第487話、いつもと変わらぬその顔を見て、掬い上げられたと安堵しちゃって



表と裏の世界を繋ぐ扉を開いた男は、言った。

真に大切だと、何にも代え難い存在の元へと行きたいと強く望むことが、成功の秘訣だと。


哲は正直それを、上っ面ではまともに取り合ってはいなかった。

彼女が、そんな存在であると素直に認めたくなかったのだ。

故に、危機に陥ったヒロインを颯爽と探し出し見つけ出し、助け出すのは兄の役目だと思っていたのに。


哲が知らないだけで。

兄には彼女以上に大切な存在がいたらしく。

七色の、濡れることのない濁流に翻弄されて。

飛び出し落とされた先には。

何故だか彼女の、大矢塁の姿があって。





「きゃっ! な、なに。新手!?」

「ぬぅっ、イケメンが急におっこちてきたぁっ!」

「とびら、のこってた? うーちゃんせんせーいなくなっちゃったはずなのに……」

「……」

「……っ、哲っ!? どうしてここにっ」


ただ、兄の居ぬ間に一体一の邂逅、とはいかなかったらしい。

同じ『補給班』の仲間、あるいは友人だろうか。

少女ばかり5人、突如として現れた……消える間際にナオがちゃっかり残していた扉から出てきた哲に、様々な反応を見せていて。



「ようやく見つけたよ、塁。ここは危険だ。さっさと帰るよ」

「か、帰る? 帰れる……の? えーとその、なんだ」


どうにも、煮え切らない様子の塁。

周りの友人たちに気を使っているのだろうか。

あるいは、そんな今すぐ何が起きてもおかしくない場所に居残らなければならない理由があるのだろうか。


問答無用で引っ張っていくことも考えたが。

どうも状況が逼迫しているというか、突然の乱入者に、正直それどころじゃないといった空気感を覚えて。

そのかわりに哲は塁をじっと見据え、塁自身がどうしたいのか答えが出てくるのを待つことにする。



「何だ、塁っちの知り合いイケメンか? 迎えにきたってンなら帰った方がいいんじゃね? だって塁っち、元々何か目的があってここにいるわけじゃないだろ?」

「……確かに。この先は何があるのか分からない。危険だ。脱出のすべき術があるのなら、申し訳ないが他のみんなも避難してもらえると助かるね」

「うぅん。ダーリンまだ見つかってないしなぁ。もどかしいところではあるんだけど」


一同を包むのは、焦燥、不安、あるいは恐怖。

今すぐに逃げ出したいのは確かだけど、それでも各々が残るべき理由があるようにも見えて。


しかし塁にはそんなものがあるはずもなく。

友人に気を遣って流されている風なのが手に取るように分かってしまって。




「……まぁ、いいか。見つかったのなら。塁の好きにすればいいよ」

「え、そう? 何だかいつもの哲じゃないみたい」


いつもならば、半ば喧嘩腰に我を通したであろう。

しかし哲は、塁の無事な姿を見ただけでひどく安心してしまって。


さっきまで間断なく襲ってきていた嫌な予感もどこかに行ってしまっていたから。

そんな訝しむ、何だか生意気な気がしなくもない塁の言葉にも、珍しく穏やかな気持ちでいられたが。




「って、あぁーーっ!? とびら、そんなこといってるうちにしまっちゃうよぉ!」


ひまわり色の、元気が服を着て歩いていそうな少女にそう言われて。

振り向くと確かにそこには、元来た道は跡形も無くなっていて。



「……まぁ、なくなってしまったのなら仕様がない。これも何かの縁か。雁首揃えて何か為すべきことがあるんだろう? もののついでだ、付き合うよ」

「何だか偉そうだな。氷のイケメン」


そう見えたのならば、兄の教えの賜物だと。

ぼやく目の覚めるような赤髪の美少女を華麗にスルーして。


そこにいるメンツの中で、冷静にそこに佇んでいるようで、一番切羽詰って焦ってるようにも見えるリーダーらしき黒髪おかっぱの少女に問いかける。



「嫌な予感。……誰かが戦ってるね。そこへ向かうんだろ? そこまでの露払いは任せてもらおう」

「……あぁ、お願いするよ。今はみゃんぴょうの手も借りたいところだから」

「うむーっ、みゃんぴょう! にくきゅうだいしゅっけつさーびすだぁぁっ!!」



すると、みゃんぴょうに反応したひまわり色の彼女が、だけどいちばんやりはボクだとでも言わんばかりに。

どことなく兄を連想させる猪突っぷりで、駆け出していってしまったから。


哲はそれに、やれやれ、とばかりに肩を竦めて。

すぐさま負けじとその後に続いていく……。



            (第488話につづく)






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る