第259話、臆病で曖昧でうそつきで人間らしい



と、その時。

そんなまゆに強い視線がぶつかる。

それは、怜亜だった。


まゆの事を信じてくれているらしい美冬は置いておいて。

天使なまゆが、その願いを天使らしくその身を粉にして叶えるつもりなんじゃないか。

察するに、その視線にはそんな意味合いが込められているのだろう。

まぁ、あながち外れてはいないわけで……。



「そんな疑った顔しなくても。助けるって約束はちゃんと守るとよ?」


だけどまゆは知らないふりをして、そんな言葉を口にした。

当然、そんな怜亜に視線が集まる。


「……っ、別にそんなこと思ってないわよ」


気まずそうにそっぽを向く怜亜。

多分、これ以上場の空気を悪くしないようにと気を使ってくれたのだろう。

なんて言うか、自分の悪さ加減にため息を吐きたい、そんな気分にもなったけれど。



「はいはい、つぎはジョイのばんだよ! んとねー、ジョイがこのでっかいロボットの中に、時わたりのための扉があるってきいて、さがしにきたんだよ!」


落ち込みかけた気分をぶっこわすみたいに、正咲がそんなことを言う。

だけど、それは逆効果だったらしい。

怜亜が、美冬が、そして恵が。

あからさまに正咲の言葉に反応する。



「……見つけて、どうするですか?」


取り返しのつかないくらい、何かが決定的に塗り変えられてしまった恵の呟き。


「それはもちろん! 扉をくぐって世界を救う旅に出るの!」


逆に、すべてを知っても何色にも染まらない、まっすぐな正咲の叫び。


ふたりの始まりの会話。

そんなふたりが、世界を越えてまで長い付き合いになるなんてこと、その時のまゆには知る由もなかったけれど。


それは確かに、正咲の使命だった。

でも今は。

そのための真実を知るのには早すぎる気がした。

止めなくちゃって思ったけど、言葉か紡がれる早さは音速に等しく。

それを止める術はまゆなはなかった。



「その扉を使うために、一人が渡るために、誰かの命を犠牲にしなくちゃならないとしてもですか?」


放たれる恵の言葉。

怜亜がその命の証を持つ手をきつく握りしめて。

その剣幕を初めて目の当たりにした真澄が目をしばたかせる。


それは、正咲にとっては危険な導火線。

正咲の目指す時の扉が誰の犠牲によって開け放たれるのか。

気づいたら最後、正咲は自分を許せなくなるだろう。

まゆは、そんな正咲を恐る恐る伺い見る。

正咲は笑顔を控えて、真剣な表情でそれを聞いていたけど。


「なぁんだ。時の扉も『深花』さんの伝説とおんなじなんだね。……しょうがないなぁ。またほかの方法をさがさないと」


また笑顔を浮かべて……何でもないことのように、そう言った。


「……」


呆けたように押し黙る恵。

それには、正直まゆも驚いていた。


世界を救うその方法。

正咲がそれを探すために幾多の苦労を重ねてきただろうことは知っている。


期待していたものが望むものに成さなかった。

その繰り返しだったはずだ。

なのにそうやって、へこたれずに前を向いていられる。


まゆはそれに限りない正咲の強さを感じるとともに。

物語の舞台……そのスポットライトの真っ直中に立つ少女の未来を垣間見たような気がした。

その強い意志に惹き付けられのまれて、すべてを信じてしまっている。



「あ、でもそしたらジョイここにいる意味冒険のためだけになっちゃうね。天使さんにはあってみたいって思ってたからそれはそれで……」


いいんだけどって続くはずの言葉が続かない。

いつの間にか正咲の独壇場になっていたその場所に、一抹の静寂が訪れる。


「って! そうだけんちゃん!? けんちゃんは? ジョイと一緒にここに来たはずなのに!?」


次に顔を上げた正咲は、何で今まで忘れてたんだろって顔して、おろおろとあたりを見回した。

その瞬間、誰もが憧れる舞台の主役が、ただの一人の女の子だって気づかされるのが不思議なもので。



