第444話、思い出が増える程に、少し怖くなる。形には残らないものだから……



スタジオを飛び出すや否や知己は。

不意に切れてしまうかもしれない恐怖と戦ってるだなんて微塵も見せずに。

余裕を持った振りをしつつ、世界で最も大切だと思えるその電話に出る。



「もしもし、どした? 何だか随分と久しぶりのような気がするけども」

『……っ。ほんとは、そんなつもりじゃなかったのだ。で、でも一応伝えとかなきゃ、いけないと思って』



そんな気軽に、ほいほいと電話するほど暇じゃないのだ、なんて。

どうあがいても似合わない、ツンデレ発言。

当然、完全にやられてしまっている知己にままったくもって通じず、いつもと何か違ってかわいいなぁ、なんて思っていたが。


用事のあるなしに関わらず、仕事だろうが何だろうが、いつだってかけてきてくれていいと言い含めてあったのだけど。

今回ばかりはどうやら、伝えるべき用事があるらしい。


『あおぞらの家』に顔を出せとか、そんな内容だろうか。

言われなくても定期的に、美弥と子供たちに会いに行くために参っているわけだから違うか、なんて思っていると。

電話越しの美弥は、彼女なりにごくりと息をのんで、一大決心でもするみたいに口を開く。



『【天下一歌うたい決定戦】って、しってるのだ?』

「ああ、うん。そうだった。出るつもりだったんだけど、急に出られなくなっちゃってさ、見に来るって話? たいへん申し訳ないのだけど……」

 

どっちにしろ、出られなくなってしまったことを連絡しなくちゃならなかったか。

それを察してくれたわけでもないのだろうが。

手間が省けたと平謝りで、ドタキャンを伝えようとして。


『え? そうなのだ? ともみ、出ないの? そっかぁ、それは残念なのだ。……って、はっ。それはそれで一大事だけど、そうじゃなくて。いきなりでなんなんだけど、みや、出場することになったのだ。それで、そのう。友だちと出ることになったからともみとは出られない言おうとしたんだけど、ともみが出ないっていうのなら、かえってよかったのかもしれないのだ』



百面相しているのが手に取るように分かるほどの、しかし知己にとってみれば予想もしていなかった衝撃の言葉が返ってくる。



「えぇっ!? マジでっ!? 美弥出るのっ、よりにもよって!? だって言ってたじゃん! 人前で歌うのはどうにも恥ずかしいのだ、ってさぁ」


なんてこったと。

早くも前言撤回で、オヤジの頼みなんて忘れ去って、舞台に出しゃばってやろうかとも思ったが。

よくよく聞くと、どうにも友だちに誘われたから、とのことらしい。



美弥は、けっして友だちが少ないというわけではないのだが。

はて? そんな音楽に明るい、美弥を大会に誘うような友人などいたっけかと、内心で疑問に思いつつも。


それでも出ること決めた美弥の心持ちを知りたくて、知己がそう問いかけると。

しばらく逡巡があった後、何でかまた気合でも入れるみたいに勢い込んで、美弥が答えてくれる。



『えっと、その。友だちがね、『ネセサリー』に、ともみにあこがれてて、ともみたちみたいに舞台に立ちたいって。……だけど、彼女はひとりぼっちだから、手伝ってあげようって、そう思ったのだ』

「……」


一字一句、考え考えながらのそんな美弥の言葉。

元より嘘がつけるようなタイプじゃないし、その言葉に嘘はないのは確かだろうが。


そんな美弥に完全無欠にやられてしまっている知己は。

考えに考え抜いた上のような美弥の言葉の中に、知己には言えないようなこと、隠したそうにしている事情があるらしいことがよくよく分かってしまって。



その、友だちの誘ってくれた娘が。

どんなにすごくて、歌がうまくて、将来有望どころかすでにデビューもしていて。

新しい世代の歌姫とも呼ばれている、だなんて。


美弥の、そんな突然の友だち自慢を。

全然知らない娘だとはいえ、何だか久しぶりに美弥が饒舌に話してくれるのが嬉しくて。

しっかり耳に入れ、相槌を打ちつつも。


一体何を隠したいのか。

あるいは、あまり言いたくない事とはなんなのか。

知己は内心で、考えてみる。




『ネセサリー』に、知己に憧れている、といった点に着目してみると。

美弥はその友達を、知己に紹介したいのかもしれない、なんて結論に至る。

もしかしなくても、どこかで見て、聴いてもらっていて。

ファンになってしまった……あるいはそれ以上になってしまって。

会わせて欲しい、だなんて言われたのかもしれない。



美弥という彼女がありながらそんな事を言ってくるだなんて、本当に友達なのかどうか。

知己としては、疑問に思ってしまう所だが。

本当に本当の仲良しで、だけど本当に知己のことが好きであるのならば。

会わせるくらいは、なんて美弥が思ってしまっても、おかしくはないだろう。



(でもな、こう言っちゃなんだが、そこまで親しい友だちいたっけかなぁ? 意外と同年代の仲良しさん、知らないんだよなぁ。……はっ、もしや。もしかしなくとも、年下のかわいい女の子だったりするのかっ!?)


美弥が何よりも一番であることは間違いないのだが。

そんな美弥たってのお願いであるのならば、会うことくらい全然少しも吝かではないと。

美弥のそんな友だち自慢の間断を縫って、内心のテンションのまま知己は声を上げる。



「ふむふむ。そうか、【位為】からデビューしてる娘なんだ。100年に一度の逸材で、デビューしてすぐ若い子を中心ににカリスマ的人気があるとな。【位為】かぁ。めちゃくちゃ大きい派閥、レーベルじゃんよ。そこんとこのロックンローラーを地で行くボスのことなら知ってはいるんだけどなぁ。ええと、その娘の名前は?」

『……え? あ、そか。かんじんなこと忘れてたのだ。【於部(おいべ)みなき】ちゃんっていうのだ。知り合ったのは、その、えと、きくぞうさんの散歩の途中で会ったっていうか、お散歩仲間だったのだ」



直接的に訊くのは、空気を読めないことにかけては筋金入りな知己でも、流石に憚られたようで。

遠まわしに、手始めに聞いたのは、友だちだと言う彼女の名前。


聞き覚えがあるようなないような。

記憶を掘り起こすように考えて考えていたら、すぐにその答えは出た。



            (第445話につづく)






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