第57話、『ネセサリー』だいすきクラブ会員証


「で、これが控え室やら前室を含めた、通行のパスね。これがあれば『ネセサリー』に関連する、全てのライブをただで見ることができるゴールドなアイテムだ。……大事にして、尚且つ無くすなよ」


そう言ってから、ちくまとカナリにそれぞれ手渡したのは。

緑色の紐に黒の止め具のついた、首にかけるタイプのカードパスだった。


「あっ」


カナリは、ケースの中に入っている通行証のようなものに目を止めて、はっとなる。


そこには、『ネセサリーだいすきクラブ特別会員証』と書かれていて。

ゴールドメダルのように輝く、みゃんぴょうが何故かプリントされていた。


そのみゃんぴょうは、いわゆる握手のポーズ(しっぽで握手)をとっており、そのギザギザのしっぽには『21番』と黒字で記されているのが分かる。


二人には知る由もないが、このパスはまさしくネセサリーの一員だという証で。

ファンが喉から手が出るほどにゲットしたいパスなのである。



「さて、そんなわけで後はちょっと任せた。ちくまもカナリも頑張って見学してくれよな。それじゃ、音合わせ行きましょうか。稲葉さんと峯村くんの腕前拝見ってことで」


そして、カナリがそのパスに魅入っている間に、知己はそう言って、圭太たちとともに控室を出て行ってしまう。





「ちなみに、オフィシャルスポンサーでやんす」


後を任された法久は、そこでようやく口を開いたかと思ったら、そんなことを呟く。

それはつまり、これが勝手にプリントしたものではなく、正式なブランドとということで。


同じくそれをもらったちくまは何番なんだろう?

そう考えて盗み見たちくまのそれには、燦然と輝く『20番』の数字。

明らかにカナリのものより、若い数字だった。



「ちくま、その今もらったパス、交換してくれない?」

「うん、いいよ?」


多少首を傾げつつも、そんなカナリの急なセリフにも快く応じるちくま。

些細なこだわりではあったが、それに内心カナリが喜んでいると。

それに気づいた法久がそれを察したみたいにニヤリとほくそえんだ。



「な、何よっ」

「むふ、よかったでやんすね。同じ番号のものは再発行していないから、大事にするでやんすよ~」

「う、うん」


その笑みがあまりにも人をくったようだったから、思わずカナリはそう言い返してしまったが。

法久は反発してくれないので、どうも自分が空回りしているように見えてしまう。

たぶん法久は、そこまで把握しつつそんな態度を取っているのだろうが。

そうなるとカナリには、曖昧に頷くことしかできることはなかった。

なんとなく打てば響いてくれる知己よりも、扱いづらい相手だなと思いつつ。



「さて、知己くんにも任されたので、これから二人にやってもらうことを具体的に説明するでやんすよ。」

そして、ふわりと浮き上がり、気を取り直したかのようにそう宣言する法久に、

あらためてカナリとちくまは注目した。

今日この場で何をするのか、なんとなく大まかには教えられた気もするが、

詳しくは説明されていなかったので、それは是非とも知りたいものだったからだ。



「とはいっても、そんなたいそうなものじゃないでやんすけどね。そのパスは、チケット代わりにもなってるでやんすから、それを売り場の人に見せて指示された観客席に向かい、そのままライブを楽しんでくれればいいでやんす。……後は、前にも言った通り、ライブを通してカーヴとは何たるかってことを感じ取ってほしいのでやんす。まあ、それが目的の一つでやんすかね」

