第347話、愛され天使は意外と冬の装いが似合う



「ええと、それでまずはどこへ向かえばよかと?」

「んとですね。この『魂の宝珠』をもって、心臓の間へむかえばいいと……ああっ、たいへんですっ。赤いロボットさん、置いてきてしまったです」



ケンの持っていた白い輪っかから出てきたリア。

どうも話を聞くに、彼女が元々居た場所に番となる輪っかと、その赤いロボットなる、道案内してくれる人がいるようで。

 


「うん。んじゃ、もう一度そこに帰ってみるとね。……って、あらら。何だかダメそうばい。つがいのやつ、現在地壁の中か、水の中か、行ったら出られそうにないところにあるっぽいとね」


手に持つ白い輪っかを黒に変え、質量体積無視して手を突っ込む。

番へと渡れる感覚がなくて、ケンは顔をしかめた。


ケン自身、能力を思い出し使えるようになってさほど経っていないが。

まゆの記憶のフォローもあり、自身の能力がどう言うもので、どんな事ができるのかは把握していた。


ケンの持つ輪は、白と黒、自在に変える事ができ、つがいの輪をどこかへ貼り付けておけば黒から白に渡る……瞬間移動ができるのだ。

その際、手を突っ込む事で出口(白側)の状況を何となく把握する事ができる。


現状、壁……と言うよりは水の中に沈んでしまっているらしく、ここに来る時に一瞬見えた外の状況を考えると、安易に突っ込まない方がいいのは確かで。



「う~ん。そですか。それじゃあ地道に行くしかないですね」


今いるのは、人体を模した巨大なゴーレム、ロボットの中で。

左足の土踏まずの辺りにいるらしい。

心臓となると、かなりの距離がありそうだが。

横隔膜でジャンプすれば、ひとっ飛び、とのこと。


一度この場……ダンジョンと言う異世を体験していると言うリアに、ケンは話半分でもただ従うだけしかなくて。

 


事実、強くてニューゲームなのか、ダンジョンであるならいるはずのモンスターめいた存在や、トラップの類に出会う事もなく。

すり鉢状になった、リアの言う横隔膜の間にはそれからすぐに辿り着く事ができて。

 



「ささ、ここからもう一度スタートですっ」

「うおぉぃっ。ちょ、ちょっと!?」


何とはなしにすり鉢の底までやってきたその瞬間。

いきなりぎゅむっと不意打ちで抱きついてくるものだからたまらない。

強いて言えば正咲がそうだったが、そこまで正しくも妹のように甘えてくる娘はいなかったので、対応に戸惑うケンである。

思わず情けない声をあげていると、しかしすぐに彼女の突然の行動を理解する。



「……っ!」


まるでそれが合図であったかのように地面が撓んだ。

かと思うと、もの凄い勢いで突き上げられたからだ。


 

「なぁっ、人体不思議すぎるとねぇっ!」


しゃっくりした時の人体の中はこんな感じなのだろうか。


……って、そんな訳あるかっ。

などと自分にツッコミを入れつつ、ケンはリアとはぐれないようにとどさくさに紛れてしっかと抱きしめ返す。

 


横隔膜の間は、広く天井も高かったが。

さすがにこの勢いでは大ダメージだろうと思っていたのだが、想定していた衝撃は全くなくて。


感じるのは、ケン自身の能力にも似たカーヴ……アジールの波動、光のようなもので。



「ふわっとと……んと、ええと、さっき来たとことは別の場所みたいですね」


はにかみつつケンから離れ、誤魔化すように辺りを見回すリア。

ぱたぱたと感情表すようにはためく背中の翼とあいまって、妙に小っ恥ずかしい気持ちになってしまうケンである。

正にまゆが、その家族が、彼女を溺愛するわけだと感心しきりのケンがそこにいて。



「分かると?」

「はいです。リアたちが来たとこ、こんなに横に広くなかったですから、多分これで誰かに会えるですよ」


後々詳しく聞いて知った事だが、あの横隔膜の間にてカーヴ能力的な力により飛ばされ、リアとその友人達は、計五箇所に分散されてしまったらしい。

 

リアは、『右耳』の名がつく場所へ飛ばされたようだが、ここはおそらく右手か左手のどちらかだろう、との事で。


 

「ここは、敢えてダンジョン探索の鉄則とね」

「まずは行き止まり(宝箱部屋)から……ですね」


行き止まりなら行き止まりで引き返せばいいし、正しい道なら魂の間へと続いている。

見た目と違ってゲームとか好きなのか……自分を棚に上げ、ケンはそんな事を思いつつも踵を返し、背を向けていた方へと歩いていく。


ほとんど無意識の行動であったが、リアがそれに何かを言う事はなかった。

ただ、離さないとばかりに笑顔でケンの手を取るばかりで。



ケン自身幼馴染はいれど一人っ子だったから。

妹がいればこんな感じだったんだろうかと、同じように笑みをこぼし歩みを進めていく。


……微笑ましくも、どこかずれていて悲しい、そんな感情をあえて無視しながら。





一見すると、赤黒の色さえ気にしなければどこまでもまっすぐ伸びる洞窟、鍾乳洞のような道行き。

今いるのが、右か左かどちらかの腕であるのなら、真っ逆さまに下に落ちていきそうな気がしなくもないが。

どうやらこの巨大な人型は、サンドウィッチマンのごとく、水平に手を伸ばしているらしい。


つまるところ、深い海底でバランスを保つためだろうか。

そう思うとちょっとおかしいな、なんて一人ごちつつ歩みを進めていると、不意に感じたのは寒気であった。


それは、何か怖いものが近づいてきたり、殺気にあてられた……なんて類のものではなく。

 

 

「へくちっ。うう、なんだか寒いです」


ついさっきまで水場にいて、濡れていたリアはそう呟いて。

ケンがどこからともなく……ではなく、白い輪っかから取り出した厚手のジャケットを大事そうに着込んで、自身をかきいだくように抱きしめる。


まだ9月で本格的な寒さは先だろうが、こんな事もあろうかと出発前に白い輪っかへ家のモノを色々と突っ込んでおいた賜物であろう。

 

移動、剥離、分解、吸い込み、収納のできる黒の輪もたいがいであるが。

移動、放出、保管、保存、管理、等の行える白い輪も中々のもので、同じジャケットを(しっかり女性用もある)を用意していたのだ。

備えあれば憂いなしである。

 

そんな、ご都合主義っぽい事をケンは心の内で言い訳していると。


やがて二人はその寒さの根源に辿り着いて……。

 


            (第348話につづく)






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