第412話、みゃんぴょうガールな一曲を、いいわけにしてめざめる
ナオはまったくもって猫らしくなく。
お手上げ、とばかりに深い深いため息を吐いてみせて。
「……ならばここは一旦引いて、時を、世界を渡るといい。そのための準備はとうにできている」
そんな、返ってくる答えがわかりきっている、さいごの提案をしてみせたわけだが。
「いつかどこかで、慎之介も言ってたっけ。……答えはノーだ。もう二度と、離れないと決めた」
自身で生み出したはずの昏きものを打ち払い、異世にありながら極限まで力を抑え、知己は微笑み踵を返そうとする。
それは。
当然のごとく分かりきった結果だったから。
「ならば仕方がない! 選べ! 苦しみ抜き、迷うがいい!!」
今度はナオが、追い詰められたがごとく。
決死をもって最後の戦いを宣言するがごとく激昂する。
「ぎっ、ああああああぁぁァァァァァァッッ!!」
するとその途端、きくぞうさんの魂消るような叫びがあたりに木霊する。
そのあまりにあまりな剣幕にはっとなって慌てて知己が振り返ると。
そこにはもう、黒猫となっていたナオも。
昏き少女の姿をなしたきくぞうさんの姿もなかった。
「なっ……なにをっ!?」
驚愕と恐れに、立ち尽くすしかない知己。
その目前には、見上げ、天井貫かんばかりの巨大なケモノが。
全身闇色の炎をまとったようなケモノがそこにいた。
恐らく、ナオが最後の力を振り絞り、完なるもののかけら……『パーフェクト・クライム』を降ろす形できくぞうさんと、無理やりにでも融合したのだろう。
「まさかっ。『パーフェクト・クライム』の真の姿だとでも言うのか……?」
獅子のような針金のごときたてがみ。
サーベルタイガーめいた、大仰すぎる牙。
巨象……あるいは恐竜のような節くれだった身体。
幾重にも首を持つ大蛇と化した尾。
全身から、蜃気楼が霞むほどの熱を放つそれは、合成獣(キメラ)とも呼べる究極生物。
夢(LEMU)かうつつ(未来)か。
あるいは仁子がいつか垣間見た、『パーフェクト・クライム』の真の姿……具現化した佇まいで。
「グゥオオオオオォォォォォォッッ!!」
正しく、その時の無慈悲な夢幻のように。
黒き炎をまとったケモノは。
理性をなくしてしまったのにも関わらず、大事なものひとつだけはわかっているかのように。
ただひたすらに、知己めがけて突撃していく。
「……っ」
一瞬、ほんの僅かな間だけ。
そのまま無防備に受け入れることを考えた知己だったが。
「さすがにどんとこい、抱きしめちゃるってわけにはいかないか」
そんな『いいわけ』をひとつこぼして。
彼女を……きくぞうさんを受け入れることができないからこそ、やさしく、残酷に突き放すように。
顔と顔がつきそうになり、触れ合わんとするその瞬間。
相手の変わりように合わせるかのように。
知己は全身に煌々と白ける虹色のヨロイを纏う。
「……『オーバードライブ・クロス』」
法久のいない知己にとって、できれば切りたくはないさいごのひと札を除けば。
最善とも言える一手を放って。
そうして再び。
不本意ながらも必要不可欠な、戦いが始まった……。
※ ※ ※
虹のヨロイをまとっていると言えども、人の身を大きく超えることはない知己。
その相手は、ゾウよりも大きい……体感的には山のようなモンスターである。
戦いの素人ではないが、得物もなくファミリアと戦った経験があると言っても、ここまでのサイズはそうそうお目にかかれない。
ナオどころか、きくぞうさんの面影ももはやなかったが。
そんな精神的な抑止力を差し引いても、知己はその黒き炎まといしケモノの猛攻……熱い抱擁を、身を削りながらも間一髪続きで受け流し、体勢を入れ替え、また向かってくるの繰り返しは。
ジリ貧ながらもとにもかくにも耐え続けるしかなくて。
「グオオオオオオォォォォォッッ!!」
「ぐぅっ、き、きっつ!」
虹色の鱗粉めいたものを散らしながら、ぼやくことができるのは。
そんな黒き炎のケモノに自我……意識が希薄なれども残っていたからなのだろう。
こうなってくると、知己のできることは一つ。
不可能を可能にする勢いで、このジリ貧から抜け出し、すべてをなかったことにする……とまではいかなくても、二人を元に戻すためにと。
カーヴ能力で言うところのとっておき、『サード』を使うしかなかった。
知己のカーヴ能力、【太極魂奏】。
その全てのタイトルを完結させ、法久の封印解除があって、初めて発動するサードの力。
名付けるならば、『オーバードライブ・ソウルング』。
この土壇場で、キセキが起きて。
限界を超えれば、きくぞうさんの言う男になれれば、それも可能だろうか。
「グオオンッ!」
「ぐわっ、いぎぃっ!?」
そんなことを考えつつ、身を削り猛攻を凌いだかと思いきや、すれ違いざまにずっと気にはしていたのだが。
結局防ぎきれなかった大蛇の顎が、背中から脇腹に突き刺さる。
知己は虹色のヨロイごと、血肉を切らせてなんとか離脱すると。
脂汗を浮かべながら再度黒き炎のケモノと相対する。
くちゃくちゃと咀嚼を終えた黒き炎のケモノは。
当然それだけでは満足することはなく。
四肢を大地に擦る仕草を見せ、そのまま向かってくる。
(……いや、待てよ? 考え方を変えよう。そもそも三番目(サード)が使えないのならそれはそれでいい。だったらとっておきを超える、虎の子ならぬみゃんぴょうガールな四番目(フォース)を使えばいいんじゃないか!)
法久ほどではないが。
結局蚊帳の外に置かれつつも他のみんなのここまでの戦いを見守ってきた知己。
その中に、覚醒をもって一般にはないものとして扱われていた四番目、『フォース』の力を扱う者達がいた。
それをここで、土壇場でめざめ、覚え、使うことができれば。
半ば意識が朦朧し、混乱したままの思考で。
知己はそんな荒唐無稽ながら、最後の光明に頼ることを決めたのだった……。
(第413話につづく)
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