第446話、悲しみは半分に、嬉しさは二倍に。そんな二人だって思っていたのに
いつからだろう。
その言葉で言い表すことのむつかしい、痛みにも似た、消えてしまいたくなるような負担を強いられるようになったのは。
いつからだろう。
その、魂をヤスリで少しずつ少しずつ削っていくかのような恐怖が。
だんだん、だんだんと大きく成長していっていることに気づいたのは。
彼女は、ごくごく最近になるまで。
それが誰しもが生きていく上で我慢しなくてはならないものなのだと思っていた。
生命を育み、繋いでゆくための試練と同じものであると。
少なくとも、カーヴ能力をその身に秘めし者たちの中では、当たり前の義務のようなものなのだと、そう思っていたのだ。
しかし、それはどうやら、彼女だけのものであったらしい。
しかも、そのじわりじわりと肥大してゆく原因は、この世で一番大好きな人と一緒にいることで成されるといった、純然たる事実にも気づいてしまった。
その事に気が付いたばかりの時は。
それこそが愛であるのだと、信じてやまなかった……いや、既に手に負える範囲を超えてしまっている、その感情のようなものに溺れ沈みゆく今であっても、その言葉だけは疑ってなどいなかったわけだが。
いつまで続くかも、いつ爆発してもおかしくない、正真正銘の愛のかたまり。
どうして自分だけがこんなにも大変な、しんどい目に遭わなければならないのか。
他の子も、一番大好きなあの人も。
彼女から見れば、あっけらかんとしているように見えて。
辛く、きついことなんかないように思えてしまって。
あるいは、彼女のように。
そんな苦労を、葛藤を、表に出さず隠すことがうまかっただけなのかもしれないけれど。
とにもかくにも、ずっとずっとしんどいのが続いていたのだから。
たまには休んだっていいよねって。
魔が差したことは、間違いないのだろう。
そのきっかけは、真実か虚実であったのかはともかくとして。
ドッキリめいた、それこそ愛を確かめるかのような提案によるものだった。
『天下一歌うたい決定戦』に出たい。
だけどせっかくだし、とびっきりのサプライズを用意しよう。
友達になったばかりの彼女にそう言われて。
「内緒のサプライズだから、ひとりで来て欲しい」
なんて言葉を、表面的には鵜呑みにして。
それでも、いつでもどこへだってついてきたがった家族同然のかわいい彼女を出し抜いて置いていって。
彼女はひとり、友達に会いにゆく。
後ろめたさと、申し訳なさと。
我が儘な自分をひた隠しにして。
―――あなたは、本当に愛されているのだと、その愛は本物であるのだと、自信が、確信が持てますか?
彼女にとって、できたばかりの友達は。
彼女が持っていないものを全て持っている、理想を体現したような存在だった。
だけど、友達の彼女は。
彼女はたったひとつ持っているものが、どうしても欲しいらしい。
もったいぶった、悪戯なその台詞の内側にある、本当の意味にもちゃんと気づいていたのに。
彼女は自分の我が儘を叶えるためにと。
そんなこと、知らないふりをして。
「もちろん」、と返した。
そうすれば当然、返ってくるのは。
―――その意気や良し、それじゃあ試してみましょう。
悪戯の、一世一代のドッキリの擦り合せ。
友達の彼女は、それが楽しくて嬉しくて仕方がない様子。
対する彼女は、やっぱり心内で。
友達に対して、いたたまれなさを感じつつも。
そんな台詞に、頷いて見せて。
それじゃあ早速、とばかりに。
紡がれる歌は、正しくも友達の彼女が言葉にしたような。
愛を信じ、心から祝うことが果たして可能であるのか……なんて歌で。
その時彼女が気づいたことは。
本当のところは、友達の彼女も。
彼女自身と同じ人を好きになってしまった、と言うことと。
どうあがいてもその想いは叶わない、なんて。
優越感にも似た、事実で。
今となって、後悔の波濤に苛まれる中、考えたこと。
その時はっきり現実を突きつけていたのならば。
すべてを焼かれ、失うことにはならなかったのではないか。
そんな、可能性。
自らの過ち、愚かな自分本位に目を背けたくて。
自分を守るように、そのすべてを忘れていたと言うのならば。
それは正に。
『いいわけのしようもない罪』であると言えて。
彼女は、そんな自身の罪をはっきり自覚させるためにと。
黒い炎に焼かれながら。
紐解くように、そのひとつひとつを思い出していく。
彼女の我が儘に、圧し潰されるかのように。
世界のどこにもいなくなってしまった、友達の彼女を取り戻して。
もう消えぬようにと、刻み込むかのように……。
(第447話につづく)
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