第388話、こらえきれないか弱き心。 あなたの面影とともによみがえる



恭子は、真や知己たちに。

瀬華は、幼馴染である麻理や正咲と、それぞれが友好を深め始める。



「おんなじチームで戦えるのはいいけどさぁ、どうせならライカちゃんも『R・Y』に入っちゃえばいいのに」

「う~ん。そうなったらうれしいけど、瀬華ちゃんの都合もあるもんね」

「あわわ、リアスタメン落ちですか、ギターパート三人になっちゃうです」

「だから、それはごめんって言ってるでしょ。先にテルや恭子に誘われたんだから……って、あなた恵ちゃんだっけ。なんていうかすごーく会った事があるっていうか、あいつの妹さんかしら」



プロデューサーのうず先生を除けば唯一の緑一点。

まだ正式なメンバーではないが、バイオリンなどが必要な時に助っ人として入ってくれる、母袋賢(もたい・けん)という少年がいる。


『R・Y』がガールズバンドであるという点と、賢の方は賢の方でユニットを組んでいる事もあり、この場にはいなかったが。

それこそ、『R・Y』にいても全く違和感が無いくらい中性的な少年。

曰く、能力なのかもともとなのか、正咲のように魂の入れ替わりがあって、瀬華の言う通りかわったその『彼女(まゆ)』と恵は、姉妹であるとのこと。

相関図で考えると訳のわからない、複雑に絡み合った関係である。


そんな相関図からちょっと外れていた唯一の例外が真であったからこそ。

彼女の語る話の中だけに存在していた『お兄さん』が現れたことで、果たしてどう絡み合っていくのか。


真本人がそれどころではないというか、これが可能性の一つ……夢であると自覚しているからこそ、舞台の袖で見ているような気分でいられたわけだが。




そんな中瀬華は、見た感じ特に知己に対して思うところはなさそうであった。

ここにはいない賢やまゆ……天使の一族はどうだろう。

現実での接点はあっただろうが、これもまた会う機会があったらというところだろうか。


一方で、同じ児童養護施設、『あおぞらの家』にいたという恭子と知己。

現実では確か、それこそ母と子のような関係であったはず。

実際はそれほど歳は離れていないのだが、バンドとしても世代が上で先輩であり、

知己の両親がどこにいるのか誰であるのか分からない(仁子とは行方知れずの父親が同じらしい)こともあって。

この中でもしかしたら一番近しい関係なのかもしれなくて。



「でもよかったわ。真ちゃん、リーダーだからってあまりみんなに頼らないところがあったから、しっかり支えてあげてくださいね、お兄さん」

「おぐぅっ、ギブ、ギブブッ!?」


細腕で、榛原の襟元をホールドしつつ、正しく世話焼きの母のごとき恭子のセリフ。

あっという間に顔を青くする榛原に対し戦々恐々としつつも。

知己もそんな恭子に思うところがあったのか、しっかりと頷いていて。 



「はい。真ちゃんがいやじゃなければ、そのつもりです。まずは自分のこと、思い出さなきゃですけどね」

「……っ」


しかし、母のような彼女と相対しても、決定的な何かを思い出すことはなかったようで。

この場にも、幽鬼な知己の記憶の蓋を動かすものはいなかったらしい。


その事に、取り敢えず安堵する一方で。

微笑みながらそんな事を言う知己に、真はリアクションができないでいた。



それは。

考えないようにしていたことに、気づいてしまったからなのだろう。


一緒にいてくれると言ってくれた知己。

だけど、真=レミは知っている。

彼自身の記憶を、人となりを失っていたからこそ、真と知己は出会えたという事を。

ある意味、出会いを一から始められたのだ。



もし、全てを思い出したのならば。

きっと知己の言うような関係ではいられなくなる。

少なくとも、真だけの『お兄さん』ではなくなってしまうのだろう。




(……一体わたしは、この夢で何がしたかったんだろう)


あるいは、いつか訪れるだろう夢の結末を、本当に望んでいるのだろうか。

このままで、何処か遠くへ逃げる事ができたのなら。

ずっとずっと夢を見続けていられたのなら。



それは、こんな夢の世界を創り出したレミが考えてはいけないこと。

あくまでもレミが、人に夢を見させることが出来るだけで、レミ自身の夢を叶える事などできないのだから。



「……っ」


ズキリと、どうしようもないくらい痛む胸。

それは、分不相応な事を願ってしまった事による、世界の崩壊の合図だったのかもしれない。



(だめだよ、せめて答えがが出るまでは、夢を維持しなくちゃ……)


