第413話、期限切れの幸せの中で、はじめての後悔と痛みを知った



(……不可能は辞書にない男だって評されちゃったしな。いっちょ、やってみますか!)



ギリギリで追い詰められて覚醒するヒーローになるには、今しかない。

知己は意を決し、明確な『死』がいつだってすぐそこにある、逼迫した、魂削る戦いの最中で。

考えに考えて自身の新しい能力を生み出さんとする。

 

とはいえただそれだけに集中していたとしても、一朝一夕で叶うものではないことくらい、知己は重々承知していた。

しかしその一方で、こうしてギリギリの崖の上を行くような、追い詰められている状況であるからこそ、生まれるものもあるだろうと、本能で感じ取っていて。



「グオオオォォォッ!!」


理性はどこかへ飛んでいってしまっているとしても。

知己の雰囲気が、明らかに何かをしでかそうとしているのが、黒き炎を纏いしケモノにも分かったのだろう。

ギラリと、前足の爪が昏く怪しく伸びていって、10本の妖刀……魔剣となって知己を襲う。



「グオオォッ!?」

「だああぁぁああああーっ!!」


だがそれは、敢えての誘い込むような隙、だったのかもしれない。

10本の爪は、知己の虹のヨロイの大半を削り取りこそぎ落とし、貫き破壊せんと虹色の残滓を撒き散らしたが。



後ろ足立ちで覆い被さるようにしたのが逆にうまくなかったのだろう。

知己はその状況で更に一歩踏み込み近づいて。

虹ではない赤色を大量に撒き散らしながら。

ついさっきまで『いいわけ』をこぼしてためらっていた……抱きしめて離さない、という選択に出たのだ。


予想の埒外にすぎる知己の行動に。

黒き炎を纏いしケモノの理性が僅かばかり灯りかけたが。

復活するまでには至らず、知己の咆哮に対するように更に押し込まんと再び打ち付け繰り出そうとするが、それも叶わない。

何故なら知己の身体に食い込んだ爪ごと、外側から虹色のヨロイが覆い被さったからだ。



「……よーし、よし。だいじょうぶ、だ。怖がることなんてない。己が全てを受け入れてやるからな」

「ぐっ、グオオオォォッ!?」


まるで、人に世界の全てに怯え、牙をむく捨てられしものをあやすかのように。

傷つくことも厭わず、黒き炎纏いしケモノは、その虹色の抱擁に飲み込まれていく。


その強い意志を、後ろ向きな矜持を。

さみしがり屋な願いを。

暖かく優しいものに消化し昇華されて。

『なかったこと』として完結せんとする現状に必死に抗う。

傷口を広げるようにめちゃくちゃに暴れ回るも、知己は苦悶の吐息を吐き出すばかりでびくともしなかった。

むしろ、より一層虹色の奔流が、強くなっていっているのが分かって。



今の今まで全力全開で戦った機会なんてろくになかったけれど。 

己って意外と戦うスタミナ豊富だったんだな、なんて場違いな感想を内心でもらした、その瞬間であった。


 

 

「がっ……かっはっ!?」


音もなく声もなく。

背中から抱きしめ返すかのように。

意識の外に追いやっていたわけではないが。

抱きしめ合うあのようにがっぷりよつになったことで隙が生まれ、そこを三体の大蛇に食いつかれる。

一度目は……そこからすぐさま離脱することができたから事なきを得たわけだが。



「ぐうぅぅおおおっ!?」


噛まれたことによる激しい痛み、という表現では済まされない、

吸い込まれ吐き出され、身体の中をめちゃくちゃに掻き回されるかのような衝撃が知己を襲った。


本来ならば、知己といえども悲鳴を上げてのたうち回ってもおかしくないほどの痛みであったが。

体格差が大きく違うことで、ゼロ距離まで詰めれば相手の全力の攻撃を受けにくいといった……抱きしめたいなどとのたまった上っ面のセリフとは裏腹の打算が裏目に出てしまったようで。




(ぐうおぅっ、尋常じゃねーぞっ。これは……毒かっ!?)


人の身を超えるような大きさの蛇は、あまり毒をもっていない、などといった先入観が引き起こす後悔。


身体の中身が、溶け出すような感覚。

痺れ、動けなくなる感覚。

そして……牙や爪により引き裂かれたことにより、溢れ出した血液が止まらず凝固しない感覚。

 


それだけでも分かるように、その毒は一種類ではなく、ただの毒ではないのだろう。 

それこそ、長池慎之介が受けたような、死に誘う呪いに等しい毒のはずで。


知己がアジールを、カーヴ能力を発動、沸き立たせるだけで相手のアジール、カーヴ能力そのものを打ち消し『なかったことにする』力が働いていなければ。

すぐにでもやられていたことだろう。

 


(本気、なんだなぁ。己を止めるために、その命を奪うこともいとわないってことか……)


もはや、ナオはほとんど力が残っておらず。

今際のさいごのロウソクのごとき振り絞った力であったことや。

意識を乗っ取られ、そもそもきくぞうさんの意志ではないと考える余裕は、知己にはなかった。


しかし、ここでそれを受け入れてしまえばダメだと。

手遅れだと、不可能だと言われていることにチャレンジすらできなくなってしまう。


一度口に出して、かっこつけた言葉を。

知己はどうしたって何がなんでも撤回したくなくて。


このまま覆い被さられ、のしかかられて。

きっと最後にはその大きなケモノの顎が知己を喰らうのだろう。



―――そんな、お互いにとってなんの利もない、苦しみだけの結末を与えてなどやるものかよ。



知己は、朦朧とする意識の中、必死に打開策を。

四番目(フォース)の力を生み出し新しく創り出すためにどうしたらいいのかを考えて。


考えに考え抜いて、そのまま夢とうつつの境が曖昧になっていくのを感じ取った時。

 


正しく天啓のように。

一つの案が知己に降ってきて……。



            (第414話につづく)






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