第258話、不意にゆっくり流れる時の擦り合わせ
まゆたちは、すっかり大所帯になったメンバーで、赤い道を引き返す。
「お姉ちゃん」
「ん、何?」
「ううん、呼んでみただけです」
首を傾げるまゆに、笑顔の恵(リア)。
そんなこんなで、できればまともに顔を合わせたくなかったけれど、
そもそもの目的が彼女に会う事だったので、遅かれ早かれ天使の姉妹は再会したわけで。
恵は、再会してから一体どれだけその言葉を繰り返したのだろう。
初めは呆けたような疑問符。
それに頬をかいて頷けば、今度は泣きも泣いた、涙の雨あられの中での慟哭の一節だった。
そんな妹の涙を止めようと抱きしめることのない姉がいるだろうか、いや、いない。
次に聞いたのは、涙交じりの見上げた視線とともにあって。
目を離したら消えてしまうんじゃないか。
まるで、その事が分かってるみたいに。
まゆとうさぎさんと連れ立って歩きながら、まゆから視線を外さない恵がそこにいる。
できれば会いたくなかったなんて口にできない。
いずれ死に溺れる身であることなど、口にするのも憚られた。
そんな……ひどい罪悪感と、恥ずかしさの中。
まゆは、元来た道を引き返す形で歩を進め、みんなを見渡しつつ、口を開く。
「まぁ、なんて言えばいいのか……転ばぬ先の杖ってやつとね」
「まゆちゃんがわけわかんないこといってる」
「要するに、なんだんだでいずれはみんな、広大すぎるこの異世で僕たちが出会うさだめだったってことさ」
熱い視線を向ける恵が気になって、どうにも出てくる言葉もここに心あらずであった。
そんな怪しげで蒙昧な言葉を会話の取っ掛かりにするくらいには。
「数センチのズレを重ねて偶然が運命になるってやつですか?」
それでもまゆ言葉の意味するところを汲んだのか、続けて詩的な言葉を返すうさぎさん。
「あら、『ネセサリー』の歌ね。いい趣味してるじゃない」
「むむ、怜亜ちゃんとこのみがかぶるの、なんかやだなぁ」
怜亜も正咲も、その詩的な表現がお気に入りらしい。
そんなつもりでまゆは呟いたわけではなかったわけだが。
それでも錯綜しているだろうお互いの関係にも構わず何だか穏やかな雰囲気になったのは僥倖で。
まずは、それぞれのことを。
それぞれの状況整理、自己紹介から始める事にした。
その口火を切ったは、うさぎさんだった。
彼女がここにいるのが、偶然だったらしい。
彼女は元々違う場所にいて。
能力によって、まだ普通の屋敷の範疇を超えてなかったこの場所へと飛ばされた。
そこまでのいきさつは口にするのが憚れたのか、曖昧に濁していたけど……。
たまたまそれを見つけたのが、恵で。
今の今まで一緒にいたのだと言う。
この鳥かごに閉じ込められた、恵を外の世界に連れ出すためにと。
「僕、ツカサに掴まって……さっきの袋小路にとこにあった変な赤い硝子の中に閉じ込められてたみたいなんだ。そんな僕をリアが見つけてくれて、リアが硝子に手をふれたら硝子が割れてさ。後は……みんなが知ってる通りだと思う」
身振り手振り、ちょっと背伸びした感じで今までの経緯を話すうさぎさん。
というか、いつまでもうさぎさんはないだろう。
仮にも『喜望』の一員だったんだから、当然まゆは彼女のことは知っている。
「あ、そう言えば、まだ名乗ってなかったよね。僕は阿海真澄です」
なんてことを考えていると、律儀に名乗って頭を下げる真澄。
それに習って、まゆ、恵、正咲、怜亜、美冬と名乗り上げる。
ここまで来るともう肩書きもなにもないから、
お互いがお互い知ってる人知らない人いるだろうが。
特に滞ることなく、自己紹介が終わる。
いや、滞ってはいた。
何かに警戒しているかのように、塁がまだ一度も口を開いていなかった。
催促したわけではなかったが、必然的に皆の視線が集中する。
それに気付いた塁は、自分が名乗らなければ先に進まないことに気付いたのだろう。
何かに観念したように、重い息を吐いて言葉を紡ぐ。
「……大矢塁です」
自分の名前のはずなのに、絶望を吐き出したかのようなその言葉。
正咲が叱られたみたいにしゅんとし、美冬が僅かに首を傾げる。
怜亜はやっぱり、と言った顔をしていて。
真澄は疑問符を浮かべている。
純粋にそれを彼女の名前だと受け取ったのは恵ばかりで。
「すみません。特にこれ以上は話す事はありません。実のところ私はもうこの世界にはいない存在ですから……」
むしろ放っておいてくれればよかったのだと。
そう言わんばかりに、まゆを見つつ呟く塁。
思わず、目をしばたかせるまゆ。
しんと、場が冷めて。
「何もないって言いながら意外と言うじゃない」
「いないって、げんにここにいるじゃん」
冷めた空気を払拭するみたいに、怜亜と正咲が好き勝手言い合う。
塁のそんな突き放すような言葉はきっと、元々のものじゃないのだろう。
言って、神経質なほどに、他人の反応をちらりと確かめているのが分かるから。
まゆは、気を使ってくれた二人に押されるようにして、そん塁の言葉くらいじゃめげないぞ、ってばかりに笑ってみせる。
それに耐えられなくなったのか、まゆから視線を逸らす塁。
塁に何があったのは、あまり突っ込んで聞くのも酷だろう。
「それじゃ、順番でいくと次は私かな」
それを分かっていたのか、次に手を上げたのは美冬だった。
「私がここに来たのは、しんちゃんに会いたかったからだよ」
そう言う美冬は、元々『喜望』の人ではなかったらしい。
好きな人に会いに来て……巻き込まれる形でこの『こうちゃん』の迷惑極まりない世界に放り出されたのだと言う。
その時に何らかの事情を知っていたのか、あなたがここに来たのは単純にそれだけじゃないでしょう的な顔を向けている塁がいたけれど。
語らないのは自分も同じだと分かっていたからなのか、特に話の腰を折ることもなく美冬の話は続く。
「……それで今はね、私はまゆちゃんがしたいことを手助けするの。離れ離れになっちゃったしんちゃんも探さなきゃだけど、ピンチなしんちゃんをまゆちゃんが助けてくれるから」
そう言う美冬に、当初ほどの焦りは感じられない。
それは、うまく虚勢を張っているのかもしれないし……魂で繋がっていると言ってた美冬の事だから、無事であることをその身で感じているのかもしれない。
狼狽えたのはどっちかというとまゆの方だった。
それは、ついさっきまで見ていた唐突な夢のせい。
いや、それこそ夢なんかじゃないって思ってるからこそ、まゆは焦ってるのかもしれないが……。
(第259話につづく)
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