第386話、考えることも、迷うこともなく出てきた名前は……
「……真さんのおにーさんはともみさんって言うのですね。何故でしょう。リア、おにーさんの事、知っているような気がするですよ」
「あ、ほら。あれじゃない? 真ちゃん、よくお兄さんのこと話してたから。でもほんとにおばけさんなんだねぇ。わたしはじめて見たよ~」
本名は菅原恵(すがはら・めぐみ)であるのに、それこそ前世を引きずっているのか(思えばこちらで初めて会った時からそうではあったが)、
自分をリアと呼ぶ亜麻色髪にブルーベリィの瞳……背中に立派な翼を幻視させる、ある意味知己以上にただものではない彼女と。
プラチナゴールドとでも表現すべき、目立つ白髪と赤や青、紫が混じったかのような独特な瞳を持つ、それこそどちらかと言えば幻想な存在に近しい竹内麻理(たけうち・まり)が、ほんわかのんびりとした空気を振るまいつつも。
真から見れば絶対逃がさないぞ、真との馴れ初めを根掘り葉掘り聞くんだと言わんばかりな雰囲気とノリで、幽鬼な知己に絡んでいた。
事実、人質にでもとったかようように(あくまで真視点)、恵はすっかり大人しくなってしまった法久をぺちぺちひんやりしつつ抱え込んで。
麻理も同じように、この子はもうわたしのだよ、とでも言わんばかりに黒猫をなでなでしつつ抱きしめていた。
「なっ。一人じゃなくて複数ですって! まさかの逆ハーっ!?」
「ふふ。実にバラエティが富んでいるのね。解ぼ……しがいがありそう」
どうやら、雅や千夏にも猫やロボは置いておいて、知己が見えているらしい。
ただ、知己に対してのリアクションは、真の思惑とは大きく外れることはなかったようだ。
知己について、前世界の記憶が刺激されるとか、そういったものはなさそうで。
(ある程度は予想していたけれど、二人は外れかな……)
下世話or物騒な二人の呟きはスルーしつつ、そう結論づける真。
一方で、麻理はなんとも判断に迷うが、恵の方は正咲と同じように知己について思う所があるらしい。
その辺りの事を聞こうと思ったが、いち早くこちらに気づいたらしい知己が、任せてくれと言ったような気がしたので。
真はそのままほんわか二人組を背中から見守る事にしたわけだが。
「恵ちゃんと麻理ちゃんだね。二人も我らがあるじ、真ちゃんのお友達なのかな」
「はいです。真さんはしんゆーですっ!」
「そうだよー。真ちゃんはね、とってもやさしい娘なんです。人とちがうわたしたちにもとても仲良くしてくれるんです」
何故だか今度は真の思惑とは外れて、聞いている真がいたたまれなくなるくらいに、主自慢友達自慢を始めてしまう。
その、真のあずかり知らぬ所でやってくれればいいものを、にゃんにゃんやんす、にやにやと煽り立てるギャラリーたち。
ついには辛抱たまらなくなった真は、衝動的に恵と麻理の細くてやわっこくてほんのりあったかい首筋を両手のひらで掴んでいた。
「ひゃうっ、ちべたいですっ」
「あわわっ。真ちゃん、いつの間にっ……」
誰がそう称したのか。
あるいは正咲だったのかもしれない。
ドラムをやっているせいなのか、その身に宿る能力のせいなのか。
言えば怒るだろう、ちんまい座敷わらしのような見た目に反し指が長く、大きな真の手のひらは、そうやってはしゃぐ気のおけない友達を諌めるというか、コントロールする場面は多くあった。
引っ込み思案の人見知り。
ミステリアスな不思議キャラだけど、しっかり『R・Y』のリーダーをしているのだ。
前世界とは比べ物にならないくらい仲が深い二人に、先ほどから示されていた前世界とこの世界、両方の自分がほぼ完全に同期したのを感じ取ると。
レミ=真はミステリアスというか、クールぶっている自身を省みつつ。
早速本題に入るためにと口を開いた。
「……部屋にいないと思ったら、こんなところにいたとはね。お互いの自己紹介は済んだようだけれど」
「うややぁっ、やめてですーっ。きゅっとするのやーめてですーっ」
「なっ、何か怒ってる、真ちゃん? 真ちゃんの大好きなひと、気になっただけだ……きゅう」
思っていたよりも幼い様子で、首元をきゅっとされそうな事に対しての抗議の声。
実際、気安い仲だからこそ無防備で幼くいられるのだろうが。
レミ=真は、少しばかり固くなっている自分の声を自覚しながら。
お決まりの怒ってなんかないよ、とばかりに手を放す。
「麻理が抱えているのが使い魔一号の『ジーニー』。リアがぺたぺたしてるのは使い魔二号の『ノリ』だよ。……で、まぁ厳密には使い魔でもファミリアでもないのだけど、元地縛霊のお兄さん、名前は音茂知己って言うんだ」
「にゃーん」
「やんすっ」
「はは、さっきも挨拶したんだけどね。真ちゃんの言うとおり幽霊みたいなものなのかな。真ちゃんのおかげで動けるようになったから、ちょっと自分探しに真ちゃんについて行く事にしたんだ。今のところは、真ちゃんに教えてもらった名前くらいしか分かってないんだけどね」
幽鬼な知己に見覚えがあるというより、何か引っかかるものがあるらしい麻理と恵。
少しでもいいから何か知っている事はないか、という意味で尋ねてみるも、すぐには出てこないようであった。
「う~ん。やっぱりどこかでお会いした事があるようなないような……もしかしたらこの世界じゃないのかもです」
「わたしも会ったことがあるというか、能力でいろんなひとのとこお邪魔したから、何だか知っているようなそうでないような……」
恵は真とは全く別の意味合いで異世界を渡り歩く天使であり。
麻理は口にした言葉通り、自分のカーヴ能力により人の心の中にお邪魔したりできるので、その中に心当たりがあると踏んでいるのだろう。
それでも明確に思い出せないのは、やはりある程度の関係があったとはいえ、幽鬼な知己が自分の事を思い出せるほどの仲ではないのだと言えて。
(やっぱり、麻理や恵は違うか……)
幽鬼な知己が記憶を失った原因。
それらに彼女達はあてはまらない。
その事にほっとしつつも残念な気持ちでいると、そんなある意味小康状態を破ったのは、雅と千夏のマネージャーコンビであった。
「うお、本当に透けてるじゃない。美里ちゃんちのタクヤ君でもここまでじゃなかったわよね。まさか真っ昼間から幽霊さんに会えるとは。世界は広いわ~」
「元地縛霊で、真の手引きがあって解放された、か。なるほど興味深い。ちょっと失礼。……うむ、少々妙ではあるが感触はあるな。ファミリア契約の真髄を見た気分だよ」
一応大人だからとばかりに、軽い挨拶をかわした所まではよかったのに、大人のお姉さんに戸惑う知己が愛想笑いを浮かべる中、ぶしつけにスキンシップ図り出す二人。
まさに、二人揃うと迷惑この上ないコンビである。
ここで顔を会わせる前に二人はないだろうと思っていたが、その通りだったようだ。
幽鬼な知己に興味はあれど、見えて触れられるだけで特に思うところはないようで。
それは知己も同じらしく。
早くも苦手意識が芽生えたのか、引きつった笑みを浮かべつつ真にヘルプのサインを出していて……。
(第387話につづく)
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