「ひとつ? 他にも何かやることがあるんですか?」


そんな法久の説明にちくまがすかさずそう返すと、法久はちょっと重々しく頷いた。



「でもってもう一つは、パームがやって来た場合のフォローでやんすね」

「ちょっと待って。まさかこんなに人がたくさんいる所で?」


気づけばカナリは、驚いたようにそう声を上げていた。

確かにカーヴ能力者同士が一戦交える時は異世を展開し、無関係の人間を巻き込まないのが暗黙のルールではあるが。

果たしてそれをパームが守るのだろうか、ということだ。


今まではたまたまそういう人の多いところで戦う機会がなかっただけであり、そのルール自体が既に、『パーフェクト・クライム』という存在によって破られているのだから。


カナリはそこまで考えて、今日のネセサリー班(チーム)この行動自体が多くの人を巻き込みかねない大変危険なものではないかと、改めて気が付かされた。

一体何を考えているのか、そう思うのも当然だろうと。



「ま、そうでやんすねえ。たぶん来ないとは思うでやんすよ。一応でやんす。何せここに来ることは、パームにとってリスクが高いでやんすからね」


すぐにそう答えた法久だったが、流石にそんな曖昧なものでは納得できるはずもなかった。


「リスクってなんですか? 下手をすれば多くの人が傷つくかもしれないのに、

どうしてこんな」


だから当然、カナリはそう口にする。




「それは、そう。カナリちゃんが今言った通りでやんすよ。もし、この無関係な人が多くいるこの場所で何かが起こった場合、警察も当然動くでやんすからね。パームだってそれはよしとしないと思うのでやんす。加えて、戦略的な観点から見ても、標的の対象外が不確定多数いる場所というのは何が起こるか分からず、それは失敗につながりやすいでやんすから……もしおいらが敵の立場だとしたら、今ここで攻めることはしないでやんすね」

「……」


法久のいつもの長ったらしい説明に、二人は黙って聞き入る。

戦略というものの上では何の関係もない一般人ですら駒とみなすようなその言い方に、言葉を失ったというのもあるかもしれないが……。


そうやって来ない事を証明しているのに、じゃあどうして来た時のフォローを自分たちに頼むのか、それが分からなかったというのもあるだろう。



「で、それでも敢えてお二人にフォローをお願いするのか、でやんすが。それは簡潔に言えば、相手にとっておいしいと言える餌を用意して待ってるからなのでやんすよ」

「エサ? それって」


なんだろう? とちくまが呟きかけ。



「まさか知己さん……ううん、ネセサリー自体のこと?」


それに答えるように、言葉を発したのはカナリだった。

法久は、その通りだと言わんばかりに一つ頷く。


それは、今までの行動でなんとなく思い立ったことでもある。

知己はここに来るまでの道中、シークレットゲストでありながら、『ネセサリー』が来ているということを強くアピールしていた。


もし、パームが『喜望』のメンバーを付け狙っているのなら、気づかないはずがないほどに。


だが、カナリはそう口にしたはいいが、果たしてそれで餌になるのかが疑問だった。


何せパームは、極力知己の前には姿を現そうとはしない。

現れた時は、どれも敗北につながっているというのもあるだろう。



「でも、知己さんはすごく強いし、ここは戦いづらいんでしょ? それじゃあ、やっぱり来ないんじゃないの?」


そんなカナリの心情を代弁するかのようにちくまがそう言ったが。

しかし法久はそれに対して軽く首をふった。



「歌は戦いの道具じゃない……昔、『位偽(くらぎ)』と言う派閥のトップが、ある歌合戦の出場辞退したときに、言った言葉でやんす。その時は、誰よりも好戦的で、タラシ(関係ない)のお前さんが何抜かしてるでやんすかって思ったでやんすが……それはカーヴ能力者の中ではある意味純然たる事実なのでやんすよ」

「それって」


ふと浮かんだのは、カーヴと歌うことは違う、カーヴとはなんたるかを教えてやろうという知己の言葉だった。


「それは何故かと言うと。カーヴ能力者にとって、歌を歌う、演奏する。ライブを行っているその瞬間こそが、もっとも無防備な瞬間だからなのでやんす。……だから、パームにとっては罠を用意して待ち構えられていたとしても、千載一遇のチャンスだと言えるのでやんすよ」

「そっか。それで、そのときのために僕たちがいるんだ」

「……」


法久の決定的な言葉に、呆然そう言うちくまと黙り込むカナリ。


ライブを行っている時に何故無防備になるのか。

それについては感覚的にはよく分からなかったが。

自分に与えられた役目は想像以上に大きなものなのだと、二人は理解したからだ。



「そしてもし、これでパームが来るようなことがあれば……『喜望』はパームを赦す事は金輪際ないでやんすね」


法久のそんな言葉が、やけに重々しく辺りに響く。

ちくまはそれ以上何も言えず、思わず息を呑んだ。


それは。

言葉の意味以上に強く心のこもっている、そんな言葉だったから……。



              (第58話につづく)








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