第260話、なくした宝物も、戻れない後悔も、肩寄せて泣き笑えば



みんなで顔つき合わせて話し合って。

知ったこと知らないこと。

お互いがその胸に秘めていることは多く。

この世界を生き抜くためには、まだまだ時間がかかるのかもしれない。

それでもちょっとだけ近くなったお互いの距離に、ひとつ安堵のため息をついて。



 

「……問題は、この異世を同脱出するか、とね」


長々と自己紹介をかねて話し合っていた理由、それはそもそもまゆがそっと覗きこんだの目の前に広がってる光景のせいもあった。


五本に分かれた、細く長い分かれ道を抜けた先。

とてつもなく広いフロア。

そこには、先ほどまではいなかったはずの、害あるこの世界の住人たちがひしめいていた。

 

無数の赤血球のごとき紅。

外敵を食らう白血球にも似た羅刹紅。

ついさっきまゆが出会ったツカサとタメをはる巨大で獰猛な犬たち。

その数は数えるのにも億劫になるくらいで。



「どうするの? やっつけながら進む?」

「うーん」


正咲の当然それができます、といった言葉に。

悩み込んだ様子の真澄。


「不可能ではないと思うけど、時間かかりそうねぇ」

「なんでそんないつのまにやらやる気満々なの?」

「脳味噌筋肉ね」

「なんだとー! 」


美冬、まゆ、怜亜と続いて、怜亜にだけ反応する正咲。

揉み合う二人を眺めながら……いい加減どうするか真剣に考えてみる。


「お姉さんには、なにか考えある?」


そんなまゆに気付いたのか、二人の揉み合いでモンスターさんたちが気付きやしないかと、気が気でない様子の真澄がそう聞いてきた。


「まゆでいいよ?」

「え、ええと」

「どうしたと?」

「いやいやいきなり名前なんて恐れ多いよっ、うん。こういうのは少しずつ親睦を深め合ってからじゃないと」

「つまり僕らは全然仲良しじゃなかと」

「い、いやっ! そういうんじゃなくてさぁ」

「ふふ、何だか真澄ちゃんってかわいいとねぇ」


女なんてなんだ! といった気勢と立ち振る舞いなのに。

きっと中身はここにいる誰よりも女の子で。

まゆは思わず笑みをこぼしてしまう。


「……っ」

「引かないで欲しいとね」

「いや、引いてるわけじゃなくてその、これって僕のせいなんだよねって思ったから」


言って、真澄は魔窟と化しているフロアを見やる。


「僕、掴まってたのに、出てきちゃったから……向こうにそれが伝わったんだと思う」

「いや、それは真澄ちゃんのせいじゃないと思うけど」

「そうです、真澄さんは悪くないです。助けたのはリアですから」


まゆと塁が上階から落ちた時。

その袋小路にあった硝子の破片のようなもの。

あれは、やっぱり塁のように、真澄が閉じ込められてたその残骸だったんだろう。

それを、まゆと同じように恵が助けた。

たぶんそれは、偶然じゃないんだろうが。



「それなら、私もその原因ですし」


そこで、今までずっと黙したままだった塁が口を開いた。

その希少さに、一同の注目が集まる。


「私なんかを助けたからこんなことになったんです」


つとめて無表情に、塁が呟く。

何かをこらえるようにして。


「そういうわけですから、別にあなたは悪くないんです」


それなのに、続く言葉はどこまでも自分以外をフォローするもので。

その気遣いに、自然と温かいものが広がって。

 


「ふふっ」


我慢できずに噴き出したのは正咲だった。

収まらないで笑い出し、沈みかけていた空気が弛緩する。

 


