第385話、夢の続きで蕾たちに会えることを、夢であるように願って
そもそも、予想外ながらこの未来の一つの可能性である夢の世界にやってきて。
自分をほとんど失いかけていた知己に対して、レミ=真のやるべき事は単純であった。
元の世界において、知己と関わった者たちと会い、情を交わすこと。
出会い……再会を重ねていけば、そのうち答えが出る。
レミ=真は、その事にどこか確信めいたものを持っていたのだ。
先ほどの一瞬だけ正咲が垣間見せた緊張感。
あれもおそらく、単純に知己の深淵なる力を感じ取っただけでなく。
元世界での……この世界にはないはずの記憶を揺さぶられたからなのだろうと真は推測していた。
それはすなわち。
一瞬、なんとなく知っているかもしれない程度ではなく。
はっきりくっきりと知己を知っている人を探し出す事ができればいい、ということでもあって。
まずは手始めに真と同じバンドメンバー。
その仲間、関係者に会わせるつもりでいた。
それは、犯人かもしれない候補を虱潰しにしていく過程にも似ていて。
絶対そうではない安牌から消していくような精神が働いていたのかもしれなかった。
そんなわけで、正咲に連れてこられる形で、やってきたのは。
『喜望』ビル2階にある、真の所属するバンド、『R・Y』とその関係者にあてがわれた大きめの一室であった。
「おーいみんなー。まこちゃんおしゃちょーがじゅーやく出勤でおともつれてきたぞぅ」
どうやら、ここに来て同期してから知己としもべたちとのやりとりもあって、一番後の到着となってしまったらしい。
落ち着きのない、だけどこのオーディションでは特に主役のはずの正咲がわざわざ迎えに来るはずだと、レミが内心で自分を納得させていると。
がやがやと騒がしかったメンバーやスタッフの注目がレミに集まるのが分かった。
正咲が煽ったせいもあるが、元来人見知りなはずの真が、よくもまぁこんな仕事やってこられたものだと、内心でひとりごちつつ。
遅れたのは確かなようであるので、遅れてすみませんと一つ頭を下げつつ中へと入ってゆく。
その場には、メイクをしたり台本を読み込んだり、楽器のチェックをしていたり、ただただ暇をしていたり。
レミ=真が現実……元世界でよく知っていたり知らなかったりする少女たちがいた。
真や正咲を除けば総勢9名。
『R・Y』のギタリストにしてメインで作詞作曲もこなす、通称リアこと菅原恵(すがはら・めぐみ)。
ピアノ、キーボード全般、『R・Y』の癒し担当竹内麻理(たけうち・まり)。
ベース&『R・Y』の広報担当、石渡怜亜(いしわた・れあ)に。
パーカッション&ハモリ担当の中村幸永(なかむら・こうみ)。
この四人に加えて、『R・Y』の顔、ボーカル兼時々ハーモニカ担当の正咲、
ドラムや太鼓等をひっさげたバンドリーダーである真の六人が『R・Y』のスタメン……常駐メンバーであるが。
今回の音楽番組は、カーヴ能力者という意味合いでもそれなりに大きなものであるので、サポートメンバーである、トランペット担当の往生地蘭(おうじょうち・らん)や、サックス担当の桜枝(さくらえ)マチカ。
ウッドベース担当の七瀬奈緒子(ななせ・なおこ)の姿もあった。
そこに、マネージャーの近沢雅(ちかさわ・みやび)、チームドクターの露崎千夏(つゆざき・ちなつ)の大人二人組が加わるのだが。
その他に、女性ばかりの楽屋という事もあってこの場にはいない宇津木(うづき)ナオプロデューサーと。
男性であるからして仮のメンバー扱いされている、バイオリン等担当の母袋賢(もたい・けん)を含めて、チーム『R・Y』と言うべき集まりである。
所属派閥は『哀慈』。
『喜望』の派閥とは比較的友好で仲がよく、共に共同で動く事も多く。
今回『喜望』の長である榛原照夫(はいばら・てるお)によってこの場に招かれたわけだ。
さぁ、はたしてここにいるメンバーの中で幽鬼な知己が見えるだけでなく知っている人物がいるかどうか。
きりきりと軋む緊張感の中、レミがさぁどうだとばかりに後ろを省みると。
そこには誰にもいなかった。
みんなに紹介したい幽鬼な知己どころか、黒猫や青ロボットの姿すらない。
「あー、みんななんだか遠慮してるみたいで外にいたよ」
そう言う正咲や奈緒子や蘭、あるいはここにはいないナオプロデューサーのように、ファミリアタイプの能力者はいるにはいるのだが。
それぞれが特殊なタイプで、よくよく考えてみると所謂テイマーや召喚術のように、明確にファミリアを従えて戦う能力者が『R・Y』チームにいない事に気づかされる。
加えて、女性ばかりの楽屋だ。
ファミリアのふりをして堂々と居座っていればいいのに、意外と法久までもがその辺りはしっかりしているらしい。
