第411話、すりむいた胸の奥に、痛みはあるけれど。可愛らしい戯言に救われて
「……先手はいただこう! 『オーバードライブ・リオ』っ!!」
昏(くら)い虹色のアジールの幻惑か。
まさに魔王的なほどに大きく見える知己の開ききった左の手のひらから、開幕お約束の、凍てついてしまう波動のごとき先制攻撃が繰り出される。
それはもう、幾度となく目にした極太虹色の円柱(シリンダー)型のレーザーである。
ひとたび受ければ自称『パーフェクト・クライム』であるきくぞうさんだとてただではすまない。
……何でどうして突然こんな展開になっているんだ。
やっぱり知己のやつはどうしようもなく度し難いと。
もはやぼやき言葉を発するばかりの黒猫ナオを、より一層しっかりと抱えてみせて。
きくぞうさんは軽み身のこなしで、敢えての直線的なそれを飛び上がることでかわしてみせる。
「おおぉっ! とか言いつつずっと己のターン! 『オーバードライブ・リオ・対空』っ!!」
するとすかさず対空、きくぞうさんが飛んだ方向に向かって次撃が飛んでくる。
きくぞうさんはそれを、犬らしくなくキャットウォーク……都市伝説的な猫が狭い道を歩く時に使う中空に浮かぶ見えない壁をアジールで再現し、反動つけて急降下することで回避する。
以降は。
ある意味単調なそれらのヴァリエーションに富んだ、しかし直線的な攻撃、回避の繰り返しであった。
もはや虚勢を張って言葉は出るものの、少女の腕の中で見守っているくらいしかできないでいるナオにしてみれば。
どうしたって死が近くにあって、とてもそうは見えなかったが。
ぬるい……女子供、ちっちゃいのとかわいいのにとにかく弱い知己からすれば、まさしくらしいそれに。
きくぞうさんは理由を、意味を見出そうと考え込んでいた。
(ヘタレな知己が、わたくしたちを攻撃できないのはわかりきっています。しかし、いたずらに時間が過ぎていくのもよしとはしないはず。ならばこの下手すぎる芝居は一体……)
自身のことを棚に上げていることを。
極力考えないようにしつつ、突如始まったこの茶番の答えを出そうとする。
闇色虹のレーザーの間隙の中、答えを求めて知己の方を伺うと。
知己の方も同じように間断なく攻撃を繰り出しながらも、ずっと何かの答えを探して悩み込んでいるのが分かって。
(……まさか、この茶番を受け入れようとしているとでも?)
ナオの……いや、きくぞうさんの何においても一番の目的は。
思えばきっと初めから。
いたずらに、無為に時ばかりが過ぎていくことで。
それを確かに望んでいたはずなのに。
いざ、目の前の知己がすべてを諦めて、受け入れようとしていることに気づいてしまったら。
かえっていてもたってもいられなくなってしまうきくぞうさんである。
「まったく。相変わらず甘ったれクリーチャー甚だしいですね、あなたは。いつだったそうでした。魔王さまに傷ひとつつけられない!」
「……っ」
それは一見すると、ちぐはぐであべこべな、売り言葉に買い言葉で出てきたしまったセリフのようにも聞こえた。
事実、ナオにとっては意味の分かりえないものだったわけだが。
今の知己にとってはそうではなかったらしい。
まるで痛いところをつかれたみたいに。
一瞬、虹色の奔流がやんで。
「選ばれし勇者が。嘆かわしい。聞いて呆れますねぇ」
「……うるせえぇぇっ!! そんな、小っ恥ずかしいのなんか、知るかああぁぁぁっ!! だって、だってよ。しょうがないじゃないか! かわいいんだから! ものすんごく好みなんだから!! 無理に決まってるだろぅがいっ!!」
それは。
きくぞうさんと知己だけに通じる、じゃれ合いにも等しい口喧嘩。
間髪を置かず昏き虹色と、それをひらりひらりとかわす攻防が続いたが。
理解は及ばずともそれが、奥底にしまってあった本音と本音のぶつかり合いであることはナオにもよく分かって。
「……だったら! まるごとすべてを包み込み、抱きしめればいいじゃないですか! 戦い、傷つけあうことだけがすべてではないでしょう! 傷つけたくないから傍を離れる。それはただのヘタレな逃げであることにどうして気づかないのですかっ!」
「そ、それはっ。そんなこと……い、いや。可能、なのか?」
「……っ!」
誰にも悟られぬままに時を、世界を繰り返し続けた弊害か。
今がいつ、何度目何回目かも曖昧になってきていたナオは。
そんな二人のやりとりにはっとなる。
きくぞうさんはもしかしたら。
そのたった一つの冴えたやり方を知っていたわけではなかったのかもしれない。
絵空事で、空想めいていて。
夢のように願う、戯言だったのかもしれない。
しかしそれは、確かにもっとも難しくて困難で。
だけど一番可能性のある、『愛を以て制する、昇華する』こと、そのものでもあって。
「知己。あなたなら、それができるはずですよ。わたくしが『そう』だと見込んだ唯一の男なのです。どんな嘘も、無茶も無謀も壊し、乗り越えられると。このわたくしが信じているのですから」
「……っ」
気が付けば儚い昏い虹は。
その身を潜めていて。
包み込むようなきくぞうさんの言葉を受けて。
知己の魂に新たな火が灯るのをナオも感じ取っていたわけだが。
「……もう、遅いんだよ。何もかもが、気づくのが遅すぎたんだ。今更、そんな妄想は叶わない」
灯った希望を一瞬にして無に帰すような、本当に最後で最後の茶々入れ。
―――結局、こうなるのか。
面倒くさい悪役。
貧乏くじを引くのはいつだって自分の業で、役目なのだと。
多分すぎるほどに諦観を込めて。
ナオは知己に取り戻せないはずの現実を突きつける。
「……それも含めてさ。やってみなくちゃわからないだろう? どうやら己は、不可能をも可能にしてしまうすんごいいい男のようだからな」
しかし、一度点いた魂の火は消えない。
知己は折れなかった。
このまま手をこまねいて、何もしないでいたら。
知己は宣言通り、不可能へ向かってただただ歩みを進めるのだろう。
ナオはお手上げ、とばかりに深い深いため息を吐いてみせて……。
(第412話につづく)
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