第489話、ここでこのままわたしが消えてしまっても、誰も知らずに明日が来るはずだったのに
奇しくも勇なる者、知己が感じたような。
生まれてこの方感じたことのなかったぬくもりを感じ取る。
緩やかに覚醒を促すそれに、誘われるがままにみなきは目を覚まして。
(……っ)
誰かの、男の人の背中。
びっくりして声を上げそうになるのを、何とかこらえて。
みなきは状況の把握に努める。
どうやら、未だ目的の地である時の狭間に包まれし異世の中にはいるらしかったが……。
「……どうせ、何も成せず残せない周回(じんせい)なら、このまま七色の波に飲み込まれてみるのも一興、か」
「……っ」
背中を向けるその相手が、宇津木ナオと呼ばれる人物だと分かったのは次の瞬間。
それは独り言か。
あるいは、敢えてみなきに聴かせるつもりだったのかは分からない。
だけど、みなきはそのたった一言で。
同じだと。
ナオと自分は同じ虚ろを抱えているのだと、理解できてしまって。
みなきは、『パーフェクト・クライム』として、この夢の大地にて。
さいごの花火のごとく、散らなくてはならない。
それを止めると言うのならば、誰であろうと容赦はしないと。
そんなセリフは全て、建前で。
同じ道を歩いてきたのかもしれないナオに。
何言おうとも『終わり』でしかない、沈みゆくしかない舟に同乗することはないと、強く強く思ってしまって。
「…………ぐっ」
ほとんど衝動のままに、生み出した刃(ナイフ)がナオを襲う。
ナオは、少しばかり驚きの。
苦悶の声を上げたものの、特に何か言うこともなく。
みなきを投げ出すように離した後、倒れ伏す。
罵詈雑言でもなんでも、口にしてくれたのならば。
いいわけのひとつも言えたのに。
みなきは、「ごめんなさい」が口から出ることもできずに。
その場から、駆け出していって……。
※ ※ ※
そこまでが、今際の。
みなきが覚えている、理性をもって認識できていたさいごの記憶。
稀代の悪役、『パーフェクト・クライム』として。
それに対する者と向かい合い、派手なさいごを迎える。
強きに過ぎる力秘められし天使の輪を携えた、件の相手であろう翼ある少女が、追いすがるようにしてみなきの元へとやってきたから。
それなりに抵抗をし、場を盛り上げて。
その果てに打倒され、その内に秘めた『災厄』ごとこの世から抹消される腹積りでいたのに。
たったそれだけのために。
そんな彼女をしかるべき場所へと誘引するために。
『パーフェクト・クライム』の術者は於部みなきであるといった証人になってもらうために。
わざわざ彼女の大切な人であろう人物に手をかけたと言うのに。
天使は、まゆはその理不尽から来る怒りをほとんど表に出すこともなく。
正しくも天使らしく、理性的に語りかけてくるではないか。
……どうやら、想像していた魔王を打倒し滅する使命を負った勇者は、彼女ではないらしい。
奇しくも、天使な彼女は、みなきと同じように。
あるいは、分け合うと言う意味では根本では違うのかもしれないが。
『災厄』を受け取り、永い時をかけて世界に影響を与えない程度に昇華する力を持っているらしく。
だから気をしっかりもって、受け入れて欲しいと。
必死な顔で訴えてくる彼女……まゆ。
それは、もしかして。
こんな自分でもこの世界で生きていけるのだろうかと。
烏滸がましい欲が身をもたげさせるのには十分であったが。
主に『災厄』がとりついた時からみなきは。
自身の生を諦め、彼女からも極力離れるようにしていた。
『位為』と呼ばれる派閥に入り込み、今この瞬間のためにやれることは何でもやってきた。
なんの罪もない、しかも気をやったみなき自身を助けてくれたであろう人にも手をかけてしまったのに……。
そんなこと、許されるのだろうかと。
迷いに迷って、心揺れて。
『災厄』は、今の今まで徐々に肥大していきつつも。
みなきの内で大人しくしているようにも見えたそれは。
そんなみなきの、心の隙を伺っていたのかもしれない。
生きることへの葛藤、渇望で。
思わず伸ばさんとするその手。
触れるか、触れないかの瞬間。
みなきは、その主導権を奪われていて。
それからは、本当にあっという間だった。
取ろうとしたまゆの手を、力任せに乱暴に振り払い、全身を包むようにしてみなぎる、闇色の焦がれるような力。
完全に主導権を奪い取り得ようと。
世界の妬み、嘆き、滅びを願い続ける……主の声に似通った怨嗟の声が、繰り返し響き聞こえてくる。
その時その瞬間に至って。
既にみなきは、ふた目と見れぬ化生となっていて。
たとえ『災厄』を奪い取ることでみなきの器が持たずに壊れることがあったとしても。
この世界から切り離された『ドリーム・ランド』と呼ばれる異世ならば。
溢れ出てしまったそれを零さず包み、覆い尽くし隠すことができる。
そのための長きに渡っての準備であったし、そこまではうまくいっているはずだった。
そんなみなきと同じように、今日この時この瞬間のために過ごしてきたであろう天使の少女も。
黒い化生となったみなきに対し、戸惑っていたとはいえ、それを打ち倒すだけの実力を確かに持っていたはずなのに。
そもそもが、元々の宿主でないみなきには、知りえない、知りようもないことが。
予想外があったのだ。
愛をもって昇華されていくはずの『災厄』が。
皮肉にも、大きにすぎる愛の塊によって力を得て、日に日に大きく成長していったなどと、どうして気づけよう。
元々宿主である美弥には。
しかしそれを、受け止め受け入れるだけの器があって。
身体中を軋ませるほどのそれを耐えうる心が、受け止める愛が、確かにあったのだ。
見ている側の不安と恐怖。
それに傍から見守る側が、耐えることができていたのならば。
現状の、このような結果にはならなかったのかもしれないのに。
時は既に遅すぎて。
そんな後悔をしている暇さえなく。
物語の矜持、掛け合いすらも無視して。
決死の覚悟で向かってくる天使を嘲笑うかのように。
またしても、黒き化生は変容していく。
まるで、その背中を突き破って孵化していくかのように。
生まれるのは、黒い太陽。
「……なっ」
無慈悲にも、なんの感慨も得られすに。
みなきが目の当たりにした、さいごの光景は。
そんな天使、まゆの。
驚愕に染まりつつも美しさをそぐわない、そんな表情で……。
(第490話につづく)
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