震が静まるのを待つのみで。



ここは安全地帯の一つだと言っていたから。

まさか天井とかが崩れたりとかはしないだろうって思っていたけど。


常識で考えてすぐ収まると思っていた地震は、しかし一向に収まる気配がなかった。

いや、心なしか弱くなっているというか、揺れに間断があるような気がした。

それは、ただの地震ではあり得ない揺れだ。

それは地震と言うより……。



「うわっ!?」


恐る恐る毛布から抜け出して、思わず絶句するまゆ。


天井が落ちてくるようなことはないはず。

確かにそれは正しかったけれど。

その天井は、まゆが立ってぎりぎりの高さまで降りてきていた。

天井にあった豪奢なシャンデリアなんか、もうソファに触れそうな勢いで。


「何かあったの!?」

「美冬さんストップ! 起きあがったらぶつか」

「ふぎゃっ!?」


注意を促そうとしたけど間に合わなかった。

がしゃんと音を立てて、毛布をかぶったまま起きあがろうとした美冬が撃沈する。


「……なにこれ」

「地震で天井落っこちちゃったですか?」


その間にも、他の皆が異常を察知して顔を出す。

とばっちりを受けた美冬以外は特に怪我もないらしい。

毛布の中で目を回していた美冬を真澄とともに救出した後、まゆは改めてみんなと顔を見合わせて。



「おはよう。みんな。これから朝食を作ろうと思うんとね、何がいい?」


そう言ったのだった。

何につけても、まずは腹ごしらえであると言わんばかりに。





           ※      ※      ※




それから。

低い天井と間断に揺れる振動の中、キッチンに出向いたまゆが作ったのは……ベーコンエッグと納豆サラダと言ったラインナップで。


持参していた食材用リュックに用意されていた食材をできる限り詰めて。

みんなが玄関外に集まったのは、収まることのない揺れがもう当たり前のものとして慣れるくらいの時分だった。



「で、どうする?」

「どうやらさっきの揺れでだいぶ世界の地形が変わったみたい。不思議のダンジョンってやつだね。幸い道は続いてるし、行けるところまで行ってみようよ」


恐らく最初の大きな揺れと、今も続いている揺れは違うものなんじゃなかろうかとまゆは考えていた。


その大きな揺れは、この世界の配置換えの音だったのかもしれない。

こうちゃんなら、きっとそう言うおもしろいことをやりかねない。

そう思って口にした言葉に最初に頷いたのは美冬だった。


「そう言えば同じような揺れをこの世界に来て体験したことあるよ」

「まゆさんの推察も正しいかと。……確か、同じ班(チーム)の王神さんがそのようなことを言っていた気がします」


そして、それに塁が同意する。


「……っ」


と。

それじゃあどんな風に変わったのか探索してみようとまゆが口にするよりも早く。

塁の言葉に電撃打たれたみたいに反応したのは怜亜だった。



フラッシュバックするのは、屋敷に捕らわれる王神の姿。

おそらくは、それが怜亜にかけられた、この世界においての心配事。


塁や美冬と同じように。

やっぱり何かあったんだろう。

話して欲しいとは思うまゆだったけれど。

怜亜は、自分から助けとは絶対に言わないだろう。

どうすればその堅く閉ざされた心を開けるのか。

そんなことを考えながら……怜亜の事を凝視していたからなのだろう。



「……それじゃ、行けるところまで行ってみましょ。もたもたしてると、また敵がわいてくるかもしれないし」


怜亜ははっとなり。

取り繕うようにしてそんなことを言う。


「うん、そだね」


当然その言葉に異論はない。

気にしてない気づいてない振りをして、まゆは頷く。


その心中ではどうすれば天使らしいお仕事ができるのか。

まゆがここにきた価値となるのか、模索しながら……。



              (第277話につづく)







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