第97話、うれしい猫、忘れ去られし天使のアジトへ向かう



―――所変わって若桜高校。


 

「おーい、おきろーっ」

「……ふぁっ?」


ジョイは、自分に向かって呼びかけられたそんな声に反応して目が覚める。

見渡せば、もうすっかり放課後と呼べる時分で。

空の茜色もその濃さを増してきていた。


どうやら約束の時間よりも大分寝過ごしてしまったらしい。

ここの生徒らしい少女の膝の上にいたはずなのに、いつの間にか掻き消えたかのようにその姿はなく。

変わりに呆れた様子で賢が、ジョイを見下ろしているのが分かった。

 


「……あ、ケン。おはよー。もう放課後?」

「もうおはよーの時間も放課後も、十分過ぎとるばい。人が心配して探しにきたってのに、のんきなんだから」


少し疲れた様子で、賢がそう言うと。

ジョイはあははーとごまかし笑いを浮かべ、くるっと回転のオマケつきで人の姿をとる。

 


「いや、ちょっと誘惑に勝てなくてさ。さっきまで親切な女の子がいて、ボク膝枕してもらっちゃったよ」

「な、なんちーっ。う、うらやましかーって、いやいや。かわいかった?」


思わずその場のノリで、賢がそう聞くと。

ジョイは思い出すように首を傾げ、答える。


「うん。美人さんだったよ。濃い茶色の三つ編みで、海色の瞳のひと」


すると、羨ましさか何かに緩んでいたケンの顔が、すぐさま真面目なものに戻った。



「そっちから接触するとはね。正体はバレなかったとね?」

「う、うん。大丈夫だと思うけど。ばれたらまずいの? 知ってる人?」


ジョイがそんな雰囲気に戸惑うように、それでも危険な感じは一切しなかったんだよなと思いつつそう聞くと。

賢は実に曖昧な表情を浮かべ、それに答える。


「知ってるというか。おそらく同じトリプクリップの仲間たい。桜枝マチカって言うんだけど」

「そうなの? じゃあ挨拶しとけばよかったね」

「いや、それはしなくて正解だったかもしれんたい。下手したら騒がれてトランに気づかれてたばいね」


賢は、辺りを気にするように見渡しながらそんな事を言った。

仲間なのにどうしてと、ジョイが疑問に思っていると。

賢はそのまま説明するように言葉を続ける。

 


「実は俺も仲間たちに接触試みたんけど、やっぱりトランのやつの能力下にあるのは間違いないみたいとね。マチカは僕と同じクラスなんだけど、その……なんていうか、まるでシンカー落ちしてるみたいに、僕のこと忘れてて。……いや、忘れてるのとは少し違うとね。一言で言えば、カーヴを知る前の関係に近いかもしれんたい。他人とは言わんけど、互いにあまりいいとは言えない感情を持っていた頃……そんな関係にね」

「つまり、それがあのつるつるの人の能力ってこと? カーヴのことを知らないから、その副産物でもあるボクがその存在を示すのは危険ってこと?」


賢は、そんな纏めるようなジョイの言葉に。

見た目とは裏腹に何かむつかしい言葉遣いをするんだなと感じながらもそれに頷いてみせる。



「それじゃあさ。さっそくだけどその、マチカって人に会おうよ。賢にしたみたいにボクの力で能力解除してみせるから」

「うーん。確かにジョイの言う通りではあるんけど、今のマチカたちが『かけられた能力を解いてやるから』なんていうわけの分からない呼び出しに応じるとは到底思えんばい。というか、僕自身あんまり自信なかとね」


ジョイが勢い込んでそう言うと、そんな賢の実に頼りなさげな声が返ってくる。

ジョイはその様子に思わず首を傾げた。



「え、なんで? そんなの適当に理由つけて集めればいいんじゃないの。仲間でしょ、友達でしょ」

「いや……まあ、そうなんけど。そうね、背に腹は変えられんたい。とりあえずマチカを探そう。しゃくちゃんもコウもきっとそばにいると思うけん」


じれったそうに強い口調でそう言われ。

賢は思い切って決心でもするかのようにそう言ってみせる。

すると、ジョイは再び疑問符の浮かぶような表情をしてみせて。



「なんでその二人、そばにいるって分かるの?」

「ああ、うん。マチカってここが村だった頃からの大地主の娘さんで、結構なお嬢様なんけど、コウとしゃくちゃんはその大地主の分家の子供で、コウとしゃくちゃんは昔からそのなんていうの? 取り巻き、みたいな感じだったんだ。チーム組んでから最近はは、しゃくちゃんがリーダーになって、そう言う関係を忘れようってことになったんけど……ああ、そう言えば僕ってその頃から不思議と目をつけられてたばいね。理由は分からんけど。コウやしゃくちゃんとはよく喧嘩してたなー」


賢は途中から昔を懐かしむように、それでいて何だか少し寂しげにそう呟く。

何だかそれは、戻れない昔に対しての憧れのようなものが滲んでいると、ジョイには思えて。

 


「なんだ、やっぱり仲良しなんじゃん。喧嘩するほど仲がいいっていうしね。それじゃあ、早速マチカのこと、探そうよっ」

「そーんよか。思い立ったらすぐ行動たい」


賢はジョイの言葉にそう言って頷き。

いったん猫の戻ったジョイをつれ、マチカたちがいそうな場所を探すことにする。


だが……。

それはすぐに、無駄足に終わった。



「う~ん。やっぱりちょっと遅すぎたみたいばい。この時間だと、流石に家に帰ったか」

「うう~、ごめーん。ボクが寝過ごしたばっかりに」


放課後が過ぎ、フラフラと学校探索に出てしまったジョイを、さらに賢が探し回った分のロスもあったのだろう。

もうすでに学校内では、マチカたちどころかほとんどの生徒が残っていなかった。



「仕方なかと。ここに居残っててトランに見咎められんのも面倒たい。今日見た限りでは、みんな元気そうだったし、とりあえず家に帰るばいね」


もう、一刻もしないうちに日も暮れるだろう。

一日警戒しながら過ごした割にはあっけなくて。

逆に何も起こらなくて、正直肩透かしを喰ったような気分になる賢である。


それに、これでは相手が何をしたいのか皆目見当がつかないのだ。

これは長期戦を頭に入れて準備や対策を練る必要があった。


そのためには拠点も必要だろう。

賢は、その拠点をこの若桜町にある自宅に決めていた。



「家? この近くに賢のおうちがあるの?」

「まあね。ここ最近は仕事のほうが忙しくてあんまり帰ってなかったけど、ここから歩いて15分ってとこばい。どうする、一緒にいく?」


それは、ジョイに対する確認の言葉でもあった。

これから何が起こるかは全くわかっていない。


おそらく危険もあるだろう。

ジョイにも目的があるだろうし、必ずしも行動を共にする必要がないのは確かだったが。



「うん、もちろん行くよ。だって、『深花』のご本見せてくれんでしょ?」


当然のように、ジョイはそう言って笑った。


「あ、そか。ジョイはそのためにここに来たんだったばいね。よし、それじゃあ帰るけん」 


賢は、そう言えばそうだったなあと改めて思い直し頷くようにそう言って。

二人は、夕陽で伸びる長い影を連れ、その場を後にするのだった……。



            (第98話につづく)






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