第486話、きみのいない世界って、どんな色をしていたんだろうと思いながら、七色の愛に彷徨う



「ぐっ!? ……うぅっ」


何が何だか分からないままに、まゆは弾き飛ばされて。

遅れてやってくるのは、業火に焼かれたかのごとき激しい痛み。


呻きつつ、胸元を見やれば。

そこはドス黒く染まり、手型に焼け焦げていて。

理解に及んだ途端、痺れ伝わる身体。

魂すら削られたかのようなダメージ。


それでも使命感だけでよろよろと起き上がると。

すでにそこに、みなきの姿はなかった。


……いや、その場所には。


誰彼がいつの時か、夢の世界で邂逅したような。

『パーフェクト・クライム』を象った、漆黒の魔獣がそこに佇んでいる。



その一本一本が、まゆの顔よりも太い、ぞろりと生え揃う牙。

闇色の瘴気を撒き散らす、悪魔のごとき皮翼に、生きた大蛇蠢く尾。

そして、黒い太陽そのものが燃え盛っているようにも見える鬣。





「グオオオオォォォォォッー!!!」

「……くっそぉ、間に合わなかった、のかっ」


理性を失い、完全に『災厄』に染まり囚われてしまった。

夢現(ゆめうつつ)に棲まう、黒き獣。


こうなってしまったが最後、先代たちが行ってきた、一番やさしい方法はもう、通用しない。

少なからず、目に見えるもの全てに敵意、殺意をばら撒き続けるそれを、行動不能にまで追い込む必要がある。



(私に……できると?)


このような万が一の時のために、ずっとずっと鍛えてきたのは事実であったが。

この状況はあくまでも想定外で。

勿論のこと、それまでまゆは『災厄』の化身となった化け物と相対し戦った機会はなく。



(……いや、できるできないじゃない。やらないとっ)


たとえその結果、自分が使命を全うできなくても。

まゆには、すべてを伝えおいた妹がいる。

彼女ならば、鳥海家始まって以来の天才である彼女ならば。

自身の後を憂いなく継いでくれるだろうし。


正咲、真、麻理が。

『R・Y』のメンバーが希った、『うたでてっぺんをとる』という夢も叶えてくれるだろう。



心残りがあるとすれば。

何も知らせていない、一番大切な人に心配を、迷惑をかけてしまうかもしれないことで。




「……っ、ごめん。やっぱり私は。ぼくは、負けられんとよ」


そう思った瞬間。

まゆは意を決し、覚悟を決めて両手に、正しくも真白な天使の輪を生み出す。

その輪の中から、こぼれ生まれようとしているのは。

まゆが今までせっせと集めてきた、『災厄』に対抗しうるもので。



刹那、天使の輪と夢幻の黒き獣の爪が交錯して。


後に、多くの人の運命に響くこととなる戦いが、始まった……。






          ※      ※      ※





そもそもの失敗は。

後から思うに、自身の選択ミスによるものだったのだろう。

須坂哲は遅きに失した後悔を、今更ながら振り返る。



兄である須坂勇が、『天下一歌うたい決定戦』の観覧、あわよくば出場したいと言い出した時に。

何が何でも自身の虫の知らせに従って止めていたのならば、今もまだ何も知らないままに大好きな人達と大好きなことに熱中できていたのか。

どちらにせよ、世界の滅び……そのきっかけがそこにあったのだから、結末としてはどちらも変わらなかったのかもしれないが……。




背中に氷を落とされたかのような、悪寒が止まることなかったのは事実だったが。

しかし素直になれない、弱みを見せたくなかった哲は、それでも『天下一歌うたい決定戦』の会場がずっとずっとやり続けていった先に。

てっぺんに立つことができるかもしれない夢の舞台(ドリーム・ランド)であったこともあって。

自分の意志をもってそこへやってきたのは確かで。



急なこともあって、本戦出場というわけにはいかなかったが。

ライブであるからして、不測の事態が起きた時のための、所謂補欠要員として出場できる可能性があって。

同じく補欠扱いであった、大ベテランに見える男、王神公康と兄、勇が意気投合して。



そんな、いざという時の準備をしている中でも、続く悪寒。

その原因を、探し当てんと、哲は考え込んでいた。




(やっぱり舞台裏にいるって言う、あいつのせいなのかもね)


哲と勇の幼馴染。

男女の違いがあると言うだけで、大好きなことを一緒にできなくなってしまってからも。

何かにつけて近くにいて、勇に哲にちょっかいをかけてくる少女。


双子のように、比翼のごとく育ってきた兄弟だったから。

そんな彼女が気になって、大切な存在になっていくのに、それほど時間はかからなかっただろう。



―――『ドリーム・ランド』に行くの? 試合じゃないんだよね? 歌合戦? だったら私も応援に行くよ。



一番大好きなことよりも、才能があると。

頂きを目指せると。

自分のことのように、幼馴染の兄弟を自慢していた彼女。


そんな言葉を間に受けて、兄である勇は満更でも無さそうであったが。

大好きなことを、一緒に続けるのは危ないからって、ちょっと距離を置くようになっていたのに。

よりにもよって彼女は、もっと危険かもしれない場所へと一足先に自分勝手に向かっていってしまった。


華々しい表舞台を支えているようで支えていない、血で血を洗うような裏側の世界。

危ないから来るなと、馬鹿正直に口にしてしまったのがまずかったんだろう。

『補給班』として、同じ年頃の女の子たちもいるから大丈夫だと。

彼女は哲の言葉に反発するみたいに、勢い込んで行ってしまって。



そんな彼女が帰ってこないまま、この場に。

『ドリーム・ランド』に来てからずっと燻っていた嫌な予感が苛烈に増大してゆく感覚。

ぞろりとした黒いそれが、一体何であるのかまでは分からなかったが。

ああ見えて何事にも動じず、泰然自若としていた兄ですらその気配に気づき不安を覚えさせた、悍ましい何か。


しかもそれは、十中八九裏側の世界に座していて。

未だ『異世』のひとつも知らない時分であったが。


意気投合した、いぶし銀なベテランに見える王神をも巻き添えにして。

その先に彼女が、大切な人がいるかもしれない、濡れもしないのに七色に揺蕩う泉のような場所へと、哲は飛び込んでいく……。



            (第487話につづく)






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