第384話、誰かを想う気持ちを、目に見えないものがあることを



小さい頃から見えないものが見える事で、生きづらい人生を送ってきた真。

それを忌避するどころか、羨ましがっていろいろ聞こうとしてくるうちに仲良くなったのが……正咲である。


当然、不思議な緑色の瞳の水先案内人のような黒猫の事も。

公園で座ったまま動けないでいる地縛霊的な存在の「お兄さん」の事も話していたのだ。


窒息しそうな勢いの中。

そうだよと何とか頷いていると、ある意味身の危険を感じたのか、逃げようとする黒猫を、正咲は目にも止まらぬ速さで捕えつかまえ抱き上げて、まだレミ=真もしたことがない「もふもふ」を堪能し始めたではないか。



「みゃっ、みゃっ、みゃぁっ!?」

「みゃ、みゃか、みゃんっ!」



やめろ、やめてくれー! と言う悲痛は、同族? であるのに気づいた風はなく。

正咲はゴキゲンな鳴き真似で黒猫を堪能していた。


この世界の正咲は知己の事を知っているかどうかだが、元世界の正咲であったら中身が知己? だと知ればどんな反応をするだろう。

そう言った意味も含めてレミ=真がはらはらしていると。


しっかりと堪能されてぐったりとなった黒猫さんはもういいよ、とばかりに残りのしもべたちを見つめてくる。



「それで、ええっと……そっちの青い、なんていえばいいの? なんだかろぼっとっぽいのは? きいたことないけど」

「……黒猫さんに、勝手についてきたんだ。よくは知らないね」

「やんしょっ!?」


レミの意思で連れてきたわけでも、生み出したわけでもなく。

簡潔に発した言葉以上の情報もない。

故にスルーすべきだと言う展開に、奇声を上げてあんまりだぁと主張する法久。


そう言えばこの未来の一つの世界には、人間大の法久はいたような気がするのだが、姿かたちが違うので同一のものとカウントされないのだろうか。

そんな風にレミの思考が外れそうになった時。

ようやくと言うか、お互いどこか緊張した様子で正咲と幽鬼な知己が向かい合う。




レミからすれば、主人公と主人公の対面である。

なんとはなしに、その緊張が伝播して固唾をのんで見守っていると。

先に声をかけたのは何だかとても微笑ましくて面白いものを見たかのような、

穏やかな笑みを浮かべていた幽鬼な知己の方であった。



「真ちゃんのお友達? こんにちは。ええと、俺は知己って言うみたいだ。よろしくね」


恐らく、自縛から解かれたのはレミ=真によって名を思い出させた事によるものなのだろう。

とはいえ、全てを思い出せたわけではないせいか、引き続き嬉しそうに名乗るのも疑問形というか、未だしっくりこない部分はあるようだった。


それでも嬉しそうなのは、未来の知己の地……かわいいもの好きな彼にとってインコース高めをズバッと通過するマスコットちっくな美少女が目の前にいるからなのだろう。

そんな風に断じ、更に深くこの世界の真と同期しだしたレミは、おもしろくない気分でいたが。



「あ、これはご丁寧にどうも。まこちゃんがおせわになってます。ジョイってよんでください」


そんな気分を察したのか、知己の邪なオーラ(あくまでもレミのイメージ)を悟ったのか、正咲からは思っていた以上におとなしめの、らしくない緊張したままの言葉が返ってくる。



「ジョイちゃんだね。そっかぁ。よかったよ。おじ……お兄さん心配してたんだよね。真ちゃんと会った時、いつも真ちゃん一人だったからさ。ちゃんとお友達いたんだなぁって思うとねぇ」

「ちがうんだよおにーさん。きいてよ。まこちゃんってば、ちゅーに病なんだよ。不思議さがしのたんけんとかも、ひとりでいいってさそってくれないんだよ」

「……っ、何を薮から棒に。と言うか、そんな風に思われてたんだね。初めて知ったよ」



初めは軽く透けているせい……正咲の言う不思議を目の当たりにして緊張してるのかと思ったら、どうやら違うらしい。

すぐに気を取り直してそんな風に思われていたとはと、地味にショックを受けつつ。

余計なことを言う口はこれか、とばかりにレミはほとんど反射的行動で、手のひら……親指と人差し指でもって正咲のやわらかほっぺを堪能しつつ口を塞いでみせた。



「みょかっ」

「……通常なら見えないものはどんな危険があるか分からないんだ。無害なお兄さんが例外なのよ」



友達を大事に思っているところとか。

知己が嬉しそうにしていたのは、そんなレミ=真の事を知ることができたからとか。


勘違いしていた事への恥ずかしさを誤魔化すみたいに。

レミがすっかり今にのめり込んでそんな言い訳めいたことを口にしていると。

ついには堪えられない、とばかりに。

幽鬼な知己が笑みをこぼした。

それに便乗し、煽るみたいににゃんにゃん、やんすっ! と騒ぎ立てるしもべ……ファミリアたち。



恐らく、それはこの世界の知己にとって初めてかも知れない大きな感情の起伏。

このままどんどん取り戻して思い出して。

自分の存在すらも忘れたいくらいの真実に気づいたらどうなってしまうのだろう?


レミはその時、冷やかされた怒りよりも、今更ここまで来ておきながらそんな『恐怖』に襲われていて。




「ぺろーん」

「うきゃうっ!?」


そんなレミを我に返らせたのは。

あえての言葉つきの、手のひらに感じる正咲の舌の感触。



「……な、なな。なにをするのっ」

「へっへーん。ゆだんたいてき、だよん。おいしくいただきましたー」


きっと、すぐに考え込んで落ちていきがちなレミ=真を引き上げるためのお茶目だったのだろうが。

距離感もごく近い親友とはいえ、まさかそんな行動に出るとはと。

今も昔も出した試しのなさそうな声をあげてしまうレミ。

当然、何事かと注目されてしまうわけで。




「ありがたいことに楽屋もらってるから、みんなそこにいるよ。早くいこ」


うじうじはやめだ。行動だ。

それを地でいき、体現するみたいに。

ほっぺアイアンクローからまんまと逃れた正咲は、レミ=真を引っ張っていく勢いで駆け出していく。



「……いやぁ、なんていうかすごいもん見たべ」

「にゃふん」

「やんすぅぅっ!」


衝撃的すぎて思わずなまるくらい。

三者三様のあいの手を、あえて無視してレミは。

正咲に引かれるままにその後に続いていくのだった。



もしかして、自分は取り返しのつかないことをしようとしているのではないか。

だが、取り返しがつかなくなる前にそれを知るべきではないのかと、葛藤しながら……。



           (第385話につづく)







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