第261話、天使の師は、水先案内人になりうるか



……しかし。

辿り着いたその先は、先程見たばかりの、敵のひしめく広い広いフロアだった。



「どうしようか? やっぱり、僕の能力使う?」

「やっぱり、ごはんとおやつのためにはきょうこーとっぱだよ」


まゆの問いかけに答える正咲の瞳の奥が、ぐるぐるになっている。

触れれば電撃が飛んできそうな感じで。

 


「真っ向勝負は最後の手段で」

「それ以外の方法があるの? あなたの能力はなしの方向で」

「まって、今現在進行形で考えてるから」


中空を見上げてうむうむと考え込むまゆに、怜亜のため息。

それを誤魔化し笑いで返して、更に黙考。

差し迫った時にこそ冷静さが必要だと、言わんばかりに。


深呼吸をして一同を再確認。

まゆを抜かして6人。



「まゆちゃん?」

「……ん、なんでもなかと」


そんな内心を、美冬に目ざとく見咎められたような感覚。

内心では、美冬さんも『深花』的な能力でも持っているのかと引いていて。

それでも答えを待ってイルカのように見つめ続けられ、尚焦る。


「だ、だからほんとになにもなかとねっ」

「ん~?」


どう見ても疑っていた。

鼻先の触れそうな距離までしかめ面を寄せる。


「……っ!」


かと思えば、真っ赤になって跳び退く。


「どうかした?」

「えあ、いや、なんといいますやら。まゆちゃんの唇がすっごくやわらかそうで」

「……天使のリップですからね」


自分で言って自分でよく言うぜ、なんて思いつつ。

むず痒さに全身から羽を掻き毟りたくなる衝動に襲われつつも話題を逸らす事に成功して。



「……とりあえず移動しよう。すぐ隣に横道があるでしょ、今度はそっちを掘削してさ。さっき、4人でそれぞれの道にいったけど、終わりまで行ってない人いない?

もしかしたら、そこに他の抜け道があるかも」


さっきのよりもっと引き返して、無慈悲にも壁を破壊。

言葉とともに先行すると、6つの足音がついてきてくれて。



抜けた先は、やはり変わらない二者択一の通路。

左手すぐそこ広い通路があるのを確認して、右手に折れる。



「……」


確かな歩みに反比例して、不安の種が疼く。

自身の失敗は、周りの失敗へと伝染する。

病のように、呪いのように。

それは、一歩ごとに重圧となってまゆの肩へ食い込んで。

 

 


「……なんばしょっとね?」

「怖い顔してます」


いつの間にか恵の反対側……隣に塁がいた。

すぐに返事が返ってきたのがちょっと嬉しい。


「……今日の夕飯、何作ろうかなって」

「そういったような顔には見えませんでしたが」


訝しげな顔。

やはり基本、彼女はどこまでもまっすぐで。



「おさき~っ」


と、そこでまゆを抜いて先頭に立つ正咲。

気負いも不安も彼女にはなさそうに見える。

それは、まゆの選択を信じきっているからなんか。


それだけで、何だか肩の重さが消えるのが不思議で。

重いものを、正咲が肩代わりしてくれたのだろうか。

そう思う自身に、まゆは先程とは違う笑みをこぼして。

肩で風切る、正咲の背を追いかける。



「……っ!」


だが……。

行き止まりの見えたところで、正咲が立ち止まっていた。


「どう……っ」


赤い、階段がある。

左側の高所へ抜ける、人工的に整備されたかのような。

きっと、元々は本当の階段だったのだろうが。


その一段目片足をかけたまま正咲の気配が今までとは180度変わっていた。

紫電をまとわせた、酷薄で鋭利な爪と牙。

戦闘態勢に入った危険な獣。

威嚇の声もあげずに睨む。



階段の頂きに橙色の髪の女性がいた。

しゅっとしたスーツを纏い、階段に座り込んで足を組んでいる。

階段と融合させたままの、もう片方の足に膝を乗せて。



「……雅さん」

「雅さん、どうしてここに?」

「……っ」


すぐに反応したのは、まゆ、恵、塁だった。

だが、そこにいるのはまゆ達の知る彼女じゃないようにも見えた。

まゆの記憶よりも、ひとまわり若い、なんて言ったら怒られるかもしれないが。

この屋敷とともにあることが、まゆ達と対するものであると、主張しているようにも見えて。


睥睨したままの正咲と相反するように。

夜闇に潜む、狼のごとき獣を幻視させる。

階段の上にうずくまった影は、静寂と闇に充たされた世界で出会う、幻想。

人に一番親しい獣とよく似た姿をしているくせに、恐れられ敵と見なされるような、剣呑な殺意をまとっている。

 


