第445話、ストライクゾーンから外れていると思っていたけど、勝手に理不尽な上方修正


美弥の友達で、しかも『天下一うたうたい決定戦』に出られるくらいに、音楽に明るい人物。

そんな娘いたっけなぁと考えだしてしばらく。

何故だか朧げながらも知己の中に浮かんでくる少女の姿があって。



「あ、そう言えば聞いたことあるかも。『位為』のボス、大将の寿一さんが確か……『この俺様が珍しく手ずから育て、プロデュースしてやった』とか、自慢してたっけ。きっと、その娘じゃないかな。って、美弥。そんな娘と『天下一歌うたい決定戦』に出るの? すごくね!?」

『あ、うん。そのう、みやがその、ともみのこと、よく知ってるってお話したら、どうしても会いたいって』

「ほほう。この己に会いたいとな? でもさ、それって美弥がその娘と大会に出る理由になるのか? 美弥のお願いなら、わざわざそんな回りくどいことしなくても、直接会うくらい全然構わないんだけど」



実は避けられているのか、知己としてはしっかり面と向かって会ったことはなかったりする、『位為』の長、更井寿一(さらい・じゅいち)の。

『喜望』の長梅垣大吾に対する、そんな自慢話。


所属は『位為』とのことであるし、そんな『位為』の秘蔵っ娘が美弥の友だちで間違いはないのだろう。

もちろん、会ったことなどないが。

彼女の人となり諸々は、何とはなしに思い出すことができたわけだが。




そんなことよりも。


ただ自分に会いたいというだけで、かなりの狭き門であると言える、『天下一歌うたい決定戦』へ出場を決めて。

尚且つその出場メンバーに、実力は未知数で(と言うより、知己からすれば何よりの一番は美弥であるからこそ、一般的な評価は分からないと言える)、実績のない美弥を入れることができるのかと。

友情パワーとは、そんなにも凄いものなのかと。

知己は疑問に思ってしまって。

思わずそんな事を聞いてしまう。




『あ、ええと。あれなのだ。アーティストとしてのともみに、【ネセサリー】と同じ舞台に立ってみたいってことなのだ。そ、それに、いっしょに出たいっていったのはみやのほうだから……』

「……アーティストとして、ね。これってもしかして、己めっちゃ恥ずかしい勘違いしてたっぽいね。なるほどなるほど。しかし、うん。美弥から一緒に出たいって言ったんだ。あれだな、ようやく美弥さんが宇宙一の歌姫として世間に知らしめ広がっていく時が来たってことだな」

『宇宙いちって。大げさどころのはなしじゃないのだ。ともみも、みなきちゃんも』



照れて戸惑っている美弥の様子が、会話だけでも手に取るように分かるほどだが。

そんな風に褒められ持ち上げられて。

満更でもなかったからこそ、美弥は出場を決意したのだろう。



(と言うか、ふむ。うちの美弥をそんな風に称する人が他にもいたとはね。なかなかどうして、見どころがあるじゃないの。その娘も)


美弥のスゴさ、素晴らしさに気づくとは、やるなぁと。

もしかしたら、同好の士になれるのではないかと。

知己は内心でその、『みなき』という娘のことを、上方修正していた。



同じ出場者という立場ではないが、現場で会うくらいならば可能だろう。

であるならば、早速『そう』伝えてもらおうと、思い立ったところで。

知己はそもそも自分達が、『ネセサリー』がどうしてそもそも出場できなくなってしまったのかを思い出す。




「あっ、ちょっと待って。それって、もう一度確認するけど、表側というか、表舞台のハナシだよな?」

『おもて? 大会におもてとかうらとかあるのだ?』

「ああ、いや。そんなことはないんだけどさ……やっぱり美弥、出場辞退するってのは、ダメだよな?」

『辞退? ともみたちみたいに? っていうか、ともみたちだっていきなり出られませんなんて、ありなのだ?』

「……う~ん。ま、オフレコだけど、上からのお達しでなぁ。代わりの人達もう決まっているとは思うけど、確かにそうだよな。己たちはあくまで例外中に例外であって、そう簡単に辞退できるものじゃないんだよなぁ」



逆に言えば、出たいからと言って出られちゃう美弥って、もしかしなくても改めて凄いんじゃなかろうかと。

知己はしみじみ思ったが。


そうなってくると、目下心配なのは。

裏で暗躍するであろう存在の事である。

本音を言えば、少しでも危険のある場所へと美弥を向かわせたくはなかったが。


そんな美弥の意思で出場を決めたと言うのならば。

そんな彼女のことを、縛り押し留めることなく尊重してあげたいのは確かで。




「よし、分かった。どうせ元よりそのつもりではあったし、己が、己達が美弥を裏方としてサポートしようじゃないか。安心してその友だちと、『天下一歌うたい決定戦』を楽しんでくれたまえ。きっとその時に、顔合わせくらいは出来ると思うしね」

『……うん! よろしくお願いします、なのだっ』



舞台の裏で……異世で繰り広げられる、全くもって意味を見い出せない戦いのことなど、気にするどころか知る必要もない。

美弥が楽しんで、友だちとの舞台を、無事に終えられるように。

全力をもってサポートする。守っていくのみであると。


ドン、と胸を叩いて宣言すれば。

すぐに嬉しそうな、美弥の返事が帰ってきて。



(そうなってくると、早速メンバーとの打ち合わせが、擦り合わせが必要になってくるな)


こんなにも長い時間、電話越しに話したのも久しぶりで。

最近ちょっとご機嫌斜めと言うか、美弥なりにつれない感じがしたのは。

やっぱり気のせいだったのかなぁ、なんて。

やっぱり好きなんだなぁって。

自然と表情を緩ませつつ。




知己は美弥との会話を終えて、バンドメンバーの元へと戻っていく。

そして、開口一番裏方の仕事というか、美弥を護るためのサポートメンバーにつくことを宣言したわけだが。




「いきなり何を言い出すかと思えば。それで他の罪のない表の人間が、警備の穴を突かれて何かしらの被害があったらどうするんだ」


なんて、にべのないナオの言葉が返ってきて。

それでも恥も外聞もなく、そこんところをどうにか、こうにかと。

土下座する勢いで頼み込んで。



「……ったく。言い出したら梃子でも動かないんだから。それでも、ずっと一つのアーティストにつきっきりは無理だぞ。知己がいない間は、仕方がないから僕の方で何とかするから」



見ろ、これが正真正銘、スタンダードな『ツンデレ』だぞ美弥。

などとは、ナオの前では口が裂けても言えなかったが。


それでもどうにかこうにか、ナオのやさしさで。

美弥が『天下一歌うたい決定戦』を楽しむためのサポートを、しっかりと行うことができそうで……。



            (第446話につづく)









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