レミは、存在すら危うくなりそうな痛みを必死になって隠し、表に出さないようにする。


どうせ、まほろばのごとく消えゆく夢ならば。

せめてその意味を全うしなくちゃいけない。


レミは、この世界の自分、真をしっかり意識しつつ。

強い意志を秘めひとりごちた。

その実、終わりがレミの予感……願い以上に駆け足を持って近づいてきている事など、気づくこともなく……。




          ※      ※      ※




心の内で、この夢がずっと続けばいいと思うようになってしまったレミ=真。

しかし、その一方でいつか終わりが来るだろうことは、はっきりと自覚していた。


そもそもが、自分を忘れてしまった知己が全てを取り戻していく、といった指標がある夢なのだ。

そういう風に創られているからこそ、いくらレミが知己との時間を引き伸ばそうとやがて終わりがやってくる。



知己が全てを取り戻すきっかけとなる、レミ=真から知己を奪っていく人物は。

遠くないうちに現れるはずであった。


はずであったのだが……。




その時レミは、知る由もなかったのだ。

イレギュラー……現実の世界の知己たちに、出し抜かれて。

黒猫のジーニーとして、そこにいるはずの現実世界の知己が、別人に成り代わっていることも。

呼んでもいないのに、何故法久がくっついてきたのかも。


そのイレギュラーを知って、レミにとってみれば一番大事な答えを塗りつぶすがごとく、お呼びではなかった部外者……異物が入り込んでしまっている事も。



そんな、様々なところから降りかかってくる漠然とした不安の中。

これといって何が起こるでもなく。

知己が、真の内心の望みを叶えてくれたかのように何も思い出すこともなく。


『喜望』主導の大掛かりな歌の祭典……と見せかけた能力者たちの闘技大会、その本番が始まろうとしていた。

場所は、『喜望』ビルからさほど遠くない、味の源スタジアムで行われる。



プロのアーティストでなくても、カーヴの能力さえあれば参加は自由であると、手広く大きな闘技会ではあるが。

その多くはここではない、東京室内球場で予選会に参加している。

本戦からはここのスタジアムなどを使い、ベスト8からは桜咲中央公園で行われる。

当然、スタジアムに来ているという事は、本戦出場……開催者枠ポジションで予選は免除されているわけだが。


それは実力云々というよりも、テレビ的な、エンターテイメント枠との事で。

正咲あたりは予選も戦いたかったとごねていたが、ただの客寄せパン……みゃんぴょうでないことを本戦で存分に見せよう、と言う事になって。




「すごいな。こういう舞台裏ってなかなか体験できないんだろうなぁ。まさに真ちゃん様様だね」

「みゃみゃうん」

「やんすっ!」


レミ=真も、流されるままに他のメンバーとともにお供を三人引き連れて会場入りしていた。

前世界、現実の知己ならば、ライブなどが始まる前の緊張感ある舞台裏など、慣れきった程に体験しているのだろうが。

幽鬼な知己は、逆に素人丸出しな態度である。


ベスト8からの舞台である桜咲中央公園ならば、それでも何か思い出すのだろうか。

元々手を抜くつもりなどまったくもってなかったが、それを考えても、なんとしてもベスト8まで生き残らねばと真は思っていて。




「よ~し、みんな~。今日これからの最終確認をするよ。集まってちゃんと聞いてー」


マネージャーコンビを含めた、今回トリプクリップ班(チーム)で出場するという母袋賢を除いた、15人という大所帯な『R・Y』チーム。

その代表、プロデューサーにして、作曲編集担当、たまにベースやドラムを演じたりもする宇津木(うづき)ナオが、のんびりとした、だけど通る声で皆に呼びかける。


一見すると、茫洋としていて幽鬼な知己以上に存在感の希薄な、どこにでもいそうな中肉中背、茶色髪の見た目もあいまって、油断すると存在を忘れかねない人物ではあるが。

逆にこうして注目を集めるべき時は、何とも言えぬ存在感を放つ事もできる。

まさに、チームの頂点に立ちつつも裏で支える人物としてふさわしい男であったが。


結局、真は過去に存在していたらしい『ネセサリー』に所属していた人物を、この世界で彼しか見つける事ができなかった。


残りのメンバー……青木島法久や、紅粉圭太の所在も気にはなったが。


まずは手始めに、とばかりに。

前世界では同じバンドのメンバーであった重要人物と。

幽鬼な知己との顔合わせの瞬間が、訪れようとしていた……。



             (第389話につづく)






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