「えーっと」

「……ふふっ」


そんな空気を壊すつもりで一声かけると。

それだけでうけた。

肩を軽く震わせて、おかしくてたまらないというように。



「紅達が激しく騒いでいるから、何事かと思ったけれど」

「たぶんきっと間違いなく、僕がお邪魔したせいだと思うな」

「そうねぇ。さすがに私も思いもよらなかったから変な笑みが出たわ」


その言葉には、嘘はないように思われたが。


「やっぱり、無理やりにでも残ってたのは正解だったのかもね」

「……さいですか」

「よりにもよってこんなタイミングで、現れるなんて難儀なものね」

「いや、まぁ。偶然の賜物ではないですけどね」


恵の前である事ない事洗いざらいぶちまけられそうで、やっぱり内心ではヒヤヒヤもののまゆ。

でもそれでも、雅自身もその辺りは分かっているようで、深くは突っ込んでは来なかったが。

 

「ところで、反対側の広場を抜けた、上階のほうに行きたいんだけどさ?」

「普通に通ればいいじゃない、堂々と広場を通って」

「おっかないのが多くてさ」

「誰彼構わず噛み付かないんじゃない?」


言って、まゆと恵を見る。

この元屋敷のものならば見逃してもらえるのではと言いたいのだろう。

今の今まで追われ襲われっぱなしのまゆの事を承知の上なのが、何より性質が悪くて。


「それで、みんなでどっかに抜けられそうな場所があれば」

「……あてがないわけじゃないけど」

「ほんと?」


駄目元で聞いただけなのに、返答があった。

それでも、敢えてここにいる以上、きっと間違いなく何らかの目論見はあるのだろうが。


「教えて欲しい?」

「はい、お願いします」

「それじゃあ、こちらからもお願いがあるのだけど」


案の定の言葉。

何だかまゆばかりが受け答えしているような気がしたが。

預かり知らぬうちにリーダー的ポジションに収まったのかといやいやながらも納得しつつ、両手を広げるまゆ。


「見ての通り大したものはなかとよ?」

「……いいわ、ひとつ貸しにしておく。それでどう?」

「うん、それは構わないけど……」


何とはなしに怜亜……ではなく、正咲の方を半身で伺う。

彼女は、さっきから黙ったまま、全身の毛を逆立てるように警戒していた。

まゆは、彼女にも怒られそうだな、なんて思いつつ。

決まり切っていた返答を出すために深呼吸した。



「……ひとつだけ条件があるんだけど」


まゆは手をあげて、そう呟く。

相手より、正咲の機先を制するように。


「何かしら」

「……僕が個人的に借り受けるってことで、よかと?」

「まゆちゃん!」

「何勝手なこと言ってるの!」


結果、予想通りの二人がすぐさま噛み付く。

まゆはそれを手で制して。


「いいわ。これはあなたへの貸しにしましょう」

「……それで、何かいい案は?」

「簡単なことよ。私の後についてくればいいの」


言って、おもむろに手をつき、赤い石段に大穴を空ける。

覗くのは、闇のみで。


「了解とね」


それを見て、まゆは先頭に。


「ちょっと、信用するの早いって!」


そんなまゆに、思わず声をかける真澄。


「ウソは言ってないと思うよ? わざわざここで待っててくれたんだし」

「自己犠牲もここまでくると呆れます」


そう言う塁の言葉は、何だか痛かった。

内心では、その時が来たならば割り込んでやろう、的なことを思っていそうで。

塁にだけは言われたくないなぁ、なんて思っていると。

返事を待つ事もなく、雅はさっさと闇の向こうへ消えてしまっていて。



「ほんとに行く気?」


それを見て、じゃあ僕もとまゆが足を上げかけると。

そんな怜亜の確認の声がかかった。


「どっちにしろ、どこに繋がってるか、様子見てくるよ。やばかったら戻ってくるから、預かってて?」


まゆはそれに笑顔で振り返り、怜亜に今度は本物の白い輪を手渡す。


「こなろーっ! いっちばーん!」

「わ、ちょ、ずるいっ!」


そんなやり取りをしていると、正咲がそう叫んでトンネルのごとき闇の中に飛び込んでいってしまう。


「……」


それに、言葉もなく塁も続いて。


「もう、どうなっても知らないから」


呆れ顔の怜亜が、まゆに白い輪を突っ返し、その後に続く。

残された真澄、美冬、恵となんとなく顔を向け合って。



結局まゆ達は。

そのどこに続くかも分からない闇の先へと、足を踏み出したのだった……。



             (第262話につづく)






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