中には誰とは言わないが、無防備に着替えるタイプもいるから、ある意味よかったのかもしれないが……。
とはいえ、外で待たせておくのも三者三様で何かやらかしそうではあるので。
レミは手始めにと、いつの間にか忙しなくもいなくなってる正咲を気にしつつも。
一応この場の責任者の元へと向かう事にした。
「真! 遅かったじゃない。珍しいわね、何かあった?」
その一人、マネージャーの近沢雅の、開口一番心配しつつも早く衣装に着替えなさいとばかりに、番組出演用の衣装……濃い紫の魔女でも着ていそうな装備一式を手渡してくる。
活発そうなミドルボブの橙色の髪。
意思の強そうな薄緑色の瞳。
最早お馴染みの、というか、きっちりとしたスーツ姿の彼女。
元の世界では、知己とは確か面識はなかったはずである。
しかし、プロデューサーである宇津木ナオとは同じバンドのメンバーであるからして接点が全くないわけでもなさそうであるが。
はたして、どうだろう。
時間があまりないらしく言われるがまま真は着替えつつもそこまで考えてはっとなる。
それ以前に、この世界に『ネセサリー』は存在していただろうかと。
『R・Y』がまだデビューしたばかりで、他のアーティスト……派閥の能力者との接点が、これからというのもあるが。
友好関係にある『喜望』の派閥で彼らの事を見た事はなかった。
真が知らないだけで、別の派閥に所属しているという可能性は低いだろう。
同期する事で混乱している記憶を何とかまとめてみるに、プロデューサーのナオは確かバンドを脱退していて今の仕事に就いていたはず。
そうなると、その脱退したバンドが『ネセサリー』なのだろうが、戦力外扱いというか、お金の兼ね合いというか、喧嘩別れに近いものだったらしく、あまり詳しく聞けていないのが実情で。
以前……あるいは本来の真であるならば怒られそうで聞くに聞けない事ではあるが。
レミとしては機会があれば聞いておきたい事ではあった。
外に待たせているしもべたち? の事をすっかりおいて、そんな事を考えつつ着替えを終えると。
身だしなみをチェックするみたいに、もう一人の年長者というかまとめ役……所謂チームドクター件もう一人のマネージャーとも言える露崎千夏が声をかけてきた。
「……何だかいつにもましてぼうっとしているわね。寝坊かしら。……んん、疲れが溜まってるってわけでもなさそうだけれど。何かしら、違和感があるというか、表現がしづらいのだけど」
ほとんど着流しにも等しい白衣にタイトなスカート。
蒼色髪のショートに、眠そうだけど意志の強そうな紫紺の瞳。
マッドサイエンティストというより、この世界の彼女はどこぞのハケンの一匹狼なスーパードクターのようである。
さりげなく瞳の奥を覗き込まれたり、肌の状況を確認されたりと、されるがままになっていると。
そんなはっきりとしない千夏の診断が珍しかったのか、真を心配するが故の頓狂な声が雅から上がった。
「なによそれ、真具合悪いの? 風邪じゃないでしょうね。それとも何か悩みでも? ……ま、まさかあなたに限って男じゃないでしょうねぇ!」
自分で言っておいていきなり飛躍したそんな話題に自分で言って焦りだす雅。
ニュアンスはだいぶ違ってはいたが、真にとってみれば長年の懸念ではあった同じ場所から動けないでいた男(地縛霊)を連れ出す事に成功したのは確かなわけで。
そう言えばそうだったと頷きつつ、レミ=真はどうにも同期が落ちつく事で口数が固く……少なくなっている自分を自覚しつつ口を開いた。
「あ、そうだったね。わたしのファミリアとして連れて来た人達がいるのだけど、紹介というか楽屋に入れてもいいかな?」
「ええっ? 何それ初耳! いつの間に契約したのよっ」
「……へぇ。偏屈なあなたもようやく専属ファミリアを持つ事になったというの? それは興味深い。早速会わせてもらおうかしら」
「っていうか外に待たせてるの? 人型なの? マスコットタイプじゃないの? まさかやっぱり男ぉ! とにもかくにもこっちから会いにいって私の目で確かめなくっちゃ!」
二人でいると静と動を役割分担しているようにも見えるのに、二人してぐいぐいくるものだから、実は結構真にしては苦手な二人であったりする。
内心で、前世界とは全然違う二人に辟易しつつも、連れ立って外に出ると。
言うほど長い時間待たせていたわけでもなかったはずなのだが。
楽屋にあてがわれた大部屋を出たところにあった、背もたれは壁のやわらか面長椅子のところで。
しもべたち……厳密に言えば透けていて珍しいからなのか。
幽鬼な知己が二人の少女に絡まれていて……(あくまでも真視点)。
(第386話につづく)
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