その名前に反応したのは三人。

真澄と塁ちは確か、『喜望』のメンバーのひとりだったかな、くらいのリアクション。

だけどもう一人、名前に反応した怜亜は、いかにも背中の翼がよく似合う意地悪な笑みを浮かべていて。


「ケン? それってまゆの……」

「はいはい、従兄ですよそれがどうかしたとね!?」


怜亜の口を塞ぐ勢いでまゆは言葉を繋げる。

それにちょっとびびっていた正咲だったけれど。


「まゆちゃん……あ、恵ちゃんかな? けんちゃんに会ってない? ここにくるまえに、天使さんに会いに行くってけんちゃん言ってたんだけど」


気を取り直して僕の言葉に頷き、そうして恵のことを見た。


「ううん。リア会ってないです。と言うよりですね、リアその人のこと知らないですよ。お姉ちゃん知ってるですか?」


正咲にしろ恵にしろカタカナでオシャレなあだ名呼びがはやってるのだろうかって、益体もないことを考えたくなる今日この頃。

とんとんとこめかみを叩いてそれに答えるまゆ。



「実は僕たちには従兄さんがいるんだよねこれが。はるさんとけいさん……お互いのお母さんとお母さんがいろいろあって仲的なものがよろしくなくて、恵ちゃんは知らないと思うけど」


そのいろいろがまゆが死んでしまったせいだとか。

その流れで恵がお屋敷に閉じこめられて会えなくなったとか。

恵がほの字になっちゃったらお姉ちゃん困るとか。

いろいろ隠された真実はあるけれど、臆病なまゆはそれ以上は何も言えなかった。



「まゆちゃんは? 会ってない?」


まゆの適当にもほどがある言葉に素直に納得した恵を待って、今度はまゆにそう聞いてくる正咲。

真剣な瞳……黒目の奥の赤がかわいい。


「会ったよ? 順番抜かしになってあれだけど……お父様の我が儘に我慢ならなくて恵ちゃんを助けにいかなきゃってここに来た時に」


まゆたちのここまでの経過と来た理由の説明。

この流れでなら、怜亜の番だったが、仕方なしにまゆは言葉を紡いだ。

 

まゆが、ここに来た理由を。

平然と……そんな怜亜の言葉を噛み締めながら。



「それでそれで?」

「会ったのははるさんの部屋……理事長室だったんだけど、あいさつもそこに何か電話がかかってきて、急用だって言って、正咲によろしくもなしにいなくなっちゃったんだ」

「……そっか、けんちゃんいないんだ」


つまらなそうな声色。

だけどそこには、沁みる安堵がある。


「確かに元々ここに来る予定じゃなかったけどさぁ、恵ちゃんに会いたがってたのに」

「り、リアに……?」


正咲の言葉に、驚いた表情の恵。

まるで、自分に会いたがってる人なんているとは思わなかったったといった顔。

そんな恵がおかしくて、そうと分からない程度に滲み出た苦笑が、本当の笑顔になって。

 


「あとは……あたしか」


自分に言い聞かせるみたいに、怜亜が呟く。


「あたしも、ノーコメントって言いたいところだけど、少なくとも、今ここにいる目的はあるわね」


そして、凄絶な笑みで見つめるのは、恵だった。


「……っ」


息をのむ恵。

だけど、それにひるむことはない。

それだけの覚悟が、今の恵にはある。



「この世界にどこかにある、時の扉、舟をみつけること。そして『ママ』の想いをあなたに届ける。あなたに……その覚悟があればだけど」


妖艶に、誘うように。


「覚悟なら……あるです」


対するは真摯さと静謐。


お互いに引かない。

しかしその視線の攻防は、火花散るものではなく。

 


「同じね、あなたも。ママとまゆと、同じものがあなたにもある」



気付けば柔らかな、諦観の混じった怜亜の笑顔。


すかされた形となった恵は、ぽかんとそんな怜亜を見つめていて……。



            (第260話につづく)






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