第387話、もし夢の中帰れたら、君を強く抱きしめよう
「……契約が定まりきってなくて不安定なのだから、あまり触らないでもらえるかな。お兄ちゃんは大人の人が苦手なのだから」
それは、小さくてかわいいものが好きだと公言して憚らない知己の逆説。
真が何とはなしに思っていた事ではあった。
ファミリア化(したらしい)、契約した事で周りにも見えてはいるが。
幼い自身であったから、この世界に忘れられていた知己が見えたのだろうと、真はどこか確信していて。
「あーらら。むふふ。真ちゃんてば、こんなに独占欲強い子だったっけ。わかるわー。イケメンなお兄さんだものねぇ」
「ふむ……例の病気とも言われるコンプレックスをお持ちかしら。まぁ、お互いがいいなら年の差なんて関係ないわよね」
「……」
「えっ? いや、ちょっとまってくださいっ。何か勘違いしてません? ……あ、いや。勘違いって言うか、真ちゃんが嫌いなわけじゃないよ、うん。決して!」
二人を引っぺがすようにして知己を庇ったのがまずかったのだろうか。
……と言うより、二人はこんなにも下世話というか、軽いキャラだったのか。
特に雅の方は、夢の世界に限らず、見る度に変わっている気がするのは気のせいだろうか。
そんな風に考え込んでいたのが、落ち込んでいる、などと思われたのか。
今までで一番慌てあたふたした様子で、何やら言い訳にならない言い訳を述べる幽鬼な知己。
その事で、心なしか透けた体が濃くなっているのは気のせいではないのだろう。
「……よくわからないけれど、嫌われたくはないからうれしいよ」
意外と、予想のしないところで、幽鬼な知己は何かを思い出し始めているのかもしれない。
何気なく発した知己の言葉もそうだが、これなら思ったよりも早く失われた答えが分かりそうだと。
知らず知らず、普段からあまり動かないらしい表情筋が上がったらしく、麻理や恵だけでなく、大人たちまで春が来た……とばかりにきゃいきゃい騒いでいたが。
実際問題、何だか変わり始め、戸惑い照れている様子の知己しか見えていなかったので。
これはもう処置なし、といった所だろう。
呆れているのか、あるいは何かを達観してかのように、にゃん! やんすと蚊帳の外であったしもべたちの鳴き声が響く中。
『R・Y』の主要メンバーの中で、ついさっきまでいたはずなのに、いつの間にやら姿を消していた正咲が、楽屋ではなく、真たちがやってきた入口の方から駆け出してきたではないか。
「あーっ、なんだよぅ。ボクももふもふしたーい!」
せわしないというか、行動範囲が広いというか、フリスビーを取って戻ってくる犬のように(実際のところはねず……ネコ科だが)だだっと駆け寄ってきたかと思うと、知己やしもべたちではなく、何故か真に抱きつく正咲。
「……な、なんなのさ。いきなり」
「だってぇ。魔女っこ衣装かわいいんだもん」
気のおけない相手には甘えんぼうなところが強いのは確かに正咲の特徴ではあるが。
こんなにスキンシップ過多だっただろうか。
もしかしたら真の事を別人……ではないが、夢から醒めたらまほろばのごとく消えるかもしれないことを、感じ取っているのかもしれなくて。
(そう言えば……)
カナリはそんな正咲の片翼……中にいるんだと思い起こされる。
彼女なら、知己を見て会って、何か思い出すだろうか。
あるいは、知己自身が何かを取り戻す事ができるだろうか。
ここまでくると、『R・Y』のメンバーの中にはその鍵となるものはいないだろうと踏んではいるが。
一応それでも確認しておく必要があるだろう。
(本番中なら、チャンスはあるかな……)
あくまで歌手、アーティストとしてみると、『R・Y』は正咲とカナリのツインボーカル(時々パーカッションの幸永がコーラスをする)である。
プロモーションビデオなどでは、さながら演出のごとく、場面ごとに二人が入れ替わったりしているのだが、作り物ではなく、本当に入れ替わっているのだ。
これから始まるカーヴ能力者の大会……本番中ならば、彼女に会う事もあるだろう。
もふもふを口に出しつつも離れない正咲を、あやしつけるように軽く叩きながら真がそんな事を考えていると。
そもそも正咲が駆け回っていたのは、彼らを連れてくる算段だったらしい。
思わずしもべ一号二号が警戒態勢を取るくらい、色々な意味で濃ゆいアジールを放つ大男? が、ふたりの少女を連れてやってくるのが目に入った。
「うげっ。榛原会長!」
「相変わらず無駄に濃いですね」
仮にも上の立場の者には低頭でなければならないはずのマネージャー二人の、明らかにリスペクトの足らないリアクション。
しかしそれは、ある意味でここにいる全ての人物、幽鬼な知己やしもべたちを含めた心内を代弁しているとも言えた。
