第96話、赤いうさぎ、天使の末路を進みゆく


こんな大仰な仕掛けを使ってまで与えられた、リアの事を知る機会。


何故自分なのか。

真澄がそのことをそのまま口にすると。

ツカサは少しだけ迷ったそぶりを見せた後、それに答えてくれた。



「こういう言う上から見てるような言い方はしたくないんだけど……それは、そのままズバリ、真澄にその資格があるからさ。もっとはっきり言っちゃえば、この世界の……三番目の救世主であるリアには、真澄が必要なんだよ。『パーフェクト・クライム』に勝つためにね」

「え、『パーフェクト・クライム』? そ、それってつまり、ツカサは『パーフェクト・クライム』の正体、知ってるってこと?」


真澄は、そんなツカサの言葉に驚きを隠せぬままそう呟く。 

すると、ツカサは立ち止まり……じぃっと真澄を見つめ、口を開いた。



「……だとしたら、どうする?」

「どうするって。そんなの決まってるよ。『喜望』のみんなに知らせなきゃ」

「それを知ることが、イコールこの世界の破滅につながるとしても? 真澄はその責任取れる?」

「……」


慌ててすぐにでも知らせに行ってしまいそうな真澄を遮るように。

ツカサはぴしゃりと言い放つ。


その言葉には、凄みがあって。

真澄は思わず言葉を失ってしまった。

  


「……ほんとはさ、僕みたいなソレを知っている存在は、この世界でタブーなんだ。ソレを伝えてしまう行為は、未来を予知するのと同じ。つまり、何が言いたいのかというと、伝えた時点で未来は変わる。それも悪い方向に。……僕がリアとともにここから出ないのは、そう言う理由もあるんだけどね」


さらにツカサはそう付け足し、もうそのことは聞いてはいけないというかたくなな態度を示して言葉を止める。

 


知ることが世界の破滅につながる。

真澄にはその言葉の意味するところが良く分からなかった。


『パーフェクト・クライム』のことを知らないままで、それで世界を守れるのか、とも思う。

だが、そんな『パーフェクト・クライム』に勝つために、ツカサは真澄が必要だと言う。


それが真実であるのか保障はどこにもなかったが。


それでも真澄は。

そのとき何故か、その言葉を信じてもいいか、と思っていた。

何の根拠もなく、信じるべきかどうかなのはそのツカサの言葉のみだったけれど。


今やもう何もかも失ってしまった自分が必要であると、そう言われて。

少しだけ救われた気分になったからかもしれない。




「わかった。『パーフェクト・クライム』の事は聞かないことにするよ。それより先に、もっと詳しくツカサが僕に何をさせたいのか、教えて欲しいな」


そして、真澄が改めてそう言うと。

ツカサは心なしか嬉しそうに尻尾を振った。



「うん、ありがとう。こんな僕を信じてくれて。それじゃあ、今度こそ本題に入ろうか。さっきも言った通り、これから真澄にはリアの見たこと体験したことを、知ってもらいんだ。そして願わくは、これからの彼女の道を指し示し、支えになって欲しい」

「リアの支え……僕が?」


呆けたように、自分でいいのか……そんな気持ちを真澄が捨てきれずに反芻すると。

ツカサははっきりと肯定の意思を見せて、頷いてみせる。


「うん、そうさ。この世界で、リアができることは見ていることだけなんだ。舞台の袖から、自分の出番が回ってくるのをね。でも、一度出番が回ってきたらもう二度と、今の安息には戻れない。それどころかリアは、リア自身の個すら失うんだ。だから。だからせめて真澄に……彼女がここにいたことを知っていて欲しいんだよ」

 


―――まいそでの救世主(メシア)。


誰がつけたのかは分からないけれど。

その言葉は、きっと今のリアを的確に表しているのだろう。


リアのことを知り、その支えになることについては自分でいいのかという気持ちは拭えないまでも、そうしてみたいとは真澄も思う。


だが、真澄にはそれでもまだ気にかかる点があった。



「分からないことがあるんだ。どうしてリアは、こんなところにいて。見ていることしかできないの?」


それは暗に『パーフェクト・クライム』のことを知っているのなら、リアが……ツカサが何とかできるんじゃないのかという意味も含まれていて。

 

それに対し、返ってきたのは……ツカサの怖れだった。



「文字通りさ。『パーフェクト・クライム』はほんとにおそろしいんだ。今の僕たちじゃ、見ていることくらいしか術はないんだよ。もう物語の筋書きは決まっていて、僕らにそれを書き換えることはできない。できるのはせいぜい、こうしてみつからないように、次のための準備をするだけ……」

「……」


ツカサがそう言いながらも本気で怯えているのを感じ取り、真澄は何も言葉を返すことができない。

だからその時、そのツカサの言葉のうちに、真に恐ろしい意味合いが含まれていることに、真澄は気づかなかった。

 


「だからってわけじゃないけど。ここでもう一度聞くよ。この先へ進めば……真澄、きみも後戻りはできなくなる。これから体験することは、きっと真澄が思っている以上に生易しいものじゃないんだ。引き返すのは今のうちだよ。ここで引き返せば、真澄が辛い思いや重責を負うこともない。僕やリアのことは忘れて、舞台に戻ったほうがまだ、幸せかもしれないから」

 

ツカサは、その先に何かが待っているとでも言うように。

ブロック塀で塞がれた丁字路のところで立ち止まり、振り返るや否やそんな事を言った。


おそらくツカサは、その選択を真澄自身にさせたいのだろう。

それ以外に深い意味はなかったのだろうが。

その物言いは、真澄の燻っていた、僅かに残っていた迷いを打ち消すのには十分な効果を持っていて。

 


―――お前は生きろ、真澄!

 

フラッシュバックするのは、そんな敏久の言葉。

自らの意思よりも先に、自らの安全と平穏を押し付けられたのだと。

真澄がそう思って止まないフレーズだった。

 

 


「……やだ。ここまで話しておいて、今更そんなこと。僕はもう二度と、許したくない」


それは、とても強い意思の篭った言葉だった。

真澄の真紅の瞳が、燃えるように夜と雪の世界に映える。


ツカサはその言葉とその瞳に、揺るぎないものを感じとったのだろう。

深く息を吐くように、再びその口を開く。

 


「……分かった。意思は固いみたいだね。それじゃあこの道を右に、そのまままっすぐ進むんだ。僕はここで待っているから。全てを真澄の目で、心で体験してほしい」 

「うん。ツカサは、行かないの?」


そう言ってそこでぴたりと立ち止まるツカサに、真澄は何気なくそう問いかける。

すると、ツカサは今までになく苦い顔をして。


「もう僕は知っていることだからね。それに、分かっててもう一度体験できるほど、僕の心は強くはないから」

「……」


それは裏を返せば、二度は体験したくないものがこの先にはあるということで。

ツカサにはそのつもりはなかったのだろうが、真澄の二の足を鈍らせるのには充分な効果があった。


でも、それで躊躇してしまえば、自ら宣言したことが嘘になってしまう。

 


「……それじゃ、僕一人で行ってくるよ」


故に真澄は自分を叱咤するようにそう言って。

右へと折れる形で、ブロック塀に挟まれた、死角の辻とも呼べそうな細く闇の深い通りを歩いていく。




「……頑張って。それから、巻き込んでごめん」


だから。

そんな小さなツカサの呟きは、最後まで真澄に届かなかった。


片手を挙げ、雪の花をまとわせ歩み進める真澄を。

ツカサはただ、じっとみつめていて……。



              (第97話につづく)









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