第六十四章、『Blue Sky-Infect Paranoia~夜光燈~』
第488話、この愛を祝ってくれますかと言えなかった、ある歌姫の一生
私の人生は何もない、空っぽだと。
世界は私に優しくないと。
生まれてきた意味さえ分からないと。
後に能力者たちを育てる事となる孤児院で生まれた彼女が自覚して。
諦観のもとそれを受け入れるのに、そう時間はかからなかった。
彼女はきっと、魂の片割れとも言える主と、主を慕い付き従う者達の存在なくば。合わないと感じてしまった世界の荒波に攫われ淘汰されていたはずで。
そうはならなかったのは。
脈々と続いてきた前世からの繋がり、絆のようなものを、主と仲間たちと出会ったその瞬間に思い出したからだ。
主と同胞たちは、彼女に存在証明(レーゾンデートル)と夢を与えてくれた。
世界が分からず合わないと思っていた彼女の才能を思い出し拾い上げ、共有してくれたのだ。
彼女は日々の生活の中で、教えてもらった。
歌うことが、演じることが、音楽にふれていることが、こんなにもわくわくドキドキして。
それこそが世界にあってもいい証であると。
誰にも負けないくらい大好きなのだと。
それに気づけたことが嬉しくて。
口にすることはついぞなかったけれど。
それを教えてくれたみんなには、感謝の気持ち尽きることなく。
みんなのためならと。
いつか5人で、ありがとうの言葉を。
何もない、できないと思っていた世界へ、歌を通じて伝えたい。
そう、思っていたのに。
やっぱり世界は、彼女に厳しかったのか。
ある時彼女は、大好きなもの、大好きな人にその道行きを邪魔するものがあることに気づかされる。
『それ』は。
世界にはばかりのさばりすぎた、自分たちを『どうにか』するために、そんな世界がもたらした『力』。
後に、『災厄』とも呼ばれるようになる人類の脅威。
ただそれだけならば、少なくとも彼女はあるがままにそれを受け入れるのも運命だと思っていたが。
そんな脅威に対抗するために進化し、人間が身につけた力が。
生きることそのものであった歌に音楽に取り憑いてしまったことが問題で。
『曲法』……カーヴ能力とも言われるそれ。
多少なりとも才能が(少なくとも彼女にとってみれば、そんな資格などこれっぽっちも欲しくなどなかったが)あったことで。
ご多分に漏れず能力に憑かれることとなってしまったわけだが。
それこそ、主と仲間たちに出会うことなければ、音楽活動の邪魔にしかならない『それ』を使うこともなかったはずで。
そんな主が、『災厄』に魅入られることとなったのは。
後から考えてみれば、必然だったのかもしれない。
何せ主は、前世では魔の王などと呼ばれていたことだってあったのだから。
当然、彼女を含めた右腕たち、かつて四天王などと呼ばれていた彼女たちは。
その時その瞬間から、正しくも主のために、王のために尽くすこととなって。
主が、自身の名の元に世界の意思を汲んで、世界を牛耳る腹積もりであったのならば。
彼女らはそれに、粛々と従っていたことだろう。
本音のところを曝け出すのならば。
その手段として音楽を、皮肉にも抵抗せんとする人間たちの力もって平定する、頂きを目指すと言うのも吝かではなかったのだが。
主は、彼女は言った。
大好きなひととの日々で、楽しく歌えればいいと。
大好きなひとが『災厄』の、魔王の命を狙う勇者のごとき存在であると分かっていながら。
そんな、相対すべき運命の間柄。
その愛が、深まれば深まるほど『災厄』の力は肥大し。
本末転倒なことに世界そのものすら覆い尽くすと分かっていながら。
内側から膨らみ、破裂するがごとく。
痛みを伴って、大きくなっていくそれ。
お互いがそばにいることで、歯止めがきかなくなることを承知の上で主は、彼女はそばにいることを選んだ。
何も言わず、語ることもなく。
それを我慢して我慢して、我慢しきったその先に。
救いはあったのだろうか。
もしかしたら、彼女のことだから最後まで耐え切って、ただなんの憂いもなく笑って歌っていられる日々を勝ち取ることができたのかもしれない。
だけど、耐えられなかったのだ。
主自身が、ではなく。
周りにいるみなきたちの方が。
ふとした瞬間に、とてつもなく残酷な結末が降りかかってくるんじゃないかって。
想像するだけでも怖くて。
だからこそ、魂の片割れとも言える仲間たちと共謀して、主本人が何も言わず一人で抱え込もうとするのならば。
こっちだって考えがある、とでも言わんばかりに。
彼女にとって枷でしかないであろう『それ』を。
堕ちた天使の翼のごとく、奪い取ってしまうことにしたのだ。
奪い取った『それ』を肩代わりするもの。
奪い取った事実を、気取られないようにするもの。
奪い取った『それ』のアフターケアを。
主が万が一想い出してしまった時の保険を。
それぞれ四天王だと嘯き、担当することにして。
於部みなきは、奪い去った『それ』を、肩代わりする任を負っていた。
主でなければ到底受け入れ、支えきれるものではないと分かった上での任である。
抱えきれなくなり、溢れ出れば。
出てしまったその瞬間、そこにいた者が『災厄』に憑かれしものとなるであろう。
『災厄』を奪われた主は、今までそのことを誰にも言っていなかったのだから。
そんな主自身が、『そのこと』を忘れ去ってしまえば、主を疑う者は誰もいなくなるだろうことは、必定で。
それこそが、『パーフェクト・クライム』。
その正体。
於部みなきは稀代の悪役として、この世で最も悪辣なカーヴ能力者としてその名を轟かせることだろう。
この世界には何もないと、何もなせずできないと。
勘違いし続けていた彼女の、それこそが。
一世一代の生きた証。
知らぬうちに『災厄』を掠め取り、身の内に取り込むところまでは、うまくいった。
後は出来うる限り、主のいる場所から遠くへと離れていくのみ。
そのために、長いこと下準備をし、『位為』の派閥……その一員として入り込んで。
まさに今日、派手に動くことで周りの警戒を誘発し、現実と異世を隔てる境界まで創らせることに成功する。
臭いものには蓋を。
彼らは『災厄』に憑かれし者を、時の狭間の向こうに閉じ込め剥離し、逃がさないようにするつもりだったのだろうが。
元よりみなきには、そんな彼らから逃げる気も隠れる気もさらさらなく。
むしろ、そのさいごの瞬間をみなき自身が、満足できるものにしたいと。
自信を討つであろう存在に敢えて顔を晒し、彼女が……天使がやってくることを心待ちにしていたのは確かだったわけだが。
その、今まで主がひとりで溜め込み抱え込んでいた力、『災厄』は。
想定を遥かに超えるものだったらしい。
みなき自身の能力【悠閑祝暮】を駆使し、一時的に主と身体を入れ替え、宿主が変わったことを気取られないようにしていたのだが。
『災厄』はすぐそのことに気づき、正しく拒絶反応でも起こすかのように暴れだしたのだ。
みなきも初めは、それを御するためにと必死に抵抗していたのだが。
ついには耐え切れなくなり、意識を飛ばしてしまう。
だが。
たとえ、このまま飲み込まれ戻ってこられなくなったとしても。
みなき自身がさいごの満足感を得られないだけで。
大勢に問題はないはずだったわけだが……。
(第489話につづく)
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