現実……あるいは前世世界での彼は、自らの力も含め多くの大切なものを失っていたのだ。
あえてのブラフな一面もあっただろうが、知己だけがよりどころであった。
それが、夢のこの世界の榛原はどうだ。
全身から力がみなぎっているというか、ギラギラしているというか、暑苦しいことこの上ない存在感を放っている。
黒猫(ジーニー)や、青いロボット(ノリ)など、なまじ前世界の榛原の印象があるのだから余計にその威圧感を感じていたに違いない。
そんな風に、そこに集まっていた皆々が色々な意味で警戒しているのを知ってか知らずか。
榛原はもう既に慣れきってしまっているのか、にやにやを超えるゴキゲンな笑みを浮かべ挨拶を始めた。
「やぁやぁ諸君、みんなおそろいかな? オーディションと銘打ってはいるが、最早本戦出場は決まったようなものだろう? 今日はうちのエース二人を連れてきたよ。知っている子もいるだろうけど、顔合わせくらいはって……はぅああああぁぁぁっ!?」
正しく、いるだけで周りの温度が上がってしまいそうなテンションの高さ。
そこでようやく榛原の言う二人、『喜望』派閥、『コーデリア』のバンドメンバーのうちの二人が改めて目に入る。
実は結構若いのに、『コーデリア』と、『コーデリア』を愛するファン全ての母と呼ばれる潤賀恭子(うるが・きょうこ)と。
青薔薇の侍ガールの異名をとる、正咲や麻理とは幼馴染である黒姫瀬華(くろひめ・らいか)。
二人とも、正咲たちと引けを取らないほどには知己との関係が深かった相手のはずだ。
ライバルではあるが、同盟派閥同士である事もあって、ここにいる皆との関係も良好で。
早速友好を深め合いつつも、幽鬼な知己を紹介しつつ二人の反応を見ようと思った真であったが。
思わずびくりとなる、榛原のいかにも衝撃を受けましたと言わんばかりのいきなり変わった甲高い大声に遮られてしまう。
「あら、あららっ、やだっ、いい男! もう、真ってば。うわさの『お兄ちゃん』がこんな妖艶なイケメンだねんてきいてないわよ! 初めましてっ、真のお兄ちゃん! 言われてみれば結構似てるじゃないのっ」
「いやっ、はい。その、なんていうか、ごめんなさい……」
大人のお姉さんも苦手だけれど、大人なおネエさんも知己は苦手なようで。
何かを思い出す思い出さない以前に、明らかにおびえていた。
とはいえ確かに実は黒髪の少ないこの世界においては、結構似ているかもと他人事のように心内で思っていた真である。
実際に兄妹らしい仁子より似ていると言われたのは昔の話ではあるが。
先ほど以上に困り果て、ぺこぺこぴびくびくしながら、ついには真の後ろにかくれてしまう知己。
そこでようやく気づいたのは、前世界において、榛原が知己と近しい存在であると言う事だった。
妹分……レミのファミリアである、晶を介してではあるが、今でも榛原と知己が出会い頭に抱きあっていたのは、夢に見るほどである。
それなのにも関わらず、この世界……未来の一つでは、お互い特に知り合いというわけでもなく、何かを思い出す事もないようであった。
念の為に背中にいる知己に彼に対しなにか思うところはと聞いてみたが、そんなものあるはずがないの一点張りで。
見た目が良い大人で、昨今の物語では気のいい味方である事の多い属性であるからして、逆にラスボスでもおかしくないというか、そうであったのなら面倒がなくて楽だったのに、などと大変失礼な事を考えていた真であったが。
ファーストインプレッションで一目ぼれしました、といった態度の榛原を見ていると、そのような簡単な結末はなさそうではある。
「んもう。真のファミリアじゃなければウチにスカウトしてたのにねぇ。同盟派閥とはいえ、強敵出現ってところかな」
完全に脈なしである事に気づき、少しばかりテンションが落ち着いたのか、おネエ言葉も元に戻り、同じくちゃっかり隠れていた黒猫や青いロボットをチラ見しつつ、背後の二人にぼやくように語りかける榛原。
促されるように前に出たのは、暴走気味の榛原を窘めていた恭子と、そんな榛原に呆れ果てつつも知己……というより、あろうことかノリ、青いロボットが気になって気になって仕方がなさそうな瀬華である。
「みなさん、ごめんなさいね。テルってばかわいい男の子に目がなくて。ちゃんとおさえておきますから、本戦もよろしくお願いしますね」
「ああ、そうだったわ。本戦、個人戦ばかりじゃないのよね。同盟派閥同士のチーム戦もあるみたい。一緒に組む事になったらよろしくね」
恭子は、真や知己たちに。
瀬華は、幼馴染である麻理や正咲と、それぞれが友好を深め始めて……。
(第388話につづく)
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