「平気平気、ジョイは正義の味方だから、このくらいならへっちゃらだよ」


正咲らしい、何ひとつ考えてなさそうにみえて、どこまでもポジティブな言葉。

なんだかとっても頼もしい。


「ま、こんな時に誰々のせいだなんて言ってもしょうがないか」

「うんうん、前向きにいこうよ」

「そうだね、さっさとこの場を切り抜ける算段しないと」

「みんな、ありがとう。ごめん、変なこと言って」


それを受けて真澄は結局、素直な台詞を口にして。

伝播するような、眩しい笑顔。



そんな風になんやかややっていて。

改めて考えてみる、この状況を切り抜ける方法。


それを求める意味では、真澄がまゆに意見を求めたのは正しかったのかもしれない。


まゆのマイ異世へと繋がる黒い輪。

またの名を【隠家範中】。

それを使えば確かにこの場は切り抜けられるはずだから。


しかし問題なのは、みんなの前では白い輪しか見せていないということだった。

確か、一人が持てる能力は一つだけとかいう常識があったはずで。

三つ持ってるまゆは……非常識なやつ、と言うことで許されないだろうか。



「こんなん出ましたけど」


まゆは、しろくろのアジールを沸き立たせてフラフープほどの大きさの黒い輪を示してみせる。


「あ、それ、けんちゃんのくろいやつ?」

「そう、正咲が知ってる通り、他の場所に張ってある白い輪っかのところにワープができます」


真っ先に反応した正咲が計算通りなリアクション。

どうやら、まゆが二種類の能力を使ってることはスルーされているらしい。

まぁ、色が違うだけだからそうは思わないのかもしれないが……。


「ワープ? すごいねまゆちゃん。時の眷属みたいだね」

「お姉ちゃんすごいです~」


分かってて感嘆してるっぽい美冬と、たぶんカーヴ能力ですらちゃんと把握してないだろう恵の純粋な驚き。


「どうする? とりあえずはこの場は切り抜けられると思うけど」


まゆの記憶の限りでは、マイ異世を通って抜けられる(白い輪っかが貼ってある)場所は二カ所だ。


お屋敷のダンスホールとはるさんの仕事部屋=理事長室。

どこにいるかも微妙に分かってない今よりは、事態が進展するかもしれない。

そう思って皆を伺ってみると。


「……リスクのない能力なんでしょうね?」


まじめな口調で怜亜がそう聞いてくる。


「うっ」


恐らく怜亜は、まゆ自身に何かリスクはないかって意味合いで聞いたんだろう。

思わず、言葉に詰まってしまうまゆ。

そりゃ、能力なわけであるし、コストがかからないわけはないわけだが。



「ほ、保障はできないかも。くぐって外に出てみたら、敵さんに囲まれててやばいことになるかもしれないし……」


そう言えば掃除してなかったマイ異世。

そう言う意味でも、まゆ的には危険な感じはしなくもない。



「……」

「……」


白々しくも、再び怜亜ちの聞きたかった答えとは別の答えを返したまゆに、怜亜のきつめの視線が刺さる。


「却下ね」

「……はい」


流石に怖かったので、即返事でそれに従うまゆがそこにいて……。 





とりあえずまゆたちはそのままただ突っ込むことはせず、ちょっと戻って壁をやぶってみようといった身も蓋もない結論に達した。

開けたのは、普通だったら外に出られるんじゃないのって感じの隣に通路がないほうで。

壁自体は、怜亜のギターの音波攻撃であっさり壊れたわけだが。




「動いた、気付かれたみたい! こっちに来る!」


その間見張りをしていた美冬が、そう叫んだ。

破れた壁の向こうに、同じような赤い壁の通路らしきものがあるのだけを確認して、みんなしてその壁の向こうに飛び込む。


抜けた先は二方向の、長い長い通路。

先程の広いフロアはどこにもない。

このおかしな構造に、首を傾げるまゆだったが。



「あ~、うー」


みんなで走り出してすぐ。

不意に正咲が座り込んだ。

肩を落として尻尾を下げた負け小判猫の風情を漂わせる。


「何事よ、トラバサミにでもかかった?」

「ああ、お菓子切れ……お腹減ったとね?」

「みぃかぁ」


伺うと、涙目になっていた。

ここに来てから、飲まず食わずの行軍。

すぐにお腹が減ってしまうから、お菓子袋と携帯用のケチャップのチューブを持ち歩いているともっぱらの噂の正咲にしてはよくもった方だろう。


「お腹へって動けなくなるなんて、呆れるわね」


力尽きた正咲を高いところから傲岸不遜に見下ろしつつ、力一杯怜亜は呆れる。


「おぼえてろー」


すでに小判負け猫のお決まりのセリフしかでてこないようで。


「そう言えば、お腹すいたです」

「そっか、リアにごはんつくってもらって、それきりだっけ」


とりあえず追っ手のないことを確認したからなのか各々立ち止まって、雑談の様相を呈したが。


「さ、立って立って。もうちょっとだけ頑張って安全なとこに出たら、たくさんご飯食べさせてあげるから」

「ご飯って、さっきのやばいのじゃないでしょうね」

「や、やばくないって! まぁ、うますぎて舌がやばい感じにはなると思うけど」


先程の最終兵器を思い出したのか、すかさず突っ込みを入れる怜亜。

対してまゆは、不敵に笑ってみせた。


「あら、すごい自信」

「お姉ちゃん、お料理上手ですよ? リア、目標にしてるです」

「いやぁ、それほどでもあるぜよ?……ほら、今はこれで我慢しときなって」

 

料理だけは。

唯一、まゆが誇れること。

唯一、自分の価値を感じられるもの。

まゆは笑って、リュックの中からおにぎりをひとつ正咲に手渡す。


「うぅ~、ありがとまゆちゃ~ん、だいすきーっ!」


その言葉と笑顔で、ここにいても良かった、そんな気になれる。

まゆは、特製のおにぎりをみんなにもおすそ分けして(怜亜だけは、流石にちょっとびびってたけれど)。

笑顔と言葉の、見返りをもらって。


改めて、続く道をみんなで進むのだった……。


 

             (第261話につづく)






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