第414話、約束の糸を断ち切って自由になる。もう二度と結べない……
(…………そうだ。歌だよ。歌を歌えばいいんだ)
今までずっと忌避して目を背けてきたけれど。
それは、発想の転換である。
知己は。少なくとも最初の『ネセサリー』のメンバーたちは。
歌とカーヴ能力を同じようでいて別のものとして考えてきた。
後に加わった、ちくまやカナリはそのままあるがままに歌いあげることで能力を発動していたトクベツな存在で。
大いに認め、感心し、羨望しつつも。
しかし今の今まで知己はそれを心の奥底で否定し続けていたのかもしれない。
多くのカーヴ能力者がそうであるように。
歌は人を傷つけるようなものではないと。
かたくなに決めつけ続けていたのだ。
(……だったら、傷つけなけりゃぁいい。最初から、いつだって。己の能力は『そう』だたじゃないか……っ)
同じようでいて対極の位置にあると思い込んでいた、歌とカーヴ能力。
であるからこそ、知己の能力、【太極魂奏】はその全てを否定してきたし、事実今まではそれでどうにかなってきた。
その力を超えるには、それらを別物と考えるのではなく、同じものであると。
全ては使い手の使い方次第だと考えるべきだったのだ。
「……カーヴの力を、忌避することでっ……歌を蔑ろにしていたのは、己の方……だったのかもしれないなぁ」
「ガウオオオオォォッ!?」
刹那、より一層激しく強く。
七色の光が知己から迸る。
いくつもの、死に至らしめかねない毒を注入されて、後は止めを刺すだけであったのに。
その光に押し返され、黒き炎のケモノは。
思わず驚愕の声を上げ後ずさる。
……いや、本能のままに下がったのは。
無駄だと分かっていても、そこから逃げなければ『全てが終わってしまう』と。悟っていたからなのかもしれなくて。
―――陽の光に身を委ねて、あたたかいきみの心に触れていたい
―――きみと会う嬉しさで、未来も忘れるぼくに還ろう
―――目を逸らすことなく、追い求めていた一番大切なもの
―――いつしかきみを傷つけていたことにも気づかず
―――魂の痛みをとってかわれるのならば、いまこの身を擲とう
―――煌き心打って、密かに海神のように包みこむ想い
―――無くした瞬間に、涙がにじんでいる……
……それは。
生涯初めての、カーヴ能力者としての、言の葉のハーモニー。
節が、詩が、先へ先へと進むたびに、七色の虹はどうしようもないくらいに濃くなって。
その存在を主張する。
「グッ……オオオォォッ……」
気づけば虹色の極光は。
黒き炎を纏いしケモノの逃げ場を完全に失わせていて。
呆然と、鳴き声を上げるだけになった頃。
「―――【太極魂奏】、フォース。『オーバードライブ・カーヴァンカー』」
存在し得ない、あってはならなかった、四番目から繰り出されるもの。
黒き炎を纏いしケモノは。
七色の大気……世界そのものに等しいそれを。
なすすべなく、ただただ受け入れることしかできなくて……。
※ ※ ※
知己の、四番目(フォース)の力。
知己なりに、咄嗟に考えた、思い描いたそれの効力は。
きくぞうさんや、ナオが言うところの、キク、と名乗った少女が『パーフェクト・クライム』であることを。
その状況、結果、答えを『初めからなかった』ことにする、というものであった。
仮にそれがまごうことなき真実であったのならば。
きっと何もかもうまくいっていたのかもしれないけれど。
そうでなかったからこそ、知己は気づけなかった。
存在してはならないはずの禁忌の四番目(フォース)の力が。
きくぞうさんにとって大事で大切で有り難きものを奪い去ってしまった……ということを。
後に、法久の『スキャンステータス』によれば。
【太極魂奏】フォース、『オーバードライブ・カーヴァンカー』とは。
それを身に受けたものの矜持、目的、拠り所、存在理由(レーゾンデートル)を奪うもの、であったらしい。
その言葉面だけで考えると、随分と無慈悲な、残酷に過ぎる力に思えるが。
それすらも、ものは考えようではあった。
その人をずっと縛り雁字搦めになっていた柵(しがらみ)を。
囚われ続けていた妄執を。
周りから受け続けていた重圧を。
不自由な世界の決まりごと(ルール)を。
なかったことにし、解き放つものだとも言えるからだ。
『パーフェクト・クライム』で在ることが。
一番大事で大切なものであったのならば。
法久ですら予想の埒外であったその禁忌の四番目は。
『パーフェクト・クライム』をなかったことにすることも可能だったのかもしれない。
だけどきっと。
当の知己自身も。
そんなことはあるはずがないと。
心のどこかでは理解していたのだろう。
世界のために、人を滅ぼさんとするその力を災厄を。
誰よりも人間が大好きなきくぞうさんが。
一番の……心の拠り所になんてするはずがないじゃないか、と。
(第415